30 / 66
今日が終わったら
しおりを挟むバクバクと暴れる心臓を抑え込みながら、シヅキは一音一音をハッキリと言った。
「とにかく……ここを離れるぞ。“絶望”と近すぎる」
トウカは何も言うことなく、首を落とすかのように頷いた。 ……今の彼女にとってはそれが精一杯の意思表示なのだろう。
「歩けねえだろ……おぶる」
今度は返事を待つことなく、シヅキはトウカを自身の背中に寄せる。幸いトウカから首元に腕を回してくれたため、後はやり易かった。
背中にトウカが密着した後、ふらつく身体を一気に持ち上げた。長身の錫杖を持っているくせして、彼女は酷く軽かった。
(よし……歩ける)
下唇を強く噛みしめる。冷静だ。冷静に。出来ることだけを考えろ。
長く息を吐きながら、シヅキは歩を進めようとした――
「……どこへ………行くの」
「え?」
「ノイズ……酷いから……丘の方向、へ……」
絞り出したトウカの声。途切れ途切れの言葉だったが、彼女が言わんとしていることは伝わった。
(俺は、どこ行こうとしてたんだ?)
心の中で問いかけた後、シヅキは大きく舌打ちをした。何が冷静だ。自分に言い聞かせてるだけで……テメェは何も考えちゃいない。
「方向、分かる……?」
耳元でトウカが囁くように言う。シヅキは一呼吸を置いて答えた。
「……ああ」
「ノイズが…………消える前に……早く…………」
ズズズズズズズズズ
身体を内側から蝕むノイズは、ゆっくりと、でも確実に大きくなっている。もし……ノイズが完全に止んでしまえば……つまりは、“絶望”の魔人が目の前に現れてしまえば……間違いなく、消される。
長く息を吐いた。“冷静になれ”なんてもう念じない。その言葉は、今の自身が動揺していることを認めているに過ぎない。そうじゃないだろう。
(いつも通りに……やれ)
シヅキは通心を開始した。当然、相手はオドの管理部だ。そこへ短く、簡潔に意思を伝える。
(“絶望” ノイズ反応あり。シヅキとトウカは丘へと退避。救援あるいは指示を要請)
メッセージを魔素へと圧縮し、送りつけた。
「よし……」
一つ頷いた後、シヅキは足を動かした。大きな歩幅で歩き出した。
※※※※※
神経を擦り減らしながら歩き続けたシヅキ。何とか、先日訪れた丘へと辿り着くことが出来た。
トウカを滑り落とさないように慎重に地面へと下ろす。その後、シヅキは灰色の花畑へと背中を預けた。
「……辿り着けた」
精神的な疲労感が酷い。何日分かの心をまとめて削ぎ落とされてしまったかのようだ。こういうのを虚脱感と言うのだろうか?
「ありがとう、シヅキ。ここまで運んでくれて」
真っ黒の空を見上げていると、そんな声と共にトウカが映り込んできた。 ……やはり、その顔色は悪い。しかしノイズに苦しんでいたあの時と比べると、幾分かマシに見えた。
「……大丈夫かよお前」
「大丈夫では、ないよ? 頭がクラクラする」
「休めって」
トウカはふるふると首を振った。
「誰かが見てないと……何かあった時に、早く行動しなきゃだから」
そう言って、なんとトウカは笑みを浮かべて見せた。焦点の合わない眼で彼女を見たシヅキは困惑する。
(よくもまぁ……そんな表情を出来るよな)
体調に異常を来すほどに大きな魔素のノイズ。現物を見なくたって何者かが分かるくらい程に悍しいソレは、間違いなく“絶望”が発したものだ。それが今もまだ近くに居る。きっとホロウを探している。 ……それは、トウカも分かっている筈だ。
闇空からゆっくりと視線を動かした。次に焦点が合ったのは、自身の右腕である。
さっきから……震えが止まらない。小刻みに、振動を繰り返しているのだ。止めようと思っても、どうにもならない。
(何も笑えねぇよ。ほんと)
擦り減った心が思い描くのは……最悪の結末ばかりだった。
「……シヅキ、腕どうしたの?」
「え」
視線を戻すと、琥珀色の瞳と眼が合った。
「これは――」
「怖いんだね」
「ち、違えって! こいつはただ……」
「えい」
シヅキが自身を取り繕おうとする一方で、トウカはそんな小さな掛け声とともにシヅキの腕をギュッと掴んだ。
「やめろって!」
「いいから」
「いいとかそういう問題じゃねえだろ! 俺は別に…………あ?」
トウカの手を振り解こうとしたシヅキ。しかしその時気づいてしまった。
