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第一章 勇者追放

第四話 荷物もち

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なにが起きたのか?
セシルは数秒にも満たない僅かな刹那を見逃していた。
故に生じた疑問は隠しようもない。

一方の陽菜野は平然としていた。
アギトが駆け出した時、僅かに詠唱仕掛けていた魔法を、途中で中断して。
所詮は杞憂だったと、安堵が顔色に現れるが、表情には出ない。

サイクロプスの足は深々とした傷跡が出来ていた。
ばっくりと開いたそれからは、止めようのない血が中身と一緒に漏れ出していて、巨駆を支えることが出来なかった。
故に倒れた。
顔面の激突を反射的に避けるため四つん這いになったが、それは明らかな失策。

返り血まみれになった草薙アギトが低くなった頭部へと近寄る。
白刃を煌めかせて、切っ先を天空にむけた上段構え。

最後を悟ったサイクロプスがなにか叫ぶことすら許されなかった。
そのまま凄まじい勢いで振り下ろされた短剣により、頭蓋と脳髄を砕かれたからだった。
即死である。

這っていた力を失い、僅かな土煙を巻き上げて完全に倒れ伏す巨体の一つ目に、女戦士は目を疑ったが間違いなかった。
全身血塗れな新人は、短剣でほとんど力押しにサイクロプスを倒したのだ。

「一体、なにをしたんだ?」

「なにも」

口の中に入っていた血を吐き捨てながら、アギトは応えた。

「足倒して、そのまま頭潰しただけだ」

「短剣で……そんなことが」

唖然とするセシルを尻目に、陽菜野はアギトへと駆け寄り、回復魔法をかける。
穏やかな魔力反応が、少年の全身を癒し、返り血を落とす。

「痛いところはない? 怪我してないよね?」

「問題なし」

「ならいいけど。ちゃんと鍛えてたんだ」

「荷物持ちだったからな。良い筋トレだった」

荷物の持ち運びだけで筋トレになるわけないだろうが!!
と叫びたかったセシルだが、なんであれ目の前で起きたことは受け入れざるおえない。

陽菜野が秘密に支援魔法をかけた可能性があると、一瞬考えるがそれはあり得なかった。
魔法はどんな方式であれ魔力反応が発生し、可視化されるのだから。
そんな予兆は一切がなかった。

つまり、これはクサナギ=アギトの独力で行われたことで、認めざるおえないのだ。

セシルは頭をかきあげて、深呼吸をしてからアギトへと歩み寄った。

「どうやら、認識を改めねぇといけないな。お前は良い戦士だ。それも、常識外れのな」

「どうも」

愛想というのがない少年は、少々生意気にも見える。

「ついでにヒナノのテストも、と思ったが……ここまでの精密な魔力操作は初めて見た。お前も認めてやるよ」

「ありがとうございます。認めていただき光栄です」

「世辞はいらねぇよ。仲間内なら上も下もねぇ。気軽にセシル様と呼べ」

「は、はい。セシル……様?」

目を丸くしたセシルは、高らかに、楽しげに笑った。


草原から都市内へと戻ると、そこでセシルとは一旦別れることになった。
仲間にアギト達の実力は十分だと、先に戻って説明するためである。
そうして二人は、自己紹介のためにもアギトの武器を用意するべく、商業区画にある大手武器屋へと向かう。
ついた店は大陸でも随一のブランド力をもつ”ジュレミアム・アームズ”という名前で、ありとあらゆる武器が揃う店として有名であった。
荷物持ちに武器はいらないとされていたので、アギト自身が入店したことはなかったが、武装している陽菜野はやや顔馴染みとなっていた店主と軽く挨拶を交わした。

「こんにちは、マーベックさん」

「おう、久しぶりだなヒナノ。ドラニコスから聞いたぜ。勇者パーティ辞めちまったって」

「色々とあってね。で、今日は彼の武器を用意したくて」

キョロキョロと見回すアギトに、ハゲ頭の中年マーベックは頷く。

「ふむ、元荷物持ちだろ? やれるのか?」

「そりゃまあ」

色々と自慢気に語りたかった陽菜野だが、あえて口を閉じた。

「ふぅむ、まあ…………そうさな。おいボウズ」

アギトが振り向く。

「お前さん、武器はなにを使ったことがある?」

「木刀とか竹刀とか」

「なんだそりゃ?」

「…………太刀ってのはあるか?」

「ん、まああるが……おいおい本当に使ったことがあるのか?」

太刀は東の大陸にある国家が作り出した、独特な剣であった。
もっとも、アギトや陽菜野にとっては日本刀そのものであるが。

「ある」

それを模した、木刀や竹刀やら。
と、心のなかで呟いた。
ゼブラール帝国では、極東文化はあまり根強くない。
その為でもあるからか、マーベックは懐疑的な視線をアギトに浴びせ続けた。

「まあ、こっちは金になるならいいけどよ。あんな使いにくい剣は、全然売れねぇんだ」

「構わない。売ってくれ」

「金はあるんだろうな? 数がすくねぇからたけぇぞ」

「…………ヒナ」

杖をぼーっと見ていた陽菜野が、愛称を呼ばれて振り返る。
久しぶりの呼び名に、すこしだけ心を弾ませていた。

「なーに?」

「思い出したことがあった。俺、金もってないや」

「え?」

「思えばずっと金欠生活だったからな。給料は少なくて、支給もないし」

「ああ~……。言われてみれば確かに」

「金かして」

「解ったよ。おじさんいくら?」

そんなやり取りに、なんだかすっとんきょうとした表情になりかけていたマーベックは、すぐに商人として顔を戻した。
商人にとって、金額の話しは女の喘ぎ声より響くという。

「ざっとこれぐらいだな」

「うわたかっ」

「これでもまけている方だぜ? 無理ならもっと安い長剣とかにしときな」

「うーん、じゃあ」

すると陽菜野はすぐさま身に纏うローブを脱ぎはじめた。
下は裸でないにしろ、流石に驚かざるおえない男性陣。
それを横目に、ブラウスとスカート姿になった彼女は、ローブを買い取りカウンターまでもっていく。

「これ買い取ってくれる?」

「お、おいおいそれは!」

「高いんでしょ?」

「う、うーんまあ。たしかにそいつは最高級のローブだが……いいのか?」

「いいのいいの。どうせ貰い物だし」

渋るのは店主だけじゃなく、金を要求している幼馴染もそうだった。

「やめとけって。そうまでして必ず太刀にしたいわけじゃない」

「えーでも太刀がいいんでしょ?」

「そうだけど、ドラニコスの奴にバレたらどうする。あいつ一応それ、親愛の証だとかなんとかって、くれたんだろう」

「でも縁切っちゃったし。もうパーティメンバーじゃないし」

「街中でばったりあったらイチャもんつけられると思うが」

「それも…………そうかなぁ。あー、だとしても。やっぱりずっと持っているのはあれだしなー」

「…………ふむ」

「いいよ売っちゃおう。資金難で仕方無いし。話せば解ってくれるよ」

それはきっと無理だろう。
アギトはそう思っていたが、荷物持ちとの会話がそうであるのであって、陽菜野とならすこしはコミュニケーションを取るかもしれない。
そんな期待で納得した。
一番は陽菜野がそうしたいのであれば、極力止めたくないという所であった。

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