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5.口付けの感触 ★
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不意に男は唇を離し、ゆっくりと背後を振り返る。
「残念だなぁ。あと少しだったのにさ」
男の半身の向こうに、別の魔術師が立っているのが見えた。
夢だろうか?
目にしたのは、仲間の魔術師だった。
灰色の瞳が、目の前の男を見据えている。
男は俺から手を離す。支えを失った俺はズルリと床に座り込んだ。
仄暗い月明かりの下、2人の魔術師が対峙する。
どれだけ時間が経過したかわからない。
先に口を開いたのは仲間の魔術師だった。
「それを、返してもらうぞ」
対する男は変わらないトーンで返事を返す。
「いいよぉ。どうやら奇術師は彼だけらしい。君とはやり合いたくないな」
「!」
仲間の魔術師が鋭く一歩踏み込むのと、男が軽く飛び上がるのがほぼ同時。
バサリと男のローブが空中で渦を巻き、姿がかき消える。
ファサ……と、外套だけが目の前の床に舞い落ちた。
「……チッ……逃げた」
ボソリと呟く声。
ふと、灰色の瞳と目が合う。
途端、一気に冷静さが戻ってくる。力を振り絞って目の前の外套を引き寄せる。
「……っ ! 」
遅い。絶対見られた。耐えきれずに視線を逸らし、目を瞑る。
「見る、な……っ」
発した自分の声が予想以上に震えていて、それがまた余計に恥ずかしくなる。
コツコツと足音が側に近づき、跪いた気配。
「怪我、ないか?」
顔が見れない。縮こまったまま頷く。
ん? "怪我ないか"?
「遅れてすまなかった」
呆気にとられる。
謝罪されるなんて思ってもなかった。
戸惑いながら、どうにか横に首を振る。
むしろ、いつも通りに文句を叩きつけてほしい。1人で行動するなだの、もっとよく考えろだの、無鉄砲だの……。
「大丈夫だ」
それはひどく優しい声で。
「……っく……」
安堵したせいか力が抜けた。何か言おうとして、知らぬ間に涙が溢れていたのに気づく。余計に顔が見られない。
「……く……っ……」
どっかのスイッチが壊れたのか、一度溢れ出したら、涙が止まらなくなった。
魔術師は隣に並んで静かに座る。
「落ち着くまで、いくらでも居ていいから」
いつもの上から目線はどこに行ったんだ?
それほど、俺の惨状がひどかったって事か……?
それに、いつから見てたんだ……?
自分の考えに震える。
全身に少しずつ感覚が戻ってくる。
「……っ……」
いくら呼吸をしても酸素が足りず苦しくなった。身体中に力が入らず、座っているのもやっとだと気づく。
必死に呼吸しながら、思わず顔をしかめる。
「相当、持っていかれたな。無理はしないほうがいい」
魔術師の言葉に、魔力が尽きかけているせいなのだと気づく。
ここまでひどいのは初めてだ。あの男が本当に9割を持っていったんだろうか。もしコイツが来てくれなかったら、俺は消されていたに違いない。
「さすがに辛いか。……俺が触っても平気か?」
「……っ……?」
何を問われているのか理解もできず、軽く顔を上げて隣の魔術師の顔を見る。
彼は少しだけ心配そうに、こちらを覗き込んでいる。
「すぐ済ます」
「………」
回らない頭をなんとか総動員する。
ああ、治療しようと、してくれてるのか。願ってもない。これが続くのは辛い。
「……うん」
時間差で返答すると、わざわざ魔術師は俺の正面に回り込み両脇の床に手を着く。
「顔、上げろ」
大人しく言う通りにする。にしてもやけに近いな、とは思った。
片手で頬の涙が拭われて、額に押し当てられる。冷たい感触が気持ち良くて目を閉じる。
不意に、唇に柔らかい感触。
それは聞いてない。困惑したけれど、確かに全身の痛みや気怠さがひいていく。
回復呪文の時と同じ、温かい光の感触が体を巡っていく。腕にも力が戻ってくる。
