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第二章 勇者降臨

第四十六話 卵の状況

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宿に到着したアギト達は、管理人にブリッツとシバを押し付けて、先に自分達の部屋へと戻る。
装備を脱いで、部屋着を手に取り、交代でシャワーと着替えを済ます。

卵に変化はなく、無機物のようにそこへ佇む。

「死んでんじゃねぇのか?」

というアギトに陽菜野はじっとりと睨み付けた。
それからしばらくして、部屋の番号を教えたブリッツがやってきた。

「シバは?」

「あいつはもう寝るだとよ。久しぶりにベッドでゆっくり寝れるんだ。ほっとくつもりさ」

「そうか…………お前の話を聞いてやろうと思ったが」

「オレから話してやるよ! 勇猛果敢な伝説の冒険譚をな!!」

誇張が入らない第三者から聞きたかったが、まあそこは仕方ないだろうと。
アギトと陽菜野はあきらめて、ブリッツの冒険に耳を傾けた。
替わりに、二人は勇者追放騒ぎにおける、一連の流れを軽く説明した。
そこまで楽しいものではないが、クォーターの彼は何度も頷いた。

「そうかい……そんなことが、あったんだな」

「新聞に、掲載されている情報より深いと思う」

「読まないからなぁ……ま、そこはいいさ。なにあれそんな危機に二人とも乗り越えたんだ。万々歳だぜ」

軽快に笑うブリッツに、二人もどことなく肩の力が抜けていくのを覚えた。

「で、それがあったからこそ、ランクがDになったと」

「ううん。ランクが上がったのは別のこと」

「そっかー。しかしランクで負けているとはなぁー! ちょいと悔しいぜ」

「ランクは別に強さの分別じゃないからね。どれだけ実績と信用が重ねることができたかだから」

「日々研鑽せよってやつか。はぁ、せっかくの異世界だってのに、チート能力とかには覚醒しねぇーし。漫画とかラノベとか、もっと楽なんだけどなぁ」

「ほんとほんと。それでいてハーレム形成したりして」

以後アギトではわからないラノベ談義に花を咲かせる二人。
それを肴にというわけではないが、冷蔵庫にしまっていたコーラを取り出して、ぐいっと煽る。
一瞬、卵動いたような気がしたが、気のせい以外のなにものでもなかった。

話はそれなりに盛り上がり、追放処分を直接食らったアギトを弄り倒して、手元にあった菓子類が空になった所でアギトとブリッツは外にでる。
陽菜野は洗濯物を整頓など、家事の細々としたものを手にしながら、ラジオ番組を流していた。

肌寒くなった夜のなかで、姿なき敵を捉えて木刀と拳が振られる。
ブリッツの格闘技はボクシングであり、巨体から繰り出されるコンビネーションは、凄まじい速さだった。

「相変わらずの動きだな」

「へ、お前こそ。親父さんから教わった剣術は掴みきったか?」

「こちらも、変わらない」

「へ、そう言うもんだろうよ、シュシュッ!」

空を切るワンツー。
弾丸とすら感じられるそれは、まさに魔獣を撲殺するには基礎が備わっている。
ガントレット越しで食らえば、骨を砕き、内蔵を潰す。

一方、木刀は神速剛剣の勢いで、大気を切り裂く。
直撃すれば、頭蓋骨を砕くことなど意図も容易い。

お互い、殺すための力を高めていく。
そんな最中に切り出したのは、アギトの方からだった。

「ブリッツ」

「んあ?」

「お前、この世界に来て…………なんだその、あれだ……」

「んだよ。お前らしくねぇな。はっきり言えって」

「………………人を殺したか?」


「…………ああ。一度だけな」

ブリッツは、すぐに返答しなかった。
拳の繰り出しにブレは生じず、ひたすらに同じ動きを何度も繰り返し、精密度と回転数を上げていく。

「それがどうした?」

「…………勇者パーティーの頃の話だが」

「ああ、お前が荷物もちにされてた頃か」



「ヒナも、人を殺している」



「……………………」

「俺を助けるためだった」

「…………そっかぁ」

アギトは、それから少し黙った。
木刀の風切り音はより強まって、ブリッツの焦げ茶色の前髪を撫でる。

「…………詳しくは聞かないんだな」

「アギトだって、聞いてこねぇだろ」

「聞いたところでな」

「そんなもんさ。やっちまったもんはしかたない」

息を整えてからの会話は、嫌になるほど冷静だった。
互いに額から滴る汗を腕で拭い、芝生の上に座った。

「てか、なんでそんな話を?」

「いや、なんとなく。そう、ここ最近討伐依頼ばかりやっているからだな」

「動物愛護の心にでも目覚めたのか」

「違う。命を奪っていることに、再度意識を向けていると、この世界は異世界なのだということを実感するんだよ。実際、ヒナがあの後人殺しで訴えられた事もない」

「そうだなぁ…………数ヶ月で馴れちまったけど、オレがやったのは過剰防衛だ。本来なら捕まっても文句は言えない。なのに捕まることはなかった」

「…………そこがこの世界のおかしなところだ。生命倫理観っていうのか。それが俺達の世界と比べて、ひどく廃れている。冒険者協会は、一応人殺しを禁じてはいるが」

「言い訳が幾らでも効くし、それが嘘か本当かは調べないしな」

「建前上、正義の味方を気取るためか」

「そのおかげでオレはこの通り、自由の身ではあるがな」

それは確かに、とアギトは苦笑いをこぼす。
二人はそうして、夜遅くまで鍛練に打ち込むのであった。
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