灰色世界と空っぽの僕ら

榛葉 涼

文字の大きさ
38 / 66

目覚め

しおりを挟む
 
 真っ黒な闇の中で眼を覚ました。

 普段、生活を送っている闇空の下。そんな世界とは比にならないほどに暗い闇だ。上下左右すら曖昧な空間はひたすらに静寂だった。

 ――なんだここ。

 戸惑いながらも辺りを見渡す。しかし、一切の視覚が効かない闇の中では意味を成さない。
 
 しばらくその場に立ち尽くしていたが、それで何かが起きるわけでもなかった。仕方なく、歩いてみることにした。

 1歩、また1歩と足を進める。その度にカツ、カツと足音が響いた。その反響音がこの闇には何もないことを強調しているようだった。

 ――気味が悪いな。

 やはり暫く歩いてみても、何かが起きるわけではなかった。溜息を溢し、再びその場に立ち尽くす。

 なぜ自分はこんなところにいるのだろうか? どうも意識が曖昧で、思考が働かない。ただ自分から何か行動をしたところで、この闇の中からは抜け出すことは出来ないのではないか? と直感的には思った。

 ……そう。は、だ。


 ズズズズズズズズズ


 その時、身体が一気にひり付くような感覚に襲われた。この感覚には嫌なほどに覚えがある。そう、魔人が近くに居る合図だ。

 考えるよりも先に、反射的に身体が動いた。体内の魔素を脈立たせて、応戦を試みようとする……しかし。

 ――魔素が……回らない!?

 明らかな異常だった。いつもとは異なる変な世界の中に居るせいだろうか? 自分の身体を制御出来ないことに気がついた。

 焦燥に駆られながら齷齪あくせくとしている間にも、ノイズは段々と大きくなってくる。間も無くして、周囲一体が濃いノイズ反応で囲まれてしまった。

 ――くそ! んだよこれ!?

 相変わらず空間は闇のままだ。何も見えず、何も聞こえない。ただノイズだけが身体を大きく蝕んでいく……

 ただ、いつまでもそのままという訳ではなかった。自身が発したものではない音が聴こえてきてたのだ。

「…………」

 何の音かは分からない。ただ、物音の類いでは無さそうだった。掠れ掠れのその音の最中には息が混じっていた。 ……つまり、声だ。

 ――魔人が発したもの?

 再び声が聞こえてくる。

「………イ」

 だんだん鮮明になってくる。

「……シイ」

 大きく衝撃を受けた。

 ――言語を話そうとしているのか!?

 魔人は、魔人特有の声を発する。それはホロウが普段遣いする言語とは程遠いものだ。だからこそ、耳を疑わざるを得ない。

「クル……シイ」

 ――苦しい?

 男か女かも判別できない声だった。それを認識してからというもの、あらゆる方向から、いくつもの声が一斉に降りかかってきた。


「クルシイ」「ツライ」「ダルイ」「シンドイ」「ユルサナイ」「シニタイ」「タスケテ」「シンデクレ」「オワリタイ」「オワレナイ」「ナニモナイ」「カワイタ」「オナカヘッタ」「アツイ」「サムイ」「オモイ」「コワイ」「カエシテ」「カエリタイ」「クライ」「イタイ」「トホウモナイ」「ジカンガナイ」「ジカンシカナイ」「ナニモナイ」「ヒトリダ」「サビシイ」「キボウガナイ」


 ――やめろ。

 止まない。


「センソウ」「デンセンビョウ」「テロ」「ジサツ」「キガ」「フサク」「ジシン」「カサイ」「ツナミ」「サギ」「ドレイ」「スリ」「コロシ」「イジメ」「ムシ」「ボウリョク」「リョウジョク」「オセン」「ゼツボウ」「ゼツボウ」「ゼツボウ」「ゼツボウ」「ゼツボウ」


 ――やめろ!!!!!

 止まない。いくつもの負の言葉が浴びせ続けられる。制止の声を叫んでも、耳を塞いでも……何一つ変わらない。

 ――やめろ、やめろ。

 何度も、何度も繰り返す。無数の声は、それでも増え続け、闇に覆われた空間は完全に支配された。

 反響を続ける声の圧に耐えきれず、その場にうずくまる。身体の自由は効かなくなってしまった。

 ついに自分の中のナニカが決壊し、弱々しく呟いた。

 ――何なんだよ……お前ら。

 ふと、すぐ傍にナニカの気配を感じた。耳元に誰かが居る。しかし、石のような身体は全くといっていいほど動かない。

 何も抵抗できず、為す術はなく。その気配はゴソゴソと動いた。耳元で言葉を囁いたのだ。




「ナニモシラナイクセニ」





「ああああああああああ!!!!」
「うぉ……ビックリしたなぁ」

 激しい動悸と共に、シヅキは眼を覚ました。

 肩で息を繰り返しながら、辺りを見渡す。すぐに真横に居る見知った存在に気がついた。

「ヒ……ヒソラ?」

 そこにいたのは頭身がやけに低いホロウ。性別は男だが、他と比べて声も高く、背も小さい。故に一目見れば誰か分かるくらいには印象的なホロウ……ヒソラだった。

「うん。僕だよ。おはよう、シヅキくん」

 自身の胸元あたりで手を小さく振ったヒソラ。その顔に親しげな笑みを浮かべていた。

「医務室か……ここ」
「そだよー。さすがシヅキ。状況把握が早いね」
「……じゃああれは夢だったのか」
「あれって?」
「いや、今はいい」

 シヅキが軽く首を振ると、ヒソラは口元をへの字に歪めた。

「シヅキくん、ここ数時間くらいずっとうなされていたよ? いくら夢でも、現実の身体に影響は出てくることもあるんだ。話してみてよ。一応、ボク医者だし」
「……」

 シヅキはヒソラのことが苦手だった。毎回話すたびに会話のペースを握られてしまうからだ。ヒソラの指示には逆らえない……とまでは言わないが、どうも従う癖のようなものが身についてしまっていた。

