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虎――4
しおりを挟む「あれ、冬樹どうしたの?
なんだかぼうっとしてるけど、具合でも悪いの?」
夏海が僕の様子に漸く気付いて声をかけてくるけど、その声すら耳に入らない。
こんな近くにまでヒトじゃない老婆が近づいたっていうのに、ほんっとうにこの手のことには鈍感だよね。
僕の背中は冷や汗でじっとりと濡れているっていうのに。
僕はしばらくの間、何が起こったのか、呆然と老婆の消えた塀を見ていて、気が付くと夏見が額に額を当てて熱をはかっていた。
「ん、熱はないみたいだけど……」
ち、近いよ、近いってば!
顔が近すぎるうっ!
熱をはかるのに目を瞑る夏海の息がかかったりして、今度は違う意味で冷や汗が背中を伝う。
あの時からあの老婆は何だったのかってずっと気になっていて、虎に聞かれるままに話をしていた。
「──というわけなんだ。
アレ、何だったんだろうってさ……ずっと気になっててさ」
あの日の事を虎に話し終わると、漸く肩の荷が下りた気がして、はぁーっと長く息を吐き出す。
『へぇ、冬樹面白いモン見たなぁ
そんなモン滅多に見れないし、見ようと思ったって見れるモンじゃないぞ?』
にやにやと面白そうに言う虎、アレが何かを知っているらしい。
『こんな街中で見れたとはナァ……』
「もったいぶってないで教えてくれよ」
出来れば、秋音が下に降りて来る前に虎との話は終わらせたい。
猫と会話してるなんて見られたら大変だ。
羨ましい、ずるーい冬樹だけ虎ちゃんとしゃべって、とか言われそうだ。
それも何だか普通じゃないような気がするけど。
『──木霊だな』
「え?
コダマ?
何だよソレ」
聞いたことのない言葉だ。
こだま、小玉じゃないだろうし、児玉じゃ人の名前だし、コダマねぇ……?
『これだから都会っ子はいかん』
いや、都会っ子関係なくないか?
ここそんな都会じゃないし。
『木霊というのは木の霊と書く。
もしくは木の魂だ。
──そうだな、精霊みたいなものか。
精霊ならゲームにもよくあるし、分かるな?』
こくこくと虎に頷く。
あー、そっか、木の精霊なんだ。
「木の精霊なんて、まるで童話か海外のファンタジー小説だな」
『何を言うか、この国古来の物語にもあるだろう。
お前がよく使う携帯やパソコンはただの箱か?
それにほれ、有名なアニメ映画にも出てたろうが』
うわぁ、虎の口からアニメ映画とか聞こうとは思わなかった。
そういやDVDを借りて見てた頃は虎も子猫で一緒に見てたっけ……。
『木霊を見れるなんて僥倖だぞ。
しかもお辞儀をしてたって事は、お前にお礼を言ってくれてたんじゃないのか?
身に覚えはないのか?』
言われて気付く事があった。
「折れた椿の手当てをしたって事くらいかなぁ……」
『それだろう、婆さんていうくらいだ、椿も結構な樹齢だったりするんじゃないか?』
僕が小さい頃には既に大きかったから、ひょっとしたらそうなのかも、と思って虎に聞いてみる。
「近所に薔薇みたいな花のでっかい椿あるだろ、あの木なんだ」
『ああ……あの春に嫌な虫の落ちて来るあの木か』
虎がちょっと嫌そうに虫の事を言う。
多分、あれだ、チャドクガっていう毛虫。
風に毛虫の毛が飛んで触れただけでも赤くなって痛いんだよなぁ……。
毛虫の出る春じゃなくて良かった、なんて思いながら、その木だと頷く。
『あの木なら婆さんかもな』
「でもさ、木の精霊だったらこう──ドリアードとか、綺麗なお姉さんとかってイメージじゃないか、なんだかイメージが壊れたなぁって気がする」
緑色をした長い髪の綺麗な女性っていう、木の精霊に持っていたイメージがガラガラと崩れていく。
『ここは日本だからな、外国の小説とかに出て来る精霊とはまた違うんだろう』
うう、虎の言葉が胸に痛い。
初めて見た木の精霊──木霊が婆さんで、キスしそうなくらいに近づいた顔を、忘れようとしても忘れられなくて、おまけにドリアードのイメージまで壊れてしまって、落ち込みそうになる。
『まぁ、珍しいモノに出会ったと喜んでおけ。
それにしても、そこまで近くに来ても夏海には見えなかったか……』
秋音と僕の力を知ってるだけに、夏海にその力の片鱗すら見えないのが、虎にはどうにも不思議に思えるらしい。
僕の気持ちを分かったように、虎が僕の膝を前足でぽんぽんと叩くと、肉球の感触が気持ちいい。
「うん……そう……だな……普通は見られないものだしな……」
虎の背をのろのろと僕の手が撫でながらも、時折ため息が出てしまう。
『まぁ、元気出せ。
気が済むまで撫でさせてやるから』
やれやれと言った感じで虎が膝の上によじ登り、背中を撫でやすいように寝転んだ。
「うん……。
はぁ……虎の背中気持ちいいな……ふかふかすべすべしてて……」
生え変わりの季節ではないから、いくら撫でても抜け毛が出ない。
「ああ……なんかさ……思い出したら夢見そうだ……。
虎―、今日一緒に寝てくんない?
うなされてたら起こしてよ」
『男と一緒に寝るのはカンベン願いたいところだが……まぁ、いいだろう』
「ありがとうっ、虎」
このふかふかもふもふが一緒に寝てくれたら、きっとうなされることはない、と癒しの塊を抱き締めようと手を伸ばす。
『よっぽど婆さんのアップが嫌だったんだな……まぁ、それは俺も嫌だろうしな』
大人しく腕の中で抱き締められている虎に肩をぽふぽふと叩かれた。
「肉球もふにふにしてもいい?」
『……好きにしろ』
ああ、肉球が柔らかい……癒されるなぁ……。
なんだかんだ言っても虎は優しいなぁ。
その夜、テレビを見ていたら虎が走って行き、たしたしとテレビの画面を叩く。
「やぁん、虎ったら可愛いっ」と、夏海が夕食の手を止める。
「虎ちゃんそれは食べられないよー」と、秋音がくすくすと笑う。
『冬樹、これ。
これ買ってくれ』
ああ、大人しく抱かれて撫でさせてくれて、一緒に寝てくれる代わりの報酬だろうか、
高級猫缶のコマーシャルを指定されて、優しいってのは撤回かと、今月の小遣いの残りを思い出していた。
『魚メインのと肉メインの二つでいいからな』
ああ、二個でいいんだと思ったら、ちょっとほっとした。
そして、翌日ペットショップで一個500円もする缶詰を手にした僕は、高くついた添い寝だったと涙が出そうになっていた……。
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