宇宙から地球を見下ろしたとき、君はなんというだろう?

おばけの庭

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52 「天界への門が、ひらくわよ」

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 喧騒の音がやんだ。
 少なくとも、ヴェルナーの耳には、一切の物音が聞こえなくなったように感じられた。

 カミナギ大佐は、薄く笑みを浮かべながら、ヴェルナーの反応を待っている。
 彼女の瞳に、暖かさはなかった。
 ヴェルナーは、なんとか喉を震わせ、声を絞り出す。

「開発の進捗については、定例会で報告している通りですよ」

 声がかすれてしまったけれど、彼としては、とっさに回答した自分を褒めてあげたいくらいだった。
 だが、カミナギ大佐は冷やかにいう。

「そうね。報告にあった、姿勢制御用推進板の構造に関する開発の遅れについて、私見を述べましょうか?
 きっと、この中の誰かが突然に、劇的な解決策を思いつく手筈になっているのではないかしら?」

 ヴェルナーを見つめるカミナギ大佐の視線は、獲物を追い詰めた狩人のそれである。

「この瞬間にでもひとをやっていいかしら?
 きっと、建てたばかりの工場に、使い道もないサンプル機が見つかるのではなくて? 
 しかも、機体には、奇跡が起こることになっているの。
 報告によると形状も仕組みも決まっていない新型推進板が、取り付けられるという奇跡が」

「そんなこと、起こるわけないじゃないですか」

「そうよね。
 でも奇跡はまだ続くのよ。

 検品のやり方を変えてもいいわ。
 おそらく、半年前に依頼したはずのサンプルがまだ納品されていないことが明るみになるのよね。
 連絡したら、試作屋さんたちが嬉々として持ってくることになるのよ。
 在庫がやっとなくなるっていいながら。
 
 その在庫は、使用も仕組みも決まっていないはずの新型推進板と、形状が完全に一致しているのよ。
 しかも、職人さんが手慣れた作業で取り付けられるというおまけ付き。
 この流れ、昔どこかでみた記憶があるのだけれど、気のせいかしら?」

 全てお見通しだったというわけだ。

 ヴェルナーは、はじめから不思議だったのだ。
 下士官が楽しんでいるときに、上官は出しゃばらないというのが暗黙の了解である。
 そんな陸軍の不文律を破ってまで、カミナギ大佐がわざわざ、現場の所員の歓迎会に姿を現したことが。

 まっすぐにヴェルナーのもとにやってきて、気分よくしゃべらせてくれたことが。
 つまり、自分がどれほど恵まれていて、いまの生活を大事にしているか自覚させたかったのだ。

 大佐はこう言いたいのだ。
 自分の幸せを壊したくはないだろう、と。

 そう考えると、普段、大佐の姿を見つけると飛んでくるはずのヤスミンカが、ずっとカードに熱中しているふりをしている理由にも説明がつく。
 ヤスミンカも、他の研究員も、大佐がいる異常事態に気づいているから、カードの妙な盛り上がりを演出しているのだ。

 自分たちがいると邪魔になることがわかっているから。
 あるいは、自分に火の粉が降りかからないようにするために。
 気づかずにいたのは自分ばかりというわけである。
 みんな、中途半端に大人なんだから、とヴェルナーは胸の内で愚痴る。
 
 カミナギ大佐は静かな口調でいった。

「工場長を呼んだのは、工場を倉庫として扱いやすくするためね。
 もちろん、ヤスミンカちゃんは純粋に、彼の腕を欲しているのでしょうけれど。

 ねえ、ヴェルナーくん。
 わたしは、結果を欲しているのよ。
 なんとしても、上層部に食い込まなければならないの。
 そのために利用できるだけの結果が欲しい。

 あなたたちは、自分の夢には普遍的な価値があると思っているのでしょう。
 でもね、それは違うわ。夢っていうのは、興味のないひとからみれば、なんの価値もないのよ。
 例えば、わたしのように、軍での出世を目指しているわたしの気持ちを、あなたは説明できる?」

 大佐は肩を震わせた。
 はじめて、見せたわかりやすい感情だった。
 言葉じりに混じったのは、紛れもない怒気だった。

「できるだけ、はやく、結果をだしなさい。
 でないとわたしは、わたしの夢が遠のくどころか、あなたたちを守れなくなるのよ」

 それから、にっこりと笑って胸元から財布を取りだし、札束を束ねて机におくと、立ち上がった。

「ここの支払いは、わたしが持つわ。明日からでいいから、頑張ってね」

 そして、ひらひらと手を振りながら、出て行った。
 先程までの見せかけの活気は霧散し、酒場には静寂がおとずれた。
 誰もが、ヴェルナーを見ていた。

「ヤースナ」

 ヴェルナーが呼んだ。
 なにか言いたかったが、なにも浮かんでこなかった。
 ただ、うなずくだけ。
 そして、ヤスミンカにとっては、それで十分だった。

「各位」

 ヤスミンカは立ち上がり、宣言する。
 本当は、有事の際に使用する第一級優先回線で通達するはずだった言葉を。

「天界への門が、ひらくわよ」

 皆が、いっせいに立ち上がる。
 その場の全員が意味を承知していたし、これから数日間の地獄を、正しく理解している。
 意味は、組み立て開始、あるいは、賽は投げられた。

 自分たちの夢を形に仕上げる号令だった。
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