59 / 66
煤描きの模様
しおりを挟む「ハァ」
シヅキは露骨に溜息を吐いた後に、トウカの顔を見ないようにしつつ呆れた様子で言った。
「いい加減、真剣に魔人探せよ。言われたことくらいはちゃんとしたらどうだ」
その指摘に対してアサギは即答せず、「んー」と小さく唸った。一度口をへの字に曲げたかと思うと、すぐに戻して言葉を選ぶようにして言った。
「そうは言うけどよ……今は居ないものは居ないだろ? それに、ほら」
アサギは横方向に弧を描くようにして右手を挙げようとしたが、その手が空を差すことは無かった。壁により途中で阻まれたからである。アサギは手の動きを阻んだ壁に掌を押しつけた。
「俺の経験上、近くに障害物がある場合に魔人は出現しづらい。こんなデカい岩壁なんてもってのほかだと思うぞ?」
シヅキたちが魔人の排除に担当させられた範囲は、岩壁沿いのエリアだった。岩壁……この先には調査団の目的地であるから風荒野が広がっているのだというが。迂回して登るルートでもあるのだろうか?
(今はどうでもいいか)
アサギを細い眼で見ながらシヅキは言う。
「……障害物があっても、別に魔人はいるだろーが。何で廃れの森の中で魔人が湧いてんだよ」
アサギと同じように灰色の岩壁に手を触れてみた。ゴツゴツとした冷たい岩肌の感触がシヅキを襲う。視界のずっと先まで続くその景色は、白濁色の木々や光差さない闇空と同様に好きにはなれそうになかった。
「まぁいいじゃないか。出るよりも出ないほうがずっとマシに決まっている。なに、魔人なんてこちらから探さずとも向こうの方から姿を見せにくるものさ。そうだろ?」
「……そりゃあ、そうだが」
俯き気味にその言葉に同意をしたシヅキ。眼の端に捉えたトウカもコクコクと頷いていた。
「ただ少し雑談は自重するよ。すまん」
「……う、うん。私もちょっと、喋り過ぎた……ました。ごめんなさい」
「チッ……謝んなよ」
その言葉と同時に岩壁から手を離したシヅキは、2体に先行して前を歩き出した。
崖と反対方向には、設営中のベースキャンプの見えた。数張りのテントが既に立っている。
(しばらくオドには帰れねーんだよな)
思いがけず頭をよぎったのはソヨの表情だった。昔馴染みというか腐れ縁である彼女のことを鬱陶しいと思うのがしばしばではあるが、信頼出来るのは確かだ。頭だってシヅキよりもずっとキレる。
(昨日中に調査団について話を聞いときゃ良かったな。あいつの意見が欲しい)
叶わない願いに焦がれたところで仕方がない。そう割り切りつつ、黙々と前進を続ける。そのタイミングとなってシヅキはようやく気がついたのだ。
自然と足が止まる。
「…………」
「どうしたシヅキ? 急に立ち止っちまってよ」
後ろからかけられたアサギの声には答えず、シヅキはただ自身の掌をじっと見つめた。先ほど岩壁に触れた左の掌だ。一見するとそれは、灰色の砂が多少付着しているようにしか見えない。
しかしながらシヅキは首を傾げたのだった。
「……なんだこの変な魔素」
何にも触れていない右手でその掌を擦る。それを数度繰り返したところで灰色の砂が付着していた掌が……いや、正確には灰色の砂が真っ黒に変色をしたのだ。
(これは……煤か? なぜ岩壁にこんなものがこびり付いてんだ?)
