虎と僕

碧島 唯

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 神社の子狐――4

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 僕の頭の上ではブルブルと子狐が震えていて、その震え方があまりにも可哀想で、手を差し出して腕に抱えてやる。
 僕の腕の中にちんまりと納まった子狐は、集まってきているモノから身を隠すようにしがみついてくる。
「ねー冬樹、小石とか鳥居の上に投げて石が乗ったら大吉、みたいなのあったよねー?」
 んーと、そんな縁かつぎとかもあったようなー、でも大吉だとは言わないようなー。
 とか、考えてると、秋音が石を拾っていて、それは小石とは言わないっていう大きさのとかを手に抱えていた。
「……も、もしもし、秋姉?」
 鳥居の真下から石を放り投げ……鳥居を飛び越えて落ちていく石が集まって来ていたモノを通り過ぎて地面にドスンと落ちた。
 そいつの身体に穴が空いて、そのまま消えてしまうのを目の当たりにして、ひょっとしてここの中に居るモノって、意外に弱いんじゃないかってちらりと思う。
 神社の主自体ちびっこいし、ひょっとしたらそんなに強い悪霊とか居ないんじゃないか──みたいな考えが確信に変わったのは秋音が石を投げ終わる頃だった。
 失敗して落ちた石の数だけ、集まっていたモノも減っていた。
「もー、案外難しいなっ、もう一回」
「だ、だめだっ、それ大きすぎっ!」
 秋音が手を伸ばした石は拳大ほどもあって、鳥居に上手く乗ればまだしも、失敗したら危ないと慌てて止める。
「えー? もうちょうどいい大きさの石見当たらないよー」
 地面に転がっていた小石は綺麗になくなっていて、代わりのものがないと文句を言われる。
「あっ、いいものみーっけ。
 ね、石じゃないけど、これ乗っかったら綺麗じゃない?」
 一体何を見つけたんだろうと、おそるおそる、秋音が手を伸ばしてる先を見ると、誰かが供えてたのか、子供の忘れ物か悪戯か、折り紙で作られた花が落ちていた。
 百合みたいな花は色も合わせて白で作られいて、確かに鳥居の上に乗ったら綺麗かもなぁ、と秋音が放り投げる様子を見る。
 何回も投げてコツがつかめたのか、ゆっくり百合の折り紙を放り投げると、鳥居の上にちょこんと乗っかる。
「やったーっ!
 見た? 見た冬樹!」
「うん、しっかり見たよ」
「これで今年はラッキーじゃーん、やったねー、私偉いっ!」
 嬉しそうに両手を振り回す秋音、本当に嬉しそうで、まるでオーラの輝きが溢れ出してるように秋音が眩しく見える。
 いや、オーラなんて見たことないけどさ、イメージね、イメージ。
 そんなうきうきと浮かれている秋音が境内を進んで行くと、わらわらといろんなモノが我先にと集まって行き、秋音の腕に当たって弾き飛ばされると、溶けるようにパァーッと消えていく。
 さっきの石投げの石が当たって消えたモノみたいに消えている。
 僕も続いて境内に入ってみると、空気の雰囲気が違うのを感じたような気がして、清浄な、神社本来の【気】が戻ってきてるようだった。
 腕の中の子狐の震えも、いつの間にか止まっていて、不思議そうに前方を歩く秋音を見つめている。
『す……ごいです……。
 悪いモノたちが、どんどん居なくなってるです』
 いや、居なくなるっていうか……消えてるよね? あれ、消滅だよね?
 それに、子狐の君が思ってるほど悪いのって居なかったみたいだし。
 僕に振り返りざま手を振る秋音の手がひときわでかい黒い影のようなモノに突き刺さったように見え、それが消え去った瞬間を見てしまった。
「……間違いない、な……」
 本人は気付いてないようだが、鳥居から社の前に着くまでに僕らというか秋音に寄ってきたモノは消え去っていた。
『悪いモノが居なくなったです。
 全部居なくなってるです!』
 興奮したような声が子狐からして、腕の中を見れば生き生きとした表情で涙を流していた。
「……よ、よかったな……」
 結果オーライ?
 とりあえずは子狐のお願いは叶ったわけだし。
 神社の中もすっかり明るくなった、気がする。
『ありがとです、助かりましたですぅ』
 泣きながらお礼を言う子狐の頭を撫でる。
「いや、僕は何もしてないし……」
『でも、助けていただきましたです!』
 ……本当に【僕は】何もしてないんだけどね……。
 秋音も何もしてない、ただ神社に入って歩いただけだ。
 やっぱり……視えてはない……んだろうなぁ……。
 視えてたら、いくらなんでも……なぁ……。
『ありがとうございますです、改めて御礼に伺いますです』
 僕の腕の中で嬉しそうな子狐がぺこりと頭を下げる。
「いや、お礼なんていいよ。
 何もしてないし」
『いーえ!
 そんなわけにはいきませんです。
 ちゃんと御礼に伺うのです!
 絶対ですよ、絶対なんですぅ!』
「はいはい、分かったよ」
『本当に、本当なのです!』
 そんなたわいのない約束を受けて、子狐を石灯篭の屋根に降ろす。
 すっかり子狐曰くの悪いモノのいなくなった中で、子狐の身体が光った気がしたが、次の瞬間には光はなくて、見間違いだったのか。
 光線の加減でそう見えただけなのかも知れない。
「冬樹―、おみくじなかった……」
 がっかりした顔で秋音が近寄って来る。
 そりゃあそうだろう、売ってる人がいないんだから。
「おみくじしたかったなー」
 僕の腕に擦り寄るようにして腕を組む秋音。
「くすん、つまんなーい」
おみくじ出来なかったのがそんなにショックなのか? すんすんと悲しげに鼻を鳴らす秋音の背中をぽんぽんと叩いてから引き剥がそうとする。
「でも、鳥居にはちゃんと折り紙の花が乗ったじゃないか、それで充分だろ」
「んーでもさー」
 引き剥がそうとしたらますますしがみ付かれてしまい、失敗してしまった。
「暑くなったら離れてくれよ?」
「うん、あとちょっとだけー」
 秋音に腕を取られながらはちょっと歩きにくい。
 こっそり後ろ手に神社の子狐に手を振って、僕は神社を後にした。

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