灰色世界と空っぽの僕ら

榛葉 涼

文字の大きさ
37 / 66

一閃

しおりを挟む

 今日だけで何度行ったろうか? 再び、魔素を脈立たせる。先程走るために使用した魔素の熱が未だ身体に残っている。そのせいで、体内がまるで沸騰しているようだ。

 熱い、痛い、苦しい。

 空気を喘ぐ。調子が良かった筈の身体は、既に擦り切れていることに気がついた。それでも、やるしかない。やるしか、トウカがいきのこる手立てはない。

「やる、やる、やる…………」

 呪詛のごとく、何度も何度も繰り返し吐く。あからさまにシヅキが臨戦態勢に入っているというのに、“絶望”から攻撃を仕掛けて来なかった。奴は出方を窺っているというより、シヅキを見くびっているように思えた。

 ……いや、実際にそうなのだろう。初めから本体が現れなかったことも、蔦が5本しかないように見せていたことも、「ミィ」という耳につく鳴き声も。全て、シヅキの心を弄んでいたのではなかろうか。

「浄化型……舐めんな」

 ボロボロの身体を、それでも動かす。息を一つ吐いた。

(ぶった斬ってやる……)

 最後に心の中で吐いたシヅキ。灰色の大地をその脚で踏みしめる。姿勢を低く落とし、重心を一歩前に出した左脚に預けた。

(3……2……1!)

魔素を一気に脈立たせようとした。 ……脈立たせようとはしたのだ。


「ミィ」


 ――鳴き声が聞こえて、その後何が起こったのかすぐには分からなかった。


 一瞬だけ腕に振動が伝わったかと思うと、手にかかっていた重みが、全て消え失せていた。ゆっくりと首を動かすと、その手の中にある大鎌をナニカが貫通していた。 ……トウカを刺したものと同じ、枯れ枝だった。

 間もなくして、バリンと音を立て大鎌は粉々に砕け散った。刃も、柄すらもバラバラになっていた。漆黒の欠片たちが、地へと落ちてゆく。

 それを見届けることしか出来なかったシヅキ。 ……眼前に突きつけられた現実は、度し難いほどに無慈悲だった。

「…………」

 何も言わず、何も言えず、シヅキは前側へと崩れ落ちた。

 “絶望”が鳴く。


「グギャオオオオオォォォォォォアアアアアア!!!」


 襲われたのは、途方もない虚無感だった。思考したって、争ったって、何をしようとしたって……無意味なのだとシヅキは悟った。

 退路はない。“絶望”には勝てない。救援も来ず。

 シヅキの口元が歪んだ。

「はは……」

 乾き切った笑いが溢れた。視界が霞み、歪む。小刻みに震える身体は、まともに動かなくなっていた。

 言葉が漏れる。

「トウカ…………ごめん」

 シヅキは一つの記録きおくを思い出した。


『……そう。私は無理してたの。今日一日ずっと。頑張って、作り込んだキャラクターになろうとしたの。でも……全部バレてた……。初めて来たのに……ソヨさんにもたくさんのボロ出しちゃった。これじゃあ……計画が……』


 トウカと初めて会った日のこと。彼女は“計画”なんて言葉を漏らしていた。 ……結局のところ、彼女が求めるものは何だったのだろうか? ただシヅキが知っていることは、彼女が確固たる意志を持っていることと、褪せやしない琥珀の瞳をしていることだけだった。

「トウカ……お前、何がしたかったんだよ。こんな世界で、何を見ていたんだよ」

 背負うトウカの重みを背中に強く感じる。彼女はまだ存在している。 ……存在しているのだから、これから起こることが余計に辛い。

「ミィ」

 頭上から聞こえた鳴き声。見上げた視線の先に一輪の花が居た。漆黒の花弁が畝り揺れている。

 苛立ちも、あるいは激昂も無く、シヅキはただそれを見るだけだった。大鎌は物語った。奴の前で、シヅキというホロウはあまりにも無力なのだ。何も出来ず……空っぽで…………。

「ああ……」


 ――これが絶望か。


 カサカサと脚部の役割を果たす枯れ枝がうごめいた。枝先がシヅキへと向く。トウカの胸を、シヅキの大鎌を瞬く間に貫いた枝だ。ボロボロの身体が、それに抗える筈なかった。

 ハァ、と溜息を吐いた。ゆっくりと眼を閉じる。 ……シヅキにはもう、を待つだけだった。

 “絶望”が、シヅキをころす。そのための枯れ枝を伸ばした。


 グシュ、と。鈍い音が走る。


………………
………………
………………。


「……え?」

 強烈な違和感に、シヅキはバッと眼を開けた。そして、目の前の光景に大きく眼を見張る。

「シヅキ、それにトウカか。どうやら間に合ったようだな」

 そこに立っていたのは“絶望”ではなかった。いや、正確に言えば“絶望”とシヅキの間に1体のホロウが居た。そのホロウは……彼女はシヅキに背を向けていた。手には1本の刀を携えている。風が吹き、一括りにされた黒髪が靡いた。

