灰色世界と空っぽの僕ら

榛葉 涼

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逆撫でる

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 何もかもをぶち壊さんとする轟音と共にそいつは現れた。

 立ち上る土煙に思わず顔を覆ったシヅキ。腕の隙間から覗く眼でその姿を見上げた。

 ――腕も、脚も無い。その全身を無数の細長い脚部のような器官が支えていた。その上部でしなっているものは……腕のようだ。顔部には人間の面影なんて残っていない。花弁だ。漆黒の花びらを咲かせているに過ぎない。

 その時、撓い続ける腕部から、小さな花が咲いた。恐ろしく既視感のあるソレは、シヅキを嘲笑うように鳴いた。


「ミィ」


 瞬間、身の毛がよだった。胃から何かがこみ上げてくる感覚に襲われる。魔素を脈立たせていないくせして、動悸が荒げた。

 全身5mは優にある、その植物を見上げながらシヅキは震える顎で言う。

「それが……“絶望”の本体かよ」
「グアアアァァァアアア!!!」

 再び鳴いた化け物……基い“絶望”。奴は脚部代わりの枯れ枝をシヅキへと向けた。

「――っ!」

 シヅキは声にならない声を漏らし、反射的に後ろへ跳んだ。

 瞬間、彼の立っていた地面に無数に枯れ枝が刺さった。 ……あれは。

「トウカを、刺したやつか」

 クソ! と吐き捨て、シヅキは全身に魔素を回した。“絶望”を視界に捉えながら、全力で距離をとろうとする。

 灰色の花畑を駆け抜ける。揺れないようにと、背負うトウカを腕で押さえながらシヅキは叫んだ。

「やっぱ……全部演技ブラフかよ!」

 シヅキの中でずっと転がっていた懸念。それは、“絶望”が力を出し切っていないことだった。

 丘に逃げ込む以前に感じた魔素のノイズ……身体に悪影響を及ぼすほどに尋常じゃないソレは、間違いなく“絶望”が発したものだ。シヅキはそう確信していた。

 やがて丘で対峙した植物形状の魔人、“絶望”。奴が伸ばしてくる蔦を捌きながらも、シヅキはその手応えの無さに首を傾げていたのだ。浄化型最強と名高いコクヨ……そして彼女が率いる大隊は、本当にこの魔人にやられてしまったのか? 彼の中で疑問符は積もる一方だった。

 しかしそれを確認することは出来なかった。丘の空間では、土地の特性故に、ノイズを感じとることが出来ない。結果として、シヅキは正体不明の“絶望”? と戦わざるを得なかった。

 もし対峙していたのが“絶望”とは異なる他の魔人だったら。 ……そんな期待があったのは事実だ。だが、実際に正体を現したソレはどうだろう?

「クソッ!」

 シヅキは再び吐き捨てた。突きつけられた現実は、彼の想定の中で最悪のものだった。

 シヅキの脳内では、完全に逃げるという選択にシフトしていた。背中にトウカを背負っているというハンデもあるが、それ以上に勝機を見出せなかった。 ……身体が小刻みに震えている。“絶望”の叫びを聞いてから、恐怖感が再び訪れたのだ。

 間もなくして、シヅキは丘と廃れの森との境界部に辿り着いた。何の得策も思いつかないまま、シヅキは白濁の木々の中へと飛び込もうとする……


 それを、本性を現した“絶望”が許す筈がなかった。


 突如として、シヅキの行手……灰色の地面が大きく盛り上がった。這い出るかのように生えてきたのは太い蔦共だ。 ……道を塞ぐ意図があることは明らかだった。

 シヅキはすぐに進路を逸らした。丘の外周を沿うように走る。しかし、シヅキの先を遮断する蔦が生える。生える。5本なんかじゃない。気づいた時には何十本という規模の蔦に囲まれていた。

 大きく舌打ちをしたシヅキ。仕方なく来た道を振り返った。


 ……振り返って、悟った。


「ミィ、ミィ、ミィ、ミィ、ミィ」

 逃げることなんて不可能だと。

「……ざけんなよ、マジでよ」

 眼前にそびえ立つは、“絶望”。漆黒の花が、脚部の枯れ枝から無数に生えている。奴らは嘲笑うかのように鳴きまくっていた。 ――お前はここでころす、と。

「ミィミィミィミィミィミィミィミィ」

 シヅキはギリギリと歯を噛み合わせた。襲われたのは、恐怖心よりも苛つきだ。もっと上手く出来たはずだ、そんな過去への後悔が降り積もってゆく……。

「クソがよ!!!」

 怒気の篭った声で荒らげたシヅキ。体内の魔素を操作……大鎌を生成。

「がァッッッ!!!!!」

 決してホロウが上げたとは思えない、魔人のごとき叫び。刃先を絶望へと向けた。

「ミィミィミィミィミィミィミィミィ」

 再び漆黒の花が咲いた。“絶望”の身体のみならず、花畑から生える。背後の蔦からも生える。無数に……生え続ける。


ミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィミィ


 シヅキを逆撫でる挑発的な鳴き声。魔素のノイズが無い静かな丘の中でコダマする。耳を塞ごうが、そんなの意味を持たない。圧倒的な物量を前に、空間は支配される。


 ――あぁ


 残された選択肢はもう、一つしかなかった。

「やるしか、ない」

 無骨な大鎌を構え直す。震える手で柄を持ち直す。刃先を“絶望”へと向けた。
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