虎と僕

碧島 唯

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 夏海と肝試し――6

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「冬樹っ、秋音ーっ!」
 僕らが廃病院から出てくるのを見て、車から夏姉が走って来た。
 先に出ていた男二人も出て来て、僕らの運んできた女性を受け取ってくれて、肩の荷が文字通り下りた。
「夏姉……ごめん、ちょっと時間かかっちゃったよ」
「ううん、ありがとう、二人共」
「さて、と……ちょっといいかなー」
 ぐるりと男二人に向き直り、本来なら僕が言うべきだった言葉を秋音が口にした。
「こういう場所に来るのはどういう事か分かってる?
 何があったって自業自得で、うちの姉が電話して来なかったら、あなたたち今でもずっとあの中に居たかも知れない。
 大体ね、うちの姉が嫌だって言うのに、何でこんなとこに連れて来るかなー?
 ……って、ちょっと、ちゃんと聞いてる?」
 年下の女の子に叱られて、しゅんとしているように見える男二人の図は、ちょっと見ていられなくなってしまう。
 まぁ、秋音が怒るのも分かる。
 今回はミナミの数珠がなかったら、僕らもかなり危なかったと思う。
 ひょっとしたら彼らと一緒に取り込まれてとか、憑かれてた可能性だってある。
 気安くこんなとこに来るのは本当に自己責任にして欲しい、うちの姉を巻き込まずに。
 運良く無事に出て来れたけど、自分たちが取り殺されたかも知れないってわかってるのかな、この人たち。
「こういう場所に面白がって入るから、そういう怖い目に合うんだってちゃんと理解して、もうしないんならいいんだけどね……。
 あなたたち、怖いモノ視たでしょー?」
 僕も少なからず、夏姉を巻き込んだ事で腹を立てているので、言ってもいいよな?
「どうにも出来ないような怖いモノだって、世の中には一杯あるし、いつでもどうにかなるって事じゃない。
 今回は運がよかっただけ」
「はい……すいません……」
「すいませんじゃないでしょー!
 す・み・ま・せ・ん!」
 謝り方が気に入らなかったのか、秋音が大きな声で彼らを叱る。
「すっ、すみませんでしたー!」
 まあ、反省してる……のかな?
「うちの姉はこういうの嫌いなんですから、あなたたちの遊びに巻き込まないで下さい」
 漸く言えた、けど秋音が全部言ってくれてるからいいか。
 最後に、ちょっと念押しで言っておいた。
 別に、彼らが今後肝試しをしようが、しまいが、そういうのは別にいい、自己責任だし。
 ただ、うちの姉を巻き込むのは許さないよってニュアンスでじっと、目を見ながら言う。
「冬樹、秋音、もうよくない?
 早く帰ろう……この場所嫌なのよぉ」
 夏海に言われて、そういえばまだ敷地内だったのを思い出して、秋音の説教モードも、僕の怒りモードも解けていく。
「僕らはバイクなので、夏姉は家までちゃんと送り届けて下さいね、寄り道せずに」
 息を吐いて落ち着いてから静かに伝える。
 何度も頷く彼らを見て、ちょっと言い過ぎたかなと思うが、年下に説教されるのも今回は自業自得だと思うことにした。

 夏海と他の四人が車に乗り込み、町の方に走り出すのを確認してから、僕と秋音もバイクに乗った。
 行きと違って安全運転でバイクは走り、周りの景色を見る余裕も出来た。
 廃病院から遠くなるに従って、照明が増えて、対向車がそこそこ見える頃には普通に明るく道路が照らされて、町中に入ると気分も軽くなった。
「ねぇ、冬樹。
 あの数珠って何?」
 忘れていた数珠の事を言われて、心臓が飛び上がる。
 どうしよう、数珠の事を詳しく話すと、ミナミの話もしなくちゃならなくて、下手したら虎の事とかも話さなくちゃならないんじゃないかと、冷や汗が背中を伝う。
「えーと……その……」
「話しにくい事?
 話しにくいなら、またでいいや。
 今日は何だか疲れちゃった……。
 でも家にあんたを降ろしたら、バイク返しに行かないといけないしさー」
 どうやら僕が考え込んでいる間に、バイクの返却の事に思考が変わったらしい。
「あ、バイクの人、薫さんだっけ……お礼とかいるよね」
「それは今度デートする事で話がついてる」
「はい?」
 デート?
 デートって薫さんって、長い髪の女の人に見えたけど、秋音と薫さんがデート?
「うん、全部こっち持ちでデートっつうか遊びに行くってのが、バイク借りた条件」
「か、薫さんと……秋姉が?
 薫さんって……女の人だよね……ぇ?」
 僕がおずおずと聞いたら、途端に秋音が笑い出して、バイクがまっすぐ走ってたのが少し曲がってしまい、あわてて秋音の腰を掴み直す。
「冬樹にもそう見えたんだ、実は私も最初はそう思ってたんだよねー。
 あの人、男だよ」
 女性に見えた薫さんが男?
「あ……秋音に付き合ってる人がいたんだ……」
 何とも失礼な言い方だが、秋音にそういう相手がいたなんて考えた事もなかったし、出来るとは全くもって思ってなかっただけに、何だかショックだった。
「いや、付き合ってなんかないよー、友達―。
 教習所で仲良くなってさ、確か今、大学生なんじゃないかなぁ……。
 デートってのは冗談で、お前持ちで遊びに連れてけって意味だと思う」
 ああ……びっくりした。
「じゃあさ……そのデート代は、夏姉からカンパもらえばちょっと楽だよね。
 僕も少しなら出すし」
「本当はあの四人からもらいたいところだけどねー。
 でもそれやっちゃうと、夏姉さんが気まずいだろうしー」
 あはは、と笑いながら話す秋音は楽しそうで、薫さんとのデートも嫌ではなさそうで、ほっとする。
 いや、僕自身はちょっと色々複雑な気分ではあるんだけど。

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