灰色世界と空っぽの僕ら

榛葉 涼

文字の大きさ
29 / 66

むせ返る

しおりを挟む

『……シヅキだって、魔人を刈るのは嫌でしょ? 苦痛に思ってるよ』
『勝手に決めんなよ。俺はただ……与えられた役割をこなすだけだ。魔人の刈りだって……苦痛なんかじゃねえよ』
『嘘だよね?』
『あ?』
『嘘だよ……だってシヅキ、魔人を浄化した後すごい苦しそうな顔をしてた』
『黙れ』
『自分に言い聞かせてるんだよね? 魔人を刈らないとって』
『黙れ!』

 ……数日前の会話ゴミみたいな夢を見た。寝覚めは酷く悪い。

「チッ……」

 大きく舌打ちをしたシヅキ。彼はすぐに部屋の奥にある水回りへと移動した。

 質素なシンクの上に置かれたコーヒーの粉。シヅキはそれをカップの中にぶち込むと、粉で濁ることお構いなしに、水桶の中へ潜らせた。

 並々に注がれたコーヒーの粉入りの水。シヅキは何の躊躇いもなく、ソレを喉へと流し込む。

「ゲホッ……ゲホッ……ゲホッ………………ああ゛っ……!」

 満足に粉が溶けていないコーヒー未満の代物しろもの。そんなものを一気に飲み干そうとすれば、むせ返ることなんて当然だった。

「ああ……クソ…………不味い」

 ビシャビシャに濡れた口周りを強引に拭いながら、シヅキは言葉を吐いた。今日という日を、そうやって迎えたのだ。



※※※※※



 いつまで経ったって、世界が変わることはない。目の前に広がるのは黒を黒で塗りつぶした闇の世界だけだ。太陽とやらも、月とやらも、星とやらも……そんな眩しい光は微塵もない。あるのは辟易の景色だけだ。

 そんな闇とは対照的に、真っ白に染まりきった森。ソレは“純白”や“雪白せっぱく”なんて綺麗な表現では言い表せられない。濁りきった澱みの白色だ。そんな中を今日もまた、歩く。闇の空と白の木々に囲まれながら、シヅキは歩く。 ……そう。全ては人間の為に。

「シ、シヅキ! ちょっと足速いよ……」

 篝火に従って、廃れの森を奥へと進んでいたシヅキ。そんな彼の背後からは、制止を呼びかける声が聞こえてきた。

「……」

 しかし、シヅキがその声に応えることはない。むしろ、彼の歩幅はより大きくなった。

 目深に被ったフードの中で、彼は舌打ちをする。

(何なんだ? 今日は)

 シヅキが激昂してからの数日間、彼がトウカと口を利くことは殆どなかった。あの日以来、いつまでもどんよりとした空気を引き摺ったまま、ひたすら任務に当たっていたのだ。トウカの方も、魔人との戦闘中を除けば、一切口を開くことはなかった。そこにはゴミみたいな静寂だけが渦巻いていた。

「ま、待ってってば……」

 しかしながら、今日ときたらこのザマだ。トウカはあの日のことを気にしている素振りを見せず、慌ただしく話しかけてきやがる。 ……すっかり忘れてしまったのだろうか? そう思えてしまうほどに。

 まるでそれは……

「いつも通り」

 僅かな声で呟いた後、シヅキは溜息を吐いた。彼の中には行き場のない感情が渦巻き始めていたのだ。

 数日前。トウカの言葉に対して、シヅキは大きく感情を動かした。無論それは怒りでしかなかった。自身の在り方を推し測ってきたトウカに対する怒り……シヅキはソレを引き摺り、引き摺り、引き摺り……そして今に至る。

 しかしどうだろう? 今、トウカに抱いているこの感情は、激昂した時と同じままだろうか? ……未だに、“怒り”として機能しているだろうか? シヅキというホロウはあの時と変わらずにいるだろうか?

 闇に染まった空の下、どうもシヅキは首を動かせずにいた。ただモヤモヤとした気持ちだけが、胸の内を揺蕩たゆたうばかりだ。

(気色悪い……)

 この怒りだけは決して失くしてはならない……そんなふうにすら感じていたくせして、時が流れてみればどうだろうか? 酷く曖昧なものになりつつある。シヅキには、ソレは受け入れ難いことだった。

『自分に言い聞かせてるんだよね? 魔人を刈らないとって』

 脳裏に呼び起こされたのは、やはりトウカのあの言葉だった。何度も、何度も脳内でソレを反芻し、自分の胸に問いかける。「お前はちゃんと怒れているのか」と。

 今度は、首を縦に振ることができた。そうだ……しっかりと否定することが出来た。

 ゆっくりと息を吐いたシヅキ。後ろからは、相変わらず歩幅の小さな足音が絶え間なく聞こえてくる。「それでいい」と思いつつ、更に歩速を上げようとした時だった。

「……あ?」

 急に後方から音が止んでしまったのだ。パタパタと地面を踏む音が止み、シーンと空気が主張をする。

 これにはシヅキも反射的に首を向けてしまった。向けてそうして……眼を見開く。

「……トウカ?」

 眼前には地面にうずくまるホロウが1体。肩で呼吸を繰り返している。心底苦しそうに。何の突拍子もなく。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………」

 思考を放り棄て、シヅキは駆け寄った。
 
「トウカ? おい、トウカ!」
「シ、シヅキ…………! ま、まず…………い」
「まずい? ……何がだよ?」

 その首を震わせながらシヅキを見上げたトウカ。それを見たシヅキは大きく表情を歪ませた。真っ青に染まったトウカの顔……それはあまりにも尋常ではない様子だったのだから。

「な、何だよ……何があったんだよ!?」
「ぜ……ぜ……!」
「“ぜ”? んだよ?」
「ぜ……ぜ…………ウォェ!」

 トウカの喉が一瞬膨らんだかと思うと、彼女は大きく顔を下に向けた。ビシャビシャと液状のモノが溢れ落ちる音がする。

 シヅキは首を大きく横に2度振った。

「ほんとに……何が――」



 ズズズズズズズズズ……………



「――っ!?」

 瞬間、訪れた違和感。強烈すぎる違和感。それは波紋のように、シヅキの体内を急速に駆け巡り、広がり、内側から蝕んでいく。 ――魔素の、ノイズだ。

「こ、これは…………っ」

 むせ返ってしまう程の体内異常を感じる。否応もなく感じさせられる。 ……それは悪寒となって、或いは発作となってシヅキを襲った。

「クソッ……!」

締め付けられる胸を握り潰すように強引に掴み、シヅキはその場にしゃがみこむ……

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 荒い呼吸の最中、シヅキは確信を持った。トウカが何を伝えようとしたのか……そのことについての確信だ。


 シヅキは呟いた、震える声で呟いた。

「“絶望”だ……」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。 自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。 「お前は俺の番だ」 番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。 一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。 執着と守護。すれ違いと絆。 ――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。 甘さ控えめ、でも確かに溺愛。 異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

異世界配信〜幼馴染みに捨てられた俺を導く神々の声(視聴者)

葉月
ファンタジー
コルネ村で、幼なじみであり恋人でもあったユリアナと、ささやかな幸福を分かち合って生きていたロイド。 だがある日、ユリアナは女神の愛子として目覚め、国王の命により王都へと連れ去られる。 突然、日常を奪われ、運命に引き裂かれたロイドは、抗う術も持たぬまま、否応なく大きな流れへと呑み込まれていく。 これは、奪われたものを取り戻すため、そして理不尽な運命に抗おうとする、一人の少年の物語である。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...