「トウカ……お前も、手が」
「怖いよ、私も。怖い」
シヅキよりも、一回りも二回りも小さなトウカの掌。それは細かく、でも確実に震えていた。
「前に、『植物形状の魔人を何人か見たことがある』なんて言ったの覚えてる? ……あれはね、ほんとに見たことがあるだけなの。遠くから、薄っすらとだけ。だからあんな強力な魔素のノイズを感じ取ったのは初めてだった。 ……大きすぎて、怖いね」
「だったら……怖いんだったら、何でそんな笑えんだよ」
「笑う? 私、笑ってた?」
きょとんとした表情でそんなことを吐かすトウカ。シヅキは開いた口が塞がらなかった。
「無意識だったのかよ……」
「無意識……うん。そうかも。気持ちが表情に出ちゃったみたい」
「……どういうことだよ」
「私ね。シヅキに背負われている時にね、今度のお休みの時のことを考えてたんだ」
「は、はぁ?」
あまりにも突拍子なトウカの言葉に、シヅキは耳を疑った。そんなシヅキを知ってかしらずか……トウカは話を続ける。
「昨日ね、ソヨさんが言ってくれたの。今度のお休みにでもシヅキと港町に行ってきたらって。その……仲直り? みたいな」
「仲直りって……いや、そうじゃなくて! 何でんなことを今なんかに……!」
「目先の理由が欲しかったんだ。楽しみに思えることがあったら、頑張ろうなんて思えそうだったから」
「何だよ、それ……意味分かんねえ」
トウカが言わんとしていることが全く分からない。シヅキの口からは、困惑の嘆きしか出やしなかった。
「“絶望”のノイズを感じて、すごく怖かったから。もしかしたら、今日私は消滅しちゃうんじゃないかなって考えちゃって……でも、そのことで頭がいっぱいになるのは辛いから。前を向ける未来が欲しかったんだ」
「……それが、港町に行くことなのか?」
「シヅキと、ね。甘いもの好きって聞いた。一緒に食べよ?」
ニッといたずらな笑みを浮かべたトウカ。 ……そんな彼女を見て、まるで自分とは対照的だとシヅキは思った。
トウカは最悪の結末に悲観するのではなく、今日が終わった後のことを考えている……そうやって、前向きになろうとしているのだ。それは見方を変えれば現実逃避でしかないのかもしれない。もしそんな考えの奴が居るなんて噂で聞いたならば、シヅキは簡単に嘲笑うだろう。
(でも……)
そうやって未来を描こうとするトウカが……希望を見出しているトウカが…………今のシヅキにはやけに眩しかった。闇で覆われた世界における唯一の光源だなんて思えてしまった。
徐に眼を閉じた。ちょっとだけ、眩しすぎたから。
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜
来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。
自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。
「お前は俺の番だ」
番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。
一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。
執着と守護。すれ違いと絆。
――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。
甘さ控えめ、でも確かに溺愛。
異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
異世界配信〜幼馴染みに捨てられた俺を導く神々の声(視聴者)
葉月
ファンタジー
コルネ村で、幼なじみであり恋人でもあったユリアナと、ささやかな幸福を分かち合って生きていたロイド。
だがある日、ユリアナは女神の愛子として目覚め、国王の命により王都へと連れ去られる。
突然、日常を奪われ、運命に引き裂かれたロイドは、抗う術も持たぬまま、否応なく大きな流れへと呑み込まれていく。
これは、奪われたものを取り戻すため、そして理不尽な運命に抗おうとする、一人の少年の物語である。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる