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第二章 勇者降臨

第五十六話 疲労と後悔

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デリアドに帰還した冒険者達を待ちかねていたのは、称賛だけではなかった。
黒い噂、つまり今回の被害者が増大した原因のこと。

「補給部隊がどうして来なかった?」

その疑問に包まれていた帰還者に扇動される形で、住人や治安軍にまで伝染した。
憶測と偏見によって様々な意見が変形し、最終的に誰もが介した答えが。

「やっぱりボボネルってのは怠け者だったわけだ」

というものだった。
真実かどうかは定かでない。
ただ、あの現場での対応は、誰がどう見ても悪手だった。
おそらく誰かが意図的にそう意見誘導したのだろう。
後に、陽菜野はそう判断した。

冒険者ギルドでは外と同様に慌ただしくなっているスタッフ達のなかで、陣頭指揮の如く指揮を取っていたティーシャがアギト達の帰還に気がつくと、普段は見せない余裕が全くない様子で駆け寄ってきた。

「みんなお疲れ様。今日はもうギルドを閉めるから、一度帰ってね。報酬金とかは後日かならず渡すから」

「は、はい」

偶々先頭にいた陽菜野につぎ込むような勢いで言いきり、ティーシャは踵を返そうとする。
そこに、アギトは気がついた。

「なあ、セシル達はどうした?」

受付嬢の足が止まった。
背中をむけたまま、ただ返答する。

「……問題ないわ。すこし帰ってくるのが遅れているだけ」

「そうか」

そうして、彼女は内勤用の部屋へと戻っていく。
それを見送り、一旦ギルドから全員出ると、すぐさま察する。

「向こうでもなにかあったな」

アギトの言葉に陽菜野達は頷く。

「セシル達が危ないかも……行くべきだね」

「賛成。消耗品の補充は済んでるし、行きましょう」

リサの賛同にチュルムも微笑んで同意。
ブリッツも拳を合わせて、やる気に満ち溢れていた。
しかし、そんな種火を吹き消すように。シバが口を開く。

「いいえ。私は反対です」

「え」

思わず、陽菜野が声を漏らし、注目を浴びるシバは更に続けた。

「もし本当に助けが必要ならば、もっと高位な冒険者が必要になります。ランクCに至っていない我々ではむしろ足手まといになる可能性が高い」

「そんなの、行ってみなけりゃわかんねぇじゃねぇか!!」

チュルムが珍しく怒気を込めて叫ぶ。
それだけあり得ないことを言われたと感じたのだ。
シバの様子に変化はない。
恫喝のようなものに屈するほど、彼女は弱くなく、また感情的でもなかった。

「受付嬢だって私達の実力を知っているからこそ、情報を与えなかった。なんにせよ行っても無駄死にするだけだ。やめたほうがいい。私達も連戦で疲れている」

「うるせえ!! 一ヶ月そこいらの付き合いのやつに、あれこれ指図される謂れはウチらにねぇ!!」

「頭に血が上りやすいのは戦士の悪癖だ。すこしは落ち着け。それもできないほど脳筋なのか?」

「んだとこのヤロウ!!」

一瞬だけ垣間見たシバの素。
飛び掛かろうとするチュルム。
それを止めたのは、アギトだった。

「退けよ!! お前だって同じだろう!」

「俺はシバの言葉に同意する。俺達はかなり消耗しているんだ。それに助けに行くとしても、今からじゃ馬車でも半日はかかる。大して時間は変わらない」

「っ、クソッタレ!!」

槍使いの戦士は剣士たる少年の手を払い退けると、道具袋から取り出した水入りペットボトルをあけて、頭から思いっきり被った。
頭を冷やしているらしい。

「…………言われなくても解ってら。ただ、熱くなりすぎたよ。いつものウチじゃなかった」

「モンスター・スタンピードで血がのぼったんだろう。前線だったからな」

それに続くようにシバが言う。

「もう少し言葉を選ぶべきだった。不要なトラブルを起こして申し訳ない」

「いやいい。シバの言うことは正しいよ。ウチら、疲れてたんだ」

リサに視線をやるチュルムに、弓使いの少女はその通りと、口にする。

「ご飯でも食べに行かない? お腹いっぱいになればきっと安心するし、気も紛れると思うんだ」

「それならオレに任せてくれ。こないだ結構うまい飯屋を見つけたんだ」

ブリッツの言葉に一同は賛成した。
それは、ともかくこの空気を変えたい、という共通意識があったからこそのものだったか。
なんであれ、一路、大衆食堂の店へと足を伸ばす。
空腹であるのも、また事実だからだ。
彼の慧眼は素晴らしく、それなりの手頃な値段で、それなりの食事にありつけたパーティはその後解散する流れとなった。

帰路。
陽菜野はやや重たい目蓋を擦りながら、まだまだ騒がしい大通りを歩み、隣にいるアギトに切り出した。
同じ宿のはずであるブリッツとシバの姿はない。
二人は食い足りないと言って、露店などを回っている。
気晴らしをすこしでもしたいのだろう。
そんなわけで、幼馴染との会話で、やってくる眠気を撃退しようと考える。

「ねえアギト」

同じく眠たそうにしているアギトは、頭を掻いて応える。

「なんだ?」

「チュルムの気持ち、すごくわかる。もしも、私達が行かなかったことで誰かが…………」

「……行ったって意味はない。今でさえ精も根も使い果たしたような身体なんだ。仮に行けたとしても、なにもできない」

「それは解るんだよ。解る。でも、でもね。今日だってそうなんだ。私がもっと手際よく魔法を使えていたら、きっと沢山の人を助けられたかもしれない。私が極光魔法っていうのが使えたら、誰も傷つかないで戦いを終わらせてたかもしれない」

「ヒナ」

「だって私、魔力適正1000オーバーなんだよ? 能力があるのに、全然使いこなせない」

「それは思い上がりだ」

「解ってる! でも、でも、できたんだよ!! 頑張れば出来てた、勇気を出せばできてた! 私はいつもそうなの!!」

「…………」

「チュルムもリサにも申し訳がないよ……私は、卑怯ものだよ…………」

「……たく、おらよ」

俯く少女に、少年がため息混じりにデコピンを打ち込む。
ピンっとした痛みに、額を抑えて上げた。

「結局、どうしたかった?」

「…………みんな、助けたかった」

「そのためにお前は頑張った。それだけだ。それ以上は関係ない。頑張った。偉いぞ」

頭を撫でる。
帽子を取りあげて、優しくゆったりと。

「……ちょっと」

「褒めるよ。お前が自分をなんと言おうとも」

「…………」

「人間なんてそんな、何でもかんでもできるわけないんだ。そのなかでお前は人以上に頑張った。とても偉い。凄い」

「…………ん」

「感謝しろ。俺は滅多に人を褒めないらしいからな」

「…………そうだよ。アギトは他人なんてどうでも良いって思ってるって、よく言われるんだから」

そう言うとアギトは陽菜野を撫でながら、時折言葉を混じえて褒め称えた。
単なる慰めで、誤魔化しにすぎない。
それでも、彼女の心はとても満たされていた。

宿部屋へと入ったアギトと陽菜野は、そのままの格好でベッドへと倒れる。
シャワーを浴びる余力すらない。
満腹感に揺蕩って、ふんわりと夢の世界へと沈み混むのであった。
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