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傲慢野郎
しおりを挟む「おい! お前、いい加減にしろよ!」
初めに動いたのはアサギだった。珍しくドスの効いた声で荒げた彼は、その大きな手でソウマの腕を掴んだ。
「ふん、おれに逆らうのか?」
「見て見ぬフリできるかよ! やってること異常だぞソウマ!」
「異常かどうかは貴様が決めることではない。これはおれとトウカ……抽出型の問題だ」
「型なんて今はどうだっていいだろ!」
アサギが叫ぶようにそう言うと、ソウマはあろうことか高笑いを上げた。それは“嘲笑”という表現が適しているかもしれない。不快感がこれでもかと凝縮されていたのだ。
ひとしきり笑った後に、ソウマはその冷酷な瞳をアサギへと向けた。
「まるで貴様はおれと対等であると思い込んでいるようではないか! やはり浄化型とは愚かしいなあ!」
「なんだと?」
「覚えておけ浄化。魔人を刈り取ることしか能のない貴様らは抽出、解読よりも下の立場にある。ゆえに貴様らがおれに意見することは許されんことだ」
そんな言葉を捲し立てたソウマはトウカの首を掴む力を強めた。彼女の呻き声がより苦しみを帯びたものとなる。表情だってうっすらと青白んでいた。
「その汚い手をどけろ、浄化。魔素臭くて仕方がないのだよ」
「……よくもそんな浄化型を蔑むことが言えたな、ソウマ」
「ほう。歯向かうのか? このおれに」
「ああ! 別に俺たちはお前と対等だからな!」
叫んだアサギの様子が一瞬にして変化を遂げる。彼の周りのノイズがブレを生じさせた。いわゆる戦闘態勢である。完全に怒りに身を任せていることは明白だった。
「ソウマ! 俺は手加減が苦手だぞ、覚悟しろ!」
「待てよアサギ。落ち着け」
シヅキはアサギの丸太のように太い腕をガッと掴んだ。
「止めるなシヅキ! こいつは一遍でも痛い目に合わせないと――」
「トウカ」
そう呟くと、アサギの動きがピタリと止まった。
「優先すべきはこいつをぶちのめすことじゃねーだろ」
「……あ、ああ」
「変われよ」
シヅキの言葉にアサギは大人しくその身を引いた。ソウマの前にシヅキは立つ。
「おれはその浄化とやり合ってもよかったのだが? 地に伏せてやろうと思ったがね」
鼻をふん、と鳴らすソウマは相変わらずこちらを見下すような眼で見ていた。正直に言うと虫唾が走るが、まともに相手するのは悪手でしかないとシヅキは確信していた。
ゆっくりと深呼吸をした後に、シヅキはその口を開いた。
「お前は浄化を見下してんだよな?」
「見下すとは心外だ。貴様らの立場に適した眼を向けているに過ぎん」
(それを見下すっつーんだよバカが)
シヅキは一つ溜息をした後にこう言った。
「その言葉、コクヨさんの前でも吐けるか?」
“コクヨ”。シヅキがその名前を出すとソウマの眉がピクリと動いた。彼が口を開く前にシヅキは畳み掛けるように言葉を重ねる。
「今から確かめようぜ。コクヨさんは向こうのベースキャンプに居るんだろ? すぐに連れて来てやるよ。そこで同じ言葉吐いてみろ」
「……」
挑発的にシヅキはそう言ってみせた。一方でソウマは口元をピクピクと震わせるだけで何かを言うでもなかった。代わりにトウカを岩壁へと叩きつけていた手をバッと離したのだった。トウカは叫ぶような席と共にズルズルと座り込んだのだった。
再び鼻をふん、と鳴らしたソウマは飄々とした様子でベースキャンプへと向けて歩き出した。さながら何もなかったかのように。
「そろそろ集合時間だ。戻れ」
ソウマはそんな捨て台詞と共にシヅキたちの元を去って行ったのだった。シヅキもアサギもその背中をただ見るだけだった。
「トウカ! 大丈夫か?」
間も無くしてアサギがトウカの元へと駆け寄った。シヅキも横目で彼女の様子を窺う。深い呼吸を繰り返すトウカの顔はいまだに青ざめていた。とてもじゃないが平常な様子ではない。
(あの傲慢野郎、どんだけ力入れてやがったんだよ)
シヅキは一つ舌打ちをした後にトウカの肩へと手を置いた。シヅキの手をトウカがギュッと掴んだ。
「あ……ありがと…………シヅキ」
「なんで俺がまだお前を助けなきゃいけねーんだよ」
「……へへ」
力なく笑うトウカの首後ろに手を回し、もう片方の手を膝の後ろへと回す。力を入れて彼女の身体を持ち上げた。
「ヒソラんとこ行くぞ」
独り言のように発したシヅキはベースキャンプへと向けて歩を進め出した。間も無くして大きな足音が後を追ってくる。
「……すまん。シヅキ、トウカ」
どこか弱々しく響く野太い声。眼だけで後ろを振り返ると、口を真一文字に結んだアサギがいた。
「完全に怒りに身を任せていたよ。浄化を否定されたことが……シヅキやサユキのことをあんなふうに言ったことがどうしても許せなくてよ……」
「……そうか」
「ありがとよシヅキ。お前がいなかったらまだトウカは苦しんでいたかもしれない」
アサギがトウカへと眼を向けたが、彼女はまともに返事をすることはなかった。いや、出来なかったのかもしれない。
シヅキはその足を早めつつ、言葉を紡ぐ。
「……派手に行動を起こすことはやめといた方がいいだろーな。おそらくソウマは俺たちよりもこの調査団のことについて詳しい。あいつを害するのは危険だ」
「確かに、テキパキと指示を出している感じはそう見えるな」
「いい子ちゃんでいようぜ。許容範囲を超えない限りはな」
トウカを岩壁に叩きつけたソウマの姿を思い出しながらシヅキは言った。
「シヅキはすごいな」
「……あ?」
予想にもしないアサギの言葉にシヅキはつい足を止めてしまった。
「物事の判断が冷静だ。周りのことをよく見られていると思ったよ。俺にはない、シヅキの強みだな!」
「……自分よりも動揺している奴がいれば冷静になれるもんだ」
「はは! そうか!」
先ほどまでの怒りが嘘のようにアサギは機嫌良く笑った。その声に煩わしさを覚えつつシヅキは前方へと眼を向けた。小さかったベースキャンプの影は随分と近くまで来ていた。
(冷静さが強み……)
それだけは無いとシヅキは思った。“絶望”に追い込まれた時だって、トウカがあの事実を口にした時だって、シヅキは冷静な判断は出来ていなかった。本当に大切な場面において、シヅキは思考と行動から逃げるのだ。それは自身の中で最も嫌いなところだった。
(いつかまた選択する機会があった時に……俺は上手くやれるだろうか?)
そんな自問に対し、シヅキはすぐに頭を振った。どこまでも弱いホロウである自身が上手くやれる筈が無いだろう。
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