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第二章 勇者降臨

第四十八話 状況進展

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スバーリック平野の反対側、すなわちデリアドの南方にあるクリュクラーマ平原では、行商団の最後尾にブリッツと護衛対象であるトランストの姿があった。
都市境までではなく、途中の農村までの契約。
北方とはうってかわり、ここは穏やかな雰囲気に包まれていた。

「なんとものんびりとしたもんだぜ。スバーリックはすげぇ魔獣だらけなのに」

「はははは、まあこっちのほうが危険もなくてよいことだ」

「護衛者の意味がなくなるぜ」

「いるだけでも、周囲に対して警戒となる。農村までの数時間、よろしく頼むよ」

「おうよ。しっかし、前方はすげぇ馬車だな」

トランスト達が居る地点から、遥か先にあるにも関わらず、派手な色で大きなそれが非常に目立って見えていた。

「あれは確か、娼館の輸送馬車だったはずだね。大手の所だった気がするが……」

「娼婦か…………へへ、なんか期待しちゃうなぁ」

「あまりそういうのは持たない方がいい。彼女達は強かで、お金を稼ぐためならあらゆる技を使い、男をろうらくするらしいからな」

「経験談?」

「かもしれないねぇ……と、んん?」

件の馬車を眺めていたトランストは、何かに気がついたら。
ブリッツも同じ方向をみて、その違和感を見つける。

「なんだありゃ?」

「……人?」


次の瞬間、凄まじい衝撃が行商団全体に襲い掛かった。
激震ともいえるそれは、前方中央を中心点として発生し、旋風が最後尾でトランスト達を煽る。

「な、なんだぁ!?」

商人は身を屈めながらも、年老いた馬達を鎮めさせるため、手綱を放すことはない。
ブリッツは顔を防ぎながら、護衛対象だけでも守ろうと前に出た。
土煙が立ち上り、悲鳴で混乱が響くなか、しかし被害は自分達の元へと来ていなかった。

「くそっ……砲撃でも食らったんか?」

視界不良の中を飛び込むか悩んでいると、煙の中から人影らしきものが上空へと跳躍する。
その速度から、これを引き起こした主犯であると瞬間的に理解したブリッツだが、追いかける手段はない。
それよりも前からは助けを求める声が多く聞こえていた。

「悪いがオッサン!」

「私には構わないでくれ! それよりも早く救助を! 荷台から医薬品も出す!」

依頼者の判断力にも促されて、ブリッツは救援へと走り込んだ。
瓦礫に挟まれた人々や歩けない重傷者を、見た目どおりの膂力で助けていく。

結果として、彼の尽力で数多くのものが助かった。
それと同じく、即死したり、救助が遅く間に合わなかったものもいた。

デリアドから救援が来たのは、それから二時間後のことだった。


@@@@@@


襲撃される直前。
娼館ラピスラズリの所有する馬車の中には、エレーミアの姿があった。
痩せほとり、不健康な肌色となっていた彼女は、自慢の髪をボサボサにしてただ一人でいた。
周囲の娼婦達は、これ見よがしに侮蔑的な視線を送っている。

当然といえば当然だった。
なにせ彼女は娼婦として大分稼げていないからだ。
デリアド支店のオーナーから直接異動を命じられたのは、単に役立たずの厄介払いの他でもない。
それだけならまだしも、貧困から生じている外見の劣化が、軽蔑の動機になっているのだろう。

しかしそれだけではない。

「ねぇエミィちゃん。そろそろその辛気臭い顔やめてくれない?」

佇む彼女に声をかけた娼婦は、仲間をつれて囲む。
解りやすいほどの苛め。
止めるものはいない。
この娼婦の威厳と実績が、周囲にそうさせた。

「それとも、エレーミア様って言った方がいいのかな?」

「腐れ貴族がこんなところに落ちて……まあ可哀想。お化粧してあげるわ」

そうして振るわれる平手打ち。
乾いた音が馬車の走行音にかき消されるが、中に居るもの達は確かに聞いた。
それを何度も。

赤く腫れ上がった顔になったエレーミアへの暴力は更に進み、今度は背中から突き飛ばされて床に伏せられる。

「不様ね貴族さまぁ! これは私らがここに売り飛ばされた時の借りよ! お礼として受け取りなさい!」

そのまま踏みつけ。
体重を乗せたそれは、弱くなった元貴族の女騎士の身体を容易く、心を深く傷つけた。

彼女等が娼婦となった経緯は様々だが、中には借金という理由がある。
借りた相手のほとんどは貴族で、短絡的な憎しみを発散するには、エレーミアは丁度よかったのだ。

貴族とは、憎まれる対象である。
特に下層部の住人にとっては。
故に誰も助けない。
むしろこう思っている。
ざまぁみろ、と。

管理人たる男はそれを黙認していた。
彼も、貴族の小娘など、どうなってもいいと思っていた。
死ぬ一歩手前になったら止めればいい。
商品としては、まだ価値があるからだ。

いくつかの暴行を受けるエレーミアだが、しかし悲鳴や嗚咽の一つもあげない。
それがさらに娼婦の気にさわった。

「お高くしちゃってさ! どうせあんたはもう私らと同じなんだよ!! 安い金で安い男に安く抱かれる毎日を過ごした、安い女ってこと! うぜぇんだよ!!」

満身の拳を振るおうとする、その時に襲撃は起きた。
馬車の屋根や壁を吹き飛ばした衝撃は、あらゆる娼婦達を吹きとばし、気がつけばそこに残っていたのはリーダー格の娼婦とエレーミアだけだった。

「な、ななな、なぁ!?」

突然の状況は、止まることはない。
舞い上がった土埃を分けながら現れる人物。
周囲が吹き飛んだことに理解が追い付けていなかったエレーミアだが、その知り合いとの出会いがより強烈だった。

「…………うそ……なんであなたが…………?」

「…………久しぶりですエレーミアさん」

「…………カリン……」

聖職者カリン。
ドラニコスの勇者パーティーのメンバーであり、共に長くいた存在。
しかし、彼女がここに居るのは、明らかにおかしかった。



「助けに来ました。まさか娼婦なんかになっちゃってたなんて」

「どうして…………」

「え?」

「どうしてあなたが居るの…………」

「それはエレーミアさんを助けに」



「あなたは、死んだはずなのよ!!」



駆け巡るエレーミアの記憶。
確かに見たのだ、カリンの死を。
遺書を添えられて、首を吊った彼女の遺体を。

それなのに、死者がどうして生者としているのか。
カリンはすぐに応えない。
ふとした様子で、リーダー格の娼婦を見つめる。
仲間の女騎士には、暴行の痕があった。

「なるほど。エレーミアさん。すこしだけ待っててください」

理解したカリンが娼婦に近寄る。
彼女は、振るえる声を必死に出していた。

「ごごごご、ごめんなさ、い。お、おね、おねがい、ころさないで」

「エレーミアさんをよくも殴りましたね。この方は偉大なる勇者ドラニコス様の騎士であるにも関わらず。そんな不愉快なことをしたものは、断罪されるべきなのです」

「や、やめ」

刹那、カリンは右腕の手刀が、娼婦の口に突っ込まれた。
肉が引きちぎられる音を盛大に奏でて、聖職者の断罪は執行され、娼婦の遺体が一つ転がった。

それを見たエレーミアは唖然。

「では、行きましょうかエレーミアさん」

そうして、カリンとエレーミアは馬車から人間離れした跳躍で去っていった。
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