虎と僕

碧島 唯

文字の大きさ
27 / 39

ある日の僕と虎・弐

しおりを挟む

 夏海は大学、秋音はクラブの助っ人だとかで、誰も居ない土曜の午後。
 聞いてみたいことがあって、ダイニングの床で眠っている虎に声をかける。
「虎、ちょっといいか?」
 眠りが浅いのか、尻尾だけをピッピッと振って返事をされた。
「虎ってば!」
『……なんだ、冬樹?』
 眠たそうな虎の返事があって、虎の側に座り込む。
 床が冷たくて気持ちいい。
「あのさ、虎……秋音の事なんだけど」
『ん、秋音がどうした』
「こないだ、霊だかなんだかよく分からないモノで一杯の神社があって、そこに秋音が入っていったらさ、こういろいろあって全部消えてなくなっちゃったんだけど、視えるだけの僕はともかく、秋音って何者なんだろう?」
『ああ──そんな事か。
 お前の母親──瑤子さんが並外れてたから、それをお前も秋音も受け継いでるんだろうな。
 瑤子さんは胸も器量も、力もスゴイからなぁ』
 虎……胸と器量は、今関係ない。
 そりゃあ母さんは子供四人もいるようには見えないし、美人だし、胸も大きいけど。
「秋音と僕だけかな、その……力を受け継いでるのって」
『さぁな、それは分からん。
 俺やお前が知らないだけなのかも知れんしな』
 にやりと虎が笑う。
 ひょっとしたら、僕が思う以上に色々知っているのかも知れないと、そのにやりとした笑みに思ってしまう。
「じゃあさ、秋音が視えるようになるとか、僕が祓えるようになったりとかも、あるかも知れないとか──ってことは?」
『さてな。
 あるかも知れないし、ないかも知れない
 けど、瑤子さんは未だに視えないからなぁ』
「……なぁ、ひょっとして、なんだけど……。
 家の中で視ないのって……」
『瑤子さんが居たからだな。
 それに、何年も住んでる家だから、瑤子さんの気が染み渡っているんだろう』
 それで小さい頃に霊に追いかけられても家の中に入ったら無事だったのか……。
「……バリアー?」
『……結界かな? 自然に出来た霊力の結界』
「うちの家族ってすごいんだなぁ……」
 しみじみと呟いて苦笑いしてしまう。
「でもさ、虎。
 視えないのに力はすごいってさ、なんか宝の持ち腐れって感じだな」
 視えるのに何も出来なかったり、視えないのに祓う力があったりって、中途半端な感じがする。
『まぁ、それも仕方のない事だろうな
 視えない方が幸せってのはよくあることだ』
「つまり、僕が視えるのは不幸って言いたい?」
『いや──お前は必然だろうな。
 お前が視えなくて、ああいうのから逃げられなかったら、どうなってたか分からん。
 追い払う力が無いなら、知らぬ間に憑かれてるだけだしな』
 虎の背を撫でながら、少しばかり考えてみた。
「視えなくても憑かれるのかなぁ……」
『世間一般ではよくある事だと思うが?』
「んじゃ、視えて、逃げられるってのは、まだ幸運だってことかなぁ」
『そう──なるな』
 話に飽きたのか、虎が欠伸をしながら応える。
 しばらくぼんやりと虎の背を撫でていると、お腹が鳴った。
「僕ちょっと何か食べるけど、虎は?」
『まぐろ缶』
 尻尾を床にぱたぱたと打ちつけながらの返事があった。
 まぐろの猫缶を探して、虎の皿に盛りつける。
 盛り付けているとツナ缶みたいな匂いがして、なんだか美味しそうだ。
 匂いを嗅いでたら、またお腹がぐうと鳴ってしまった。
「虎、用意できたよ」
『ありがとう、冬樹』
 食べ始めた虎を見ていると、本当にただの猫にしか見えない。
 そのまま食べているのを眺めていると、ふいに見上げる虎の金色の瞳と目があった。
『何だ?』
「ん、何でもない。
 それ美味しい?」
『まあまあだな』
「そっか」
 僕も自分のお腹を宥めようと床から立ち上がって、冷蔵庫の中から牛乳とアンパンを見つけたのでそれを食べることにした。
 冷蔵庫でちょっと冷えたアンパンは、ひんやりした餡が口の中でほろりと溶けて、それなりに美味しかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...