虎と僕

碧島 唯

文字の大きさ
35 / 39

 夏海と肝試し――5

しおりを挟む
「痛っ……」
 男が正気に戻ったのか、赤くなった頬を擦って、漸く僕に気付いた。
 ……僕の手も痛いです。
「君……は?
 それに、ここは……」
「僕は、城見夏海の弟です。
 ここは廃病院の二階で、あなたたちはそのナースステーションの中で気を失ってました。
 歩けそうですか?」
 本当は、歩けないようじゃ困るんだけど、一応聞いてみる。
「ああ……大丈夫だ」
 本当に大丈夫そうな様子に、一人担いでってもらおうと考える。
 元々は彼らの自業自得だし、そのくらいはしてもらわないと。
「じゃあ、そこの3人の内の誰かを担いでって下さい」
 僕がそう言うと、男を一人揺さぶり起こし、肩を貸すようにして引きずっていくことにしたらしく、階段へと足を向けた。
 よく考えたら男二人を起こして、残りの女性を担いでってもらえば楽だったかも知れない。
 男は、何かまだ心配事があるような顔で、僕を振り返っている。
「……下は安全ですよ。
 ここよりもずっとね。
 夏海は外の車に居ますから、車で待ってて下さい」
 あと二人なら僕と秋音で一人ずつ、なんとかなるだろう。
 当初の引きずっていくという事はしなくてよさそうだ。
 そう思って二人の様子を見ようと振り返って見ると、まだ気を失ったままぴくりとも動かなかった。
「……これは担いでいかなきゃならないかな」
 起きてくれたらいいのになと思いながらも、残り二人は女性だったので、さっきのように手荒に扱うわけにもいかず、ため息をついてしまう。
「冬樹!
 危ない、上!」
 急に秋音の声がして、見あげると今までの幽霊が普通に見えるほどの、いかにも悪霊ですって顔と気配の奴が僕に手を伸ばしていた。
「わっ、ちょっ……」
 尖った長い爪が赤く、元は女性だったように見えた。
 その爪と、釣りあがった赤い目がその幽霊をいっそう邪悪に見せていた。
「冬樹、これをっ!」
 僕の手元に秋音が何かを投げてきて、それはすっぽりと僕の掌に落ち着いた、その時光が白く僕を包んで──赤い爪が僕に触れる寸前で溶け消えていった。
「ミナミの数珠か!」
 数珠から漏れる光を掲げると悪霊がたじろぎ、後退したかに見えた。
 そして、憎しみを帯びた赤い目が僕を睨みつけながら、ゆっくり壁の中へと悪霊が姿を消していった。
「冬樹っ、大丈夫?」
「な……んとか……」
 へたへたと腰が抜けたようで、床に座り込む。
 秋音の方を向くと、ズタボロの雑巾のようになった幽霊の残骸が床に転がっていた。
 あれは、どうなってるんだろう。布切れにしか見えないんだけど。中身は?
「秋姉、あれちょっとすごいね……」
 あはは、と笑いながら言うと、にかっとVサインを向けられた。
「いやぁ、その数珠すごいねー。
 幽霊が見えたの初めてだけど、あ、でもさ、その数珠がなくなったらまた見えなくなっちゃったよ」
 既に足元の、床に転がる幽霊の残骸は、秋音にはもう見えなくなっているらしい。
「僕も、僕から逃げてく幽霊は初めてだったよ」
 この数珠がなかったら、あの悪霊の爪で酷く梳られてたんじゃないかと思うとぞっとした。
 しかし、見えてたら、秋音は敵と認識したら、あそこまでやるのかと、ズタボロの幽霊だった布切れに少し同情してしまった。
「あれ、二人減ってるね。
 どうしたの?」
 どうやら幽霊との格闘で、こちらの話とかには一切気がついてなかったらしい。
 なんというか、秋音らしいというか……。
「男の一人を起こしたら、もう一人の男を担いで降りてってくれたから、残りは女の人二人だけになったんだよ」
 あとは、僕らがこの二人を担いで病院を出たら、すっかり元通りってことだろう。
 そう、人間に邪魔されることのない、幽霊たちの住みかに戻る。
 まぁ、それがいいことなのか、悪いことなのかは分からないけど。
 病院が立て壊されて更地になったりしない間は、人とは別の世界で、人が入っちゃいけない場所ってことでいいんじゃないだろうか。
 壁とかをちらりと見ると、落書きがたくさんあったりして、人間が出入りするのはなくならないだろうけど、と肩を竦める。
 まぁ、僕の知ったことじゃないしと、そういうのは考えないようにした。
「じゃ、この人たちを抱えてさっさと出よう、夏姉さんが待ってるし。
 あの人たちには、夏姉さんを家までちゃんと送ってもらわないといけないしね、ついでに説教かなー」
 説教、て秋音が呟いたのが聞こえて、その声音は心臓が震え上がるくらい怖かった。
 それに、僕らはバイクだから夏姉は車で送ってもらわないと困る。
「うん、せーのっと……お……重い……」
「冬樹ー……、気絶してるからいいけど、女性に【重い】は禁句だからね」
「あ……今のはナイショでよろしく」
 気絶した人間は、ずっしりと重い。
 肩に食い込む重さに耐えて、階段を降りていると、秋音の方は背中に女性をおぶったまま、苦もなく階段を降りていくのを見て体力の差を感じてしまう。
 数珠は失くさないように、ポケットの袋の中にしまい込んだが、もう光ってはいない。
 何も危険はないということなんだろうか。
 一階に降りると、幽霊たちは隠れたままで、僕らの邪魔は一切なかった。
 病院の建物を出ると、振り返り、幽霊たちにお礼のつもりで一礼したら、柱の影からあのおずおずとした幽霊がぺこりと頭を下げていたのが視えた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...