生き返った感覚。
ほどなく唇が離れる。相変わらずの石の部屋だが、感覚はさっきと全く違っていた。
「……お前、冷たいな。寒くないか?」
言われてみれば。外套の下は半裸で石に密着しているので当然だ。
「ちょ……」っとだけ、と言おうとしたのに、
「ックション!」わかりやすくクシャミが出た。
「……すまん」
それはこちらの台詞だ。謝罪の言葉に、こちらも普段は言わない礼が素直に出てくる。
「お前が謝らなくても。だいぶ楽になった。もしお前が来てくれなかったら……」
「違う」
「……ん? え?」
「ずっと、我慢してた。もう……限界だ」
全然話が見えてこず、キョトンとする。
「して、いいか?」
「………」
ようやく理解して、思考が止まった。
引いていた熱が再び上がってくる。
「…………いや」
いや、まさか、お前に、限って。
冷たい手が首筋に触れて、ゾクリとする。
「全部忘れさせてやる。俺じゃ、嫌か?」
見た事のない、熱っぽい瞳で見つめられ、囁かれて。
「なぁ、……」
名前を呼ばれ、耳を甘噛みされて、一気に身体の熱が戻ってくる。
「……っぁ……待て……っ」
「嫌だ」
吐息混じりに囁かれ、外套ごときつく抱きしめられて、体中がゾクゾクする。
「呪いが消えるまででいい……。そうしたら……」
「……ん……っ」
また、首筋をそっと撫でられ、見つめられる。ゾクゾクする感覚に、思わず頷いてしまいそうになるのを、必死で止める。
「駄目だ」
ムニ、と強めに両頬をつまんでやる。多少は目が覚めるだろう。
実際にそれは効果があったらしく、魔術師は大人しく体を離し、そこで座り込んで頬を擦った。
「……わかった」
若干、顔が赤い気もしたが、それ以上は何もなかった。
相当なカミングアウトをされた気がするんだが。切り替わりは普段冷静なコイツらしい。
俺も聞かなかったことにする。
「残念だなぁ。あと少しだったのにさ」
男の半身の向こうに、別の魔術師が立っているのが見えた。
夢だろうか?
目にしたのは、仲間の魔術師だった。
灰色の瞳が、目の前の男を見据えている。
男は俺から手を離す。支えを失った俺はズルリと床に座り込んだ。
仄暗い月明かりの下、2人の魔術師が対峙する。
どれだけ時間が経過したかわからない。
先に口を開いたのは仲間の魔術師だった。
「それを、返してもらうぞ」
対する男は変わらないトーンで返事を返す。
「いいよぉ。どうやら奇術師は彼だけらしい。君とはやり合いたくないな」
「!」
仲間の魔術師が鋭く一歩踏み込むのと、男が軽く飛び上がるのがほぼ同時。
バサリと男のローブが空中で渦を巻き、姿がかき消える。
ファサ……と、外套だけが目の前の床に舞い落ちた。
「……チッ……逃げた」
ボソリと呟く声。
ふと、灰色の瞳と目が合う。
途端、一気に冷静さが戻ってくる。力を振り絞って目の前の外套を引き寄せる。
「……っ ! 」
遅い。絶対見られた。耐えきれずに視線を逸らし、目を瞑る。
「見る、な……っ」
発した自分の声が予想以上に震えていて、それがまた余計に恥ずかしくなる。
コツコツと足音が側に近づき、跪いた気配。
「怪我、ないか?」
顔が見れない。縮こまったまま頷く。
ん? "怪我ないか"?
「遅れてすまなかった」
呆気にとられる。
謝罪されるなんて思ってもなかった。
戸惑いながら、どうにか横に首を振る。
むしろ、いつも通りに文句を叩きつけてほしい。1人で行動するなだの、もっとよく考えろだの、無鉄砲だの……。
「大丈夫だ」
それはひどく優しい声で。
「……っく……」
安堵したせいか力が抜けた。何か言おうとして、知らぬ間に涙が溢れていたのに気づく。余計に顔が見られない。
「……く……っ……」
どっかのスイッチが壊れたのか、一度溢れ出したら、涙が止まらなくなった。
魔術師は隣に並んで静かに座る。
「落ち着くまで、いくらでも居ていいから」
いつもの上から目線はどこに行ったんだ?