「あ、あんたは……」
「酷い声だな。魔素の過剰使用で身体中が損傷しているか。無理はするな」

 淡々とした声で述べ続けるホロウ。こんな状況下だって、いつもと調子は変わらずに。だからこそ、シヅキは圧巻された。


「グガァァァァァァァァァ!!!」


 “絶望”が叫ぶ。先程までより音圧が高い。怒りめいたものが篭もっていると、シヅキは感じた。

 間も無くして、枯れ枝が蠢き、膨張した。 ……攻撃の合図だ。

「マズ……!」

 シヅキは叫ぼうとしたが、上手く声が出ない。咄嗟に伸ばした右腕は、何も掴むことなく、ただ空を斬る。

 瞬間。

 シン、という甲高い音ともに、シヅキの眼前に白色の光が真横に一閃走った。遅れて、“絶望”の態勢が大きく傾いた。見ると、枯れ枝の一部分が真っ二つに切断されている。 ……大鎌を一瞬でぶっ壊した、あの枝共がだ。

「有り得ねえ……」

 シヅキは口をポカンと開け、首を横に2度振った。呆気に取られたシヅキを知ってか知らずか、ホロウはやはり淡々とした口調で言う。

「ワタシのことは気にかけるな。後のことは全て任せろ」

 今まで背を向けていたホロウ。彼女はこちらを振り返った。その真っ黒な左眼が、シヅキのことをハッキリと捉える。


「……魔人は全て、根絶やしだ」


 先程までとは異なり、随分と低いトーンで述べたホロウ。彼女は瞬く間にシヅキの元から消えた。そう思わせるほどのスピードで動いたのだ。

 気づいた時には、シヅキの背後から鈍い音が連続で鳴った。退路を塞いでいた蔦共が一遍に斬られたのだ。

「グガァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 再び、“絶望”が鳴いた。斬られた枯れ枝を再び伸ばし、ガサガサと動き出す。その行く先には先程のホロウがいた。いつの間に、あんなに距離を取ったのだろうか?

 間もなくして、けたたましい金属音が鳴り響いた。ホロウは、無数に伸び続ける“絶望”の蔦と枯れ枝共を捌き続けていた。 ……明らかに善戦している。

「なんだよ、あれ……」
「そっすよねー! 初めてコクヨさん見たらそうなっちゃうすよねぇ!」

 突然後ろから聞こえてきた陽気な声に、シヅキの肩がビクリと跳ねた。

 振り返った先には赤毛のホロウが。ボサボサの髪で、目鼻立ちがハッキリとした男だ。しかし、その表情からは軽薄な印象を受けた。彼はニッと笑い、ヒラヒラと手を振る。

「雑談などしてる場合か。迅速に命令を遂行するぞ」

 そいつの隣には眼鏡をかけた堅物そうなホロウ。こいつは見たことがあった。

「あんた……大ホールで喋ってた……」
「貴様も貴様だ。コクヨ隊長から『無理はするな』と指示をされていたのではないか? 口を開いて無駄に体力を消耗するな」
「……なんで、こんなところに」
「はァ。救援の通心をしたのはお前じゃなかったか?」

 救、援……救援。 

 ――あぁ、そうか。

 呂律が回っていない口でシヅキは呟いた。

「トウカは……助かった…………の……か」

 一気に身体から力が抜けて、唯一その身体を支えていた両腕すら折れてしまった。

「うっわ! だいじょーぶすか!?」
「ふん……気を失ったか」

 赤毛と眼鏡のホロウがそれぞれ言葉をかける。しかし、既にその言葉はシヅキの耳に届いていなかった。

 微睡みを飛び越え、深い、深い眠りの世界に沈んだシヅキ。彼が次に目を覚ましたのは、それから丸2日後のことだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。 自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。 「お前は俺の番だ」 番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。 一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。 執着と守護。すれ違いと絆。 ――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。 甘さ控えめ、でも確かに溺愛。 異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

異世界配信〜幼馴染みに捨てられた俺を導く神々の声(視聴者)

葉月
ファンタジー
コルネ村で、幼なじみであり恋人でもあったユリアナと、ささやかな幸福を分かち合って生きていたロイド。 だがある日、ユリアナは女神の愛子として目覚め、国王の命により王都へと連れ去られる。 突然、日常を奪われ、運命に引き裂かれたロイドは、抗う術も持たぬまま、否応なく大きな流れへと呑み込まれていく。 これは、奪われたものを取り戻すため、そして理不尽な運命に抗おうとする、一人の少年の物語である。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...