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ある日の僕と虎・弐
しおりを挟む夏海は大学、秋音はクラブの助っ人だとかで、誰も居ない土曜の午後。
聞いてみたいことがあって、ダイニングの床で眠っている虎に声をかける。
「虎、ちょっといいか?」
眠りが浅いのか、尻尾だけをピッピッと振って返事をされた。
「虎ってば!」
『……なんだ、冬樹?』
眠たそうな虎の返事があって、虎の側に座り込む。
床が冷たくて気持ちいい。
「あのさ、虎……秋音の事なんだけど」
『ん、秋音がどうした』
「こないだ、霊だかなんだかよく分からないモノで一杯の神社があって、そこに秋音が入っていったらさ、こういろいろあって全部消えてなくなっちゃったんだけど、視えるだけの僕はともかく、秋音って何者なんだろう?」
『ああ──そんな事か。
お前の母親──瑤子さんが並外れてたから、それをお前も秋音も受け継いでるんだろうな。
瑤子さんは胸も器量も、力もスゴイからなぁ』
虎……胸と器量は、今関係ない。
そりゃあ母さんは子供四人もいるようには見えないし、美人だし、胸も大きいけど。
「秋音と僕だけかな、その……力を受け継いでるのって」
『さぁな、それは分からん。
俺やお前が知らないだけなのかも知れんしな』
にやりと虎が笑う。
ひょっとしたら、僕が思う以上に色々知っているのかも知れないと、そのにやりとした笑みに思ってしまう。
「じゃあさ、秋音が視えるようになるとか、僕が祓えるようになったりとかも、あるかも知れないとか──ってことは?」
『さてな。
あるかも知れないし、ないかも知れない
けど、瑤子さんは未だに視えないからなぁ』
「……なぁ、ひょっとして、なんだけど……。
家の中で視ないのって……」
『瑤子さんが居たからだな。
それに、何年も住んでる家だから、瑤子さんの気が染み渡っているんだろう』
それで小さい頃に霊に追いかけられても家の中に入ったら無事だったのか……。
「……バリアー?」
『……結界かな? 自然に出来た霊力の結界』
「うちの家族ってすごいんだなぁ……」
しみじみと呟いて苦笑いしてしまう。
「でもさ、虎。
視えないのに力はすごいってさ、なんか宝の持ち腐れって感じだな」
視えるのに何も出来なかったり、視えないのに祓う力があったりって、中途半端な感じがする。
『まぁ、それも仕方のない事だろうな
視えない方が幸せってのはよくあることだ』
「つまり、僕が視えるのは不幸って言いたい?」
『いや──お前は必然だろうな。
お前が視えなくて、ああいうのから逃げられなかったら、どうなってたか分からん。
追い払う力が無いなら、知らぬ間に憑かれてるだけだしな』
虎の背を撫でながら、少しばかり考えてみた。
「視えなくても憑かれるのかなぁ……」
『世間一般ではよくある事だと思うが?』
「んじゃ、視えて、逃げられるってのは、まだ幸運だってことかなぁ」
『そう──なるな』
話に飽きたのか、虎が欠伸をしながら応える。
しばらくぼんやりと虎の背を撫でていると、お腹が鳴った。
「僕ちょっと何か食べるけど、虎は?」
『まぐろ缶』
尻尾を床にぱたぱたと打ちつけながらの返事があった。
まぐろの猫缶を探して、虎の皿に盛りつける。
盛り付けているとツナ缶みたいな匂いがして、なんだか美味しそうだ。
匂いを嗅いでたら、またお腹がぐうと鳴ってしまった。
「虎、用意できたよ」
『ありがとう、冬樹』
食べ始めた虎を見ていると、本当にただの猫にしか見えない。
そのまま食べているのを眺めていると、ふいに見上げる虎の金色の瞳と目があった。
『何だ?』
「ん、何でもない。
それ美味しい?」
『まあまあだな』
「そっか」
僕も自分のお腹を宥めようと床から立ち上がって、冷蔵庫の中から牛乳とアンパンを見つけたのでそれを食べることにした。
冷蔵庫でちょっと冷えたアンパンは、ひんやりした餡が口の中でほろりと溶けて、それなりに美味しかった。
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