「シヅキ? ほんとにどうしちまったんだよ」
後ろを振り向くと、眉を潜めたアサギと心配そうな表情をしたトウカが居た。秘匿にする理由もなかったため、シヅキはこの異変のことを端的に話したのだった。
「砂を擦ると煤が出てきた? どれ……」
やはりというか眉間に皺を寄せたアサギがシヅキに倣い岩壁を何度か擦ってみせた。しかしながら、それは何度擦っても砂のままだ。
「変わらんぞ」
「いや、そんな筈は」
「アサギさん、シヅキ……さん。こちらへ!」
ふと声の方向を振り返ると、数メートル戻ったところにトウカの姿があった。何かを発見したらしい。
シヅキとアサギが素直にトウカの元へと行くと、両者とも大きく眼を見開いたのだった。
「これは……何かの模様か」
灰色の岩壁には真っ黒な煤が付着していた。それは無作為的ではなく、アサギの言うように何かの模様を描いているようだった。
大きな円の中にはそれよりも少し小さな円が描かれている。円と円の隙間には複雑な形のナニカ……文字のようなものが所狭しと書かれていた。そして小さな円の中には、星模様に似た直線の集合体が編み込まるように走っているのだ。
シヅキがその模様を凝視していると、トウカが恐る恐るとこのように言った。
「シヅキさんが触れていた岸壁の箇所を、擦ってみました。そうしたら、砂が変色して、あとはこのような感じで……」
「ふぅむ。まるで砂でこの模様を隠していたみたいだな。 ……よく見つけたな! シヅキ」
「いや、ただのマグレだ。ほんとに」
シヅキは岩壁に描かれた模様へと再び触れてみた。冷たい岩肌の感触は通常の岩壁とは変わらない。しかし、それとは別に肌をひりつく感覚があった。 ……魔素のノイズ反応。それがこの煤で描かれた模様の中に込められている。
(だが……一体なぜこんなものがここに?)
「おい」
その時、高圧的な声がシヅキ達にかけられた。反射的に振り向くと、そこに居たのはメガネをかけた男性ホロウ……ソウマだった。明らかにその表情は不機嫌の色が見えていた。
「何をしている? 貴様らは命令に背いていることを自覚しているのか?」
「ソウマ……いやな? これには訳が――」
「黙れ! お前には聞いていない!」
アサギの言葉をバッサリと切り捨てたソウマの視線は、トウカへと向けられていた。
「おい、トウカ。何をやっていたんだ?」
「えっ、えっと…………」
「さっさと答えろ。ボンクラが」
冷徹という言葉が似合うソウマの声。先ほどのアサギの例からして、こちらの言葉は聞き入れてもらえなさそうだ。シヅキはそう思い口を挟まなかった。
口下手なトウカがすぐに答えられないのは当然のことだった。ソウマが数度、急かすような言葉を浴びせた後に震える声にて答えた。
「ここに……煤で描かれた、不思議な模様が……あって……それで……少しだけ……見ていたのです」
「模様だと?」
ソウマのどこを見ているのか分からない細い眼がトウカの背後にある岩壁を捉えた。しばらくそれを見つめた後にトウカへ向けて言葉を吐いたのだった。
「……そんな指示を一度でも出したか?」
「……いえ」
「初めに立ち止まったのは誰だ……?」
「そ、それは……」
「俺だ」
シヅキが短くそうやって言うと、ソウマがバッとこちらを向いた。ホロウらしさの欠片もないあまりにも冷たい表情……無言でシヅキを見つめた後、やはりその視線はトウカへと戻ったのだった。彼女の顔は眼に見えて青ざめていた。
どこかねっとりした口調でソウマが言った。
「……そうか。浄化が事の発端か」
そこからのソウマの行動は早かった。
「なっ――!?」
アサギが驚愕の声を上げた。シヅキだってその眼を大きく見張った。
「ぐっ…………ガ…………ギ…………」
「抽出型の貴様が……浄化の手綱を握っている貴様がなぜ勝手に行動を許した? 発言しろ」
ソウマの細い手がトウカの首を強く掴み、その身体を岩壁へと叩きつけていた。苦しげな表情を浮かべて、トウカは空気を喘いでいる……。
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜
来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。
自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。
「お前は俺の番だ」
番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。
一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。
執着と守護。すれ違いと絆。
――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。
甘さ控えめ、でも確かに溺愛。
異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
異世界配信〜幼馴染みに捨てられた俺を導く神々の声(視聴者)
葉月
ファンタジー
コルネ村で、幼なじみであり恋人でもあったユリアナと、ささやかな幸福を分かち合って生きていたロイド。
だがある日、ユリアナは女神の愛子として目覚め、国王の命により王都へと連れ去られる。
突然、日常を奪われ、運命に引き裂かれたロイドは、抗う術も持たぬまま、否応なく大きな流れへと呑み込まれていく。
これは、奪われたものを取り戻すため、そして理不尽な運命に抗おうとする、一人の少年の物語である。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる