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夏海と肝試し――5
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「痛っ……」
男が正気に戻ったのか、赤くなった頬を擦って、漸く僕に気付いた。
……僕の手も痛いです。
「君……は?
それに、ここは……」
「僕は、城見夏海の弟です。
ここは廃病院の二階で、あなたたちはそのナースステーションの中で気を失ってました。
歩けそうですか?」
本当は、歩けないようじゃ困るんだけど、一応聞いてみる。
「ああ……大丈夫だ」
本当に大丈夫そうな様子に、一人担いでってもらおうと考える。
元々は彼らの自業自得だし、そのくらいはしてもらわないと。
「じゃあ、そこの3人の内の誰かを担いでって下さい」
僕がそう言うと、男を一人揺さぶり起こし、肩を貸すようにして引きずっていくことにしたらしく、階段へと足を向けた。
よく考えたら男二人を起こして、残りの女性を担いでってもらえば楽だったかも知れない。
男は、何かまだ心配事があるような顔で、僕を振り返っている。
「……下は安全ですよ。
ここよりもずっとね。
夏海は外の車に居ますから、車で待ってて下さい」
あと二人なら僕と秋音で一人ずつ、なんとかなるだろう。
当初の引きずっていくという事はしなくてよさそうだ。
そう思って二人の様子を見ようと振り返って見ると、まだ気を失ったままぴくりとも動かなかった。
「……これは担いでいかなきゃならないかな」
起きてくれたらいいのになと思いながらも、残り二人は女性だったので、さっきのように手荒に扱うわけにもいかず、ため息をついてしまう。
「冬樹!
危ない、上!」
急に秋音の声がして、見あげると今までの幽霊が普通に見えるほどの、いかにも悪霊ですって顔と気配の奴が僕に手を伸ばしていた。
「わっ、ちょっ……」
尖った長い爪が赤く、元は女性だったように見えた。
その爪と、釣りあがった赤い目がその幽霊をいっそう邪悪に見せていた。
「冬樹、これをっ!」
僕の手元に秋音が何かを投げてきて、それはすっぽりと僕の掌に落ち着いた、その時光が白く僕を包んで──赤い爪が僕に触れる寸前で溶け消えていった。
「ミナミの数珠か!」
数珠から漏れる光を掲げると悪霊がたじろぎ、後退したかに見えた。
そして、憎しみを帯びた赤い目が僕を睨みつけながら、ゆっくり壁の中へと悪霊が姿を消していった。
「冬樹っ、大丈夫?」
「な……んとか……」
へたへたと腰が抜けたようで、床に座り込む。
秋音の方を向くと、ズタボロの雑巾のようになった幽霊の残骸が床に転がっていた。
あれは、どうなってるんだろう。布切れにしか見えないんだけど。中身は?
「秋姉、あれちょっとすごいね……」
あはは、と笑いながら言うと、にかっとVサインを向けられた。
「いやぁ、その数珠すごいねー。
幽霊が見えたの初めてだけど、あ、でもさ、その数珠がなくなったらまた見えなくなっちゃったよ」
既に足元の、床に転がる幽霊の残骸は、秋音にはもう見えなくなっているらしい。
「僕も、僕から逃げてく幽霊は初めてだったよ」
この数珠がなかったら、あの悪霊の爪で酷く梳られてたんじゃないかと思うとぞっとした。
しかし、見えてたら、秋音は敵と認識したら、あそこまでやるのかと、ズタボロの幽霊だった布切れに少し同情してしまった。
「あれ、二人減ってるね。
どうしたの?」
どうやら幽霊との格闘で、こちらの話とかには一切気がついてなかったらしい。
なんというか、秋音らしいというか……。
「男の一人を起こしたら、もう一人の男を担いで降りてってくれたから、残りは女の人二人だけになったんだよ」
あとは、僕らがこの二人を担いで病院を出たら、すっかり元通りってことだろう。
そう、人間に邪魔されることのない、幽霊たちの住みかに戻る。
まぁ、それがいいことなのか、悪いことなのかは分からないけど。
病院が立て壊されて更地になったりしない間は、人とは別の世界で、人が入っちゃいけない場所ってことでいいんじゃないだろうか。
壁とかをちらりと見ると、落書きがたくさんあったりして、人間が出入りするのはなくならないだろうけど、と肩を竦める。
まぁ、僕の知ったことじゃないしと、そういうのは考えないようにした。
「じゃ、この人たちを抱えてさっさと出よう、夏姉さんが待ってるし。
あの人たちには、夏姉さんを家までちゃんと送ってもらわないといけないしね、ついでに説教かなー」
説教、て秋音が呟いたのが聞こえて、その声音は心臓が震え上がるくらい怖かった。
それに、僕らはバイクだから夏姉は車で送ってもらわないと困る。
「うん、せーのっと……お……重い……」
「冬樹ー……、気絶してるからいいけど、女性に【重い】は禁句だからね」
「あ……今のはナイショでよろしく」
気絶した人間は、ずっしりと重い。
肩に食い込む重さに耐えて、階段を降りていると、秋音の方は背中に女性をおぶったまま、苦もなく階段を降りていくのを見て体力の差を感じてしまう。
数珠は失くさないように、ポケットの袋の中にしまい込んだが、もう光ってはいない。
何も危険はないということなんだろうか。
一階に降りると、幽霊たちは隠れたままで、僕らの邪魔は一切なかった。
病院の建物を出ると、振り返り、幽霊たちにお礼のつもりで一礼したら、柱の影からあのおずおずとした幽霊がぺこりと頭を下げていたのが視えた。
男が正気に戻ったのか、赤くなった頬を擦って、漸く僕に気付いた。
……僕の手も痛いです。
「君……は?
それに、ここは……」
「僕は、城見夏海の弟です。
ここは廃病院の二階で、あなたたちはそのナースステーションの中で気を失ってました。
歩けそうですか?」
本当は、歩けないようじゃ困るんだけど、一応聞いてみる。
「ああ……大丈夫だ」
本当に大丈夫そうな様子に、一人担いでってもらおうと考える。
元々は彼らの自業自得だし、そのくらいはしてもらわないと。
「じゃあ、そこの3人の内の誰かを担いでって下さい」
僕がそう言うと、男を一人揺さぶり起こし、肩を貸すようにして引きずっていくことにしたらしく、階段へと足を向けた。
よく考えたら男二人を起こして、残りの女性を担いでってもらえば楽だったかも知れない。
男は、何かまだ心配事があるような顔で、僕を振り返っている。
「……下は安全ですよ。
ここよりもずっとね。
夏海は外の車に居ますから、車で待ってて下さい」
あと二人なら僕と秋音で一人ずつ、なんとかなるだろう。
当初の引きずっていくという事はしなくてよさそうだ。
そう思って二人の様子を見ようと振り返って見ると、まだ気を失ったままぴくりとも動かなかった。
「……これは担いでいかなきゃならないかな」
起きてくれたらいいのになと思いながらも、残り二人は女性だったので、さっきのように手荒に扱うわけにもいかず、ため息をついてしまう。
「冬樹!
危ない、上!」
急に秋音の声がして、見あげると今までの幽霊が普通に見えるほどの、いかにも悪霊ですって顔と気配の奴が僕に手を伸ばしていた。
「わっ、ちょっ……」
尖った長い爪が赤く、元は女性だったように見えた。
その爪と、釣りあがった赤い目がその幽霊をいっそう邪悪に見せていた。
「冬樹、これをっ!」
僕の手元に秋音が何かを投げてきて、それはすっぽりと僕の掌に落ち着いた、その時光が白く僕を包んで──赤い爪が僕に触れる寸前で溶け消えていった。
「ミナミの数珠か!」
数珠から漏れる光を掲げると悪霊がたじろぎ、後退したかに見えた。
そして、憎しみを帯びた赤い目が僕を睨みつけながら、ゆっくり壁の中へと悪霊が姿を消していった。
「冬樹っ、大丈夫?」
「な……んとか……」
へたへたと腰が抜けたようで、床に座り込む。
秋音の方を向くと、ズタボロの雑巾のようになった幽霊の残骸が床に転がっていた。
あれは、どうなってるんだろう。布切れにしか見えないんだけど。中身は?
「秋姉、あれちょっとすごいね……」
あはは、と笑いながら言うと、にかっとVサインを向けられた。
「いやぁ、その数珠すごいねー。
幽霊が見えたの初めてだけど、あ、でもさ、その数珠がなくなったらまた見えなくなっちゃったよ」
既に足元の、床に転がる幽霊の残骸は、秋音にはもう見えなくなっているらしい。
「僕も、僕から逃げてく幽霊は初めてだったよ」
この数珠がなかったら、あの悪霊の爪で酷く梳られてたんじゃないかと思うとぞっとした。
しかし、見えてたら、秋音は敵と認識したら、あそこまでやるのかと、ズタボロの幽霊だった布切れに少し同情してしまった。
「あれ、二人減ってるね。
どうしたの?」
どうやら幽霊との格闘で、こちらの話とかには一切気がついてなかったらしい。
なんというか、秋音らしいというか……。
「男の一人を起こしたら、もう一人の男を担いで降りてってくれたから、残りは女の人二人だけになったんだよ」
あとは、僕らがこの二人を担いで病院を出たら、すっかり元通りってことだろう。
そう、人間に邪魔されることのない、幽霊たちの住みかに戻る。
まぁ、それがいいことなのか、悪いことなのかは分からないけど。
病院が立て壊されて更地になったりしない間は、人とは別の世界で、人が入っちゃいけない場所ってことでいいんじゃないだろうか。
壁とかをちらりと見ると、落書きがたくさんあったりして、人間が出入りするのはなくならないだろうけど、と肩を竦める。
まぁ、僕の知ったことじゃないしと、そういうのは考えないようにした。
「じゃ、この人たちを抱えてさっさと出よう、夏姉さんが待ってるし。
あの人たちには、夏姉さんを家までちゃんと送ってもらわないといけないしね、ついでに説教かなー」
説教、て秋音が呟いたのが聞こえて、その声音は心臓が震え上がるくらい怖かった。
それに、僕らはバイクだから夏姉は車で送ってもらわないと困る。
「うん、せーのっと……お……重い……」
「冬樹ー……、気絶してるからいいけど、女性に【重い】は禁句だからね」
「あ……今のはナイショでよろしく」
気絶した人間は、ずっしりと重い。
肩に食い込む重さに耐えて、階段を降りていると、秋音の方は背中に女性をおぶったまま、苦もなく階段を降りていくのを見て体力の差を感じてしまう。
数珠は失くさないように、ポケットの袋の中にしまい込んだが、もう光ってはいない。
何も危険はないということなんだろうか。
一階に降りると、幽霊たちは隠れたままで、僕らの邪魔は一切なかった。
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