 ハァ、とシヅキは溜息を吐いた。思い出したくない記憶を掘り返し、出来るだけ細かくヒソラに伝える……


………………。


「――って感じだ」
「なるほどねぇ」

 両腕を組み、ウンウンと頷いたヒソラ。シヅキには、まるでそれが心当たりのあるように見えた。

「なんも分かんねーだろ。こんなの聞いたって」

 吐き捨てるように言ったシヅキ。しかしながら、予想に反してヒソラはかぶりを振った。

「……いや、特定のホロウには起こる症状だよ。稀なケースだけどね」
「特定の……ホロウ?」
「言い方がクドイかな。ホロウの中にはそんな夢を見る個体も居るってこと」
「病気の類いか?」
「んーーー言い切れないかな? サンプル数が少ないから。でも、僕が知っている限りはその系統の夢が、身体に影響を及ぼしたことはないね」
「……そうか」

 ヒソラの言葉を聞いても、シヅキの表情は晴れなかった。ただ悪夢を見るだけ……だったら良いかとは割り切れない。

「ま、心理面でのサポートも行うことはやぶさかじゃないよ? 医者だし」
「別に、んなやわじゃねーって。 ……それより、俺の身体はもう治っちまったのか? 魔素の過剰利用だろ」
「完治はしてないよ。ボッロボロだったからね。暫くは絶対安静だよ」
「……分かった」
「まぁ、傷の具合で言ったらトウカちゃんよりは――」

 トウカ。その言葉を聞いた瞬間、シヅキの身体がビクリと跳ねた。

「トウカ……そうだ。トウカはどうなったんだよ!?」

 ベッドに横たわっていた身体を無理に起こし、ヒソラの両肩を強く掴む。

「おぉ、ビックリしたなぁ。トウカちゃんなら……あっち」

 ヒソラは人差し指を自身の首元に寄せた。それが指していたのは部屋奥のスペースだ。

「話は後だ」
「ちょっと! あんまり無茶は……あぁ、もう」

 ヒソラの注意の声を聞くことなく、シヅキはベッドから飛ぶように降りた。身体を引き摺り、部屋奥の空間を目指す。

「んだこれ……重い」

 全身に重りでも纏っているように、身体は自由が効かなかった。地面に押さえつけられる感覚がシヅキを襲う。それでも、歯を食いしばり歩を進めた。

 1歩、2歩、3歩。眼前に現れたのは、巨大な布で仕切られた小空間だった。

「~~~~~~」

 近づくと、小空間からはくぐもった声が聞こえてきた。中に……誰かが居る。脚を懸命に引き摺り、シヅキはついに布へと手をかけた。

 シャッ

「ちょっと誰……シヅキ!? 眼を覚ましたの!?」

 勢いよく布を引いたシヅキ。するとそんな驚嘆の声が飛び込んできた。

「……ソヨか」

 普段の制服ではなく、私服を着たソヨがそこには座っていた。驚き半分、呆れ半分の声で彼女は言う。

「あんた……急に開けないでよ。デリカシー考えて!」
「説教は後で聞く。 ……それより、トウ――」
「シ、シヅキ」

 凛とした、しかしながらどこか頼りのない声。聞き覚えのある声が聞こえた。ハッと息を呑んだシヅキ。ソヨに合っていた焦点をゆっくりとズラした。


 ――琥珀に透き通った大きな眼。筋の通った鼻筋、僅かに紅潮した頬、薄桃色の唇。そして……白銀色をした長い髪。


「あ……」
「急に現れるから、ビックリしちゃった。でも……良かった、シヅキもちゃんと眼を覚ましたんだね。私もちょっと前に起きたばかりで、あんまりよく把握できていないんだけど、ソヨさんが色々と話してくれているとこ…………わっ!」

 その少女の声は、途中で小さな悲鳴へと変わった。彼女にとって予想だにしないことが起こったからである。

「シ、シヅキ? ど、どうしたの急に……」

 困惑の声を漏らす少女。一方で、その光景を見ていたソヨは開いた口が塞がらなかった。

「トウカ」
「は、はい……え? な、なに?」
「……良かった」
「そ、それはどうも。 ……ぇっと、急に抱きつかれるとは思わなかった」
「…………」
「な、何か喋って欲しいんだけど」

 右に左に視線を向ける少女……基いトウカ。何を言えばいいのか、何をすればいいのかよく分からない。助け舟を求めようにも、ソヨは固まったままだし、ヒソラはただニコニコと笑みを浮かべるだけだった。

「あー……うぇ……」

 情けない呻き声のみを発し続けるトウカ。彼女が最終的に搾り出した言葉は、何ともまあ他愛のないものだった。


「お、おはよう……シヅキ」

 シヅキの胸の中で、トウカはぎこちなく笑いながらそう言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。 自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。 「お前は俺の番だ」 番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。 一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。 執着と守護。すれ違いと絆。 ――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。 甘さ控えめ、でも確かに溺愛。 異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

異世界配信〜幼馴染みに捨てられた俺を導く神々の声(視聴者)

葉月
ファンタジー
コルネ村で、幼なじみであり恋人でもあったユリアナと、ささやかな幸福を分かち合って生きていたロイド。 だがある日、ユリアナは女神の愛子として目覚め、国王の命により王都へと連れ去られる。 突然、日常を奪われ、運命に引き裂かれたロイドは、抗う術も持たぬまま、否応なく大きな流れへと呑み込まれていく。 これは、奪われたものを取り戻すため、そして理不尽な運命に抗おうとする、一人の少年の物語である。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...