それほど、俺の惨状がひどかったって事か……?
それに、いつから見てたんだ……?
自分の考えに震える。
全身に少しずつ感覚が戻ってくる。
「……っ……」
いくら呼吸をしても酸素が足りず苦しくなった。身体中に力が入らず、座っているのもやっとだと気づく。
必死に呼吸しながら、思わず顔をしかめる。
「相当、持っていかれたな。無理はしないほうがいい」
魔術師の言葉に、魔力が尽きかけているせいなのだと気づく。
ここまでひどいのは初めてだ。あの男が本当に9割を持っていったんだろうか。もしコイツが来てくれなかったら、俺は消されていたに違いない。
「さすがに辛いか。……俺が触っても平気か?」
「……っ……?」
何を問われているのか理解もできず、軽く顔を上げて隣の魔術師の顔を見る。
彼は少しだけ心配そうに、こちらを覗き込んでいる。
「すぐ済ます」
「………」
回らない頭をなんとか総動員する。
ああ、治療しようと、してくれてるのか。願ってもない。これが続くのは辛い。
「……うん」
時間差で返答すると、わざわざ魔術師は俺の正面に回り込み両脇の床に手を着く。
「顔、上げろ」
大人しく言う通りにする。にしてもやけに近いな、とは思った。
片手で頬の涙が拭われて、額に押し当てられる。冷たい感触が気持ち良くて目を閉じる。
不意に、唇に柔らかい感触。
それは聞いてない。困惑したけれど、確かに全身の痛みや気怠さがひいていく。
回復呪文の時と同じ、温かい光の感触が体を巡っていく。腕にも力が戻ってくる。
生き返った感覚。
ほどなく唇が離れる。相変わらずの石の部屋だが、感覚はさっきと全く違っていた。
「……お前、冷たいな。寒くないか?」
言われてみれば。外套の下は半裸で石に密着しているので当然だ。
「ちょ……」っとだけ、と言おうとしたのに、
「ックション!」わかりやすくクシャミが出た。
「……すまん」
それはこちらの台詞だ。謝罪の言葉に、こちらも普段は言わない礼が素直に出てくる。
「お前が謝らなくても。だいぶ楽になった。もしお前が来てくれなかったら……」
「違う」
「……ん? え?」
「ずっと、我慢してた。もう……限界だ」
全然話が見えてこず、キョトンとする。
「して、いいか?」
「………」
ようやく理解して、思考が止まった。
引いていた熱が再び上がってくる。
「…………いや」
いや、まさか、お前に、限って。
冷たい手が首筋に触れて、ゾクリとする。
「全部忘れさせてやる。俺じゃ、嫌か?」
見た事のない、熱っぽい瞳で見つめられ、囁かれて。
「なぁ、……」
名前を呼ばれ、耳を甘噛みされて、一気に身体の熱が戻ってくる。
「……っぁ……待て……っ」
「嫌だ」
吐息混じりに囁かれ、外套ごときつく抱きしめられて、体中がゾクゾクする。
「呪いが消えるまででいい……。そうしたら……」
「……ん……っ」
また、首筋をそっと撫でられ、見つめられる。ゾクゾクする感覚に、思わず頷いてしまいそうになるのを、必死で止める。
「駄目だ」
ムニ、と強めに両頬をつまんでやる。多少は目が覚めるだろう。
実際にそれは効果があったらしく、魔術師は大人しく体を離し、そこで座り込んで頬を擦った。
「……わかった」
若干、顔が赤い気もしたが、それ以上は何もなかった。
相当なカミングアウトをされた気がするんだが。切り替わりは普段冷静なコイツらしい。
俺も聞かなかったことにする。
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