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8.エノコログサ

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 一階に戻ると、ノアさんとノエさんが依頼を受けているところだった。依頼は二人で受けるのか、二人で説明を聞いている。
 黙って見ていることに気がついたのか、リカルドが「いつも二人で依頼を受けてるんだ」と教えてくれた。
 その言葉に、二人を【鑑定】していないことを思い出した。どうせ聞いても教えてくれはしないだろうから、一応パーティの仲間として知っていてもいいだろうと【鑑定】をすることにした。
 まずはノアさんから。

【名前】ノア・ミルティー
【種族】エルフ族
【年齢】十九歳
【武器】弓矢
【レベル】二十五
【個人ランク】C
【パーティランク】C 『青い光』
【依頼記録】成功 二十/失敗 零

 レベルはリカルドより低い。それでもこの街の冒険者としては高い。けれど、ブルーウルフのこともある。今後もっとレベルの高いモンスターがやって来るかもしれない。
 そうなれば、もっとレベルが必要になってくる。パーティランクが下がるからと言っていたけれど、ランクが高い依頼を受けれなくなるのは報酬も低くなるし、レベルも上がりにくくなることから嫌なのかもしれない。
 一番は私という存在だろうけれど。

【名前】ノエ・ミルティー
【種族】エルフ族
【年齢】十九歳
【武器】杖
【レベル】二十四
【個人ランク】C
【パーティランク】C 『青い光』
【依頼記録】成功 二十/失敗 零

 ノエさんは、ノアさんよりレベルが一低い。
 この二人で依頼を受けているけれど、どちらかといえば二人とも後方支援型なので戦いにくくはないのだろうか。けれど、いつもいっしょなら戦い方も分かっているため戦いやすいのかもしれない。
 まだ一緒に戦ったことは無いので、いつか一緒に戦える日が来ればいいと思いながらリカルドと一緒にギルドから出た。
 何も言わずに、ノアさんとノエさんもついて来た。もしかすると、二人と一緒にリカルドも依頼に行く予定があるのかもしれない。約束している様子はなかったけれど、合流するといつもそうなのかもしれない。

「今日泊まる宿は決めてるのか?」
「これから探そうと思ってるの」
「それなら、僕もよく泊まる宿を教えるよ」

 後ろにいたノアさんが嫌な顔をした。もしかすると二人も利用する宿なのかもしれない。
 ギルドを出て左へと向かう。私がこの街へ来た時に通った道だ。看板にベッドのイラストが描かれている場所が宿なのだけれど、リカルドは大通りに面している宿を素通りしてしまう。
 ルクスの街は、三十分もあれば端から端へと行くことができる。ギルドはその中間あたりにある。こちらの道には宿が多く建っているのだけれど、リカルドは何処にも入ろうとはしなかった。
 街の出口が見えてきた頃になって、左にある道へと入って行く。二人が横に並んで歩ける程度の広さしかない道だったけれど、ゴミ一つ落ちていない道だった。
 こんな道あったんだ。ゲームにはなかったような気がする。
 しばらく真っ直ぐ進んでいると、深緑色の屋根が見えてきた。ベッドのイラストが描かれていることから宿だということが分かる。けれど、何処にも宿の名前が書かれていない。他の宿には書かれていたのだけれど、この宿には名前がないのかもしれない。
 リカルドが扉を開けて中に入ると、獣人の女性が出迎えてくれた。真っ黒な体に、金色の瞳。見た目からして、黒猫だろう。

「あら、いらっしゃい。そちらの方は?」
「アイ・ヴィヴィアです」
「私はマーシャ・ハイト。ここ『エノコログサ』の女主人さ。私は種族を気にしない。だから、宿泊する人にもさまざまな客が泊まっていることは伝えている。たとえ、魔族だろうと客は客。もめ事を起こしたら宿からは出て行ってもらうからね」

 魔族だからと追い出すことはせず、元気よく宿のことを教えてくれた。もしかすると、リカルドがここを教えてくれたのは魔族が泊まれる宿はここにしかなかったからかもしれない。
 種族を気にしないというマーシャさんのような人が宿の主人だと安心することができた。

「それで、アイちゃんは宿泊するのかい?」
「はい。一人部屋をお願いします」
「一泊五百Dだよ。朝食と夕食は別料金がかかるけど、右にある扉の先の食堂でとるか、部屋の簡易キッチンで自分で作って構わないよ」
「分かりました。ところで、連泊はできますか?」
「できるよ。けれど、今日は初めての利用だから連泊するかは何泊かしてから決めな」

 他の利用客が文句を言ってきたりした場合、もめる前に私が宿を出た方がいいだろう。それに、マーシャさんはいい人だけれど、宿の居心地が私にとってはあまり良くないということもある。
 そうなれば、他に泊まれる宿があるとは思えないけれど、他に移動しなくてはいけないだろう。
 宿泊代を渡すと、部屋の鍵を渡される。部屋は、二階の左奥。鍵には番号が書いてあるので、間違えることはない。

「それにしても、アイちゃんを見てると思い出すね」
「何を、ですか?」
「私の娘が冒険者になった時のことをさ。アイちゃんも冒険者なんだろう? 冒険者になったのは、アイちゃんくらいの頃だったんだよ」

 リカルドといるからなのか、私が冒険者だということを理解していたようだ。もしかすると、背中の戦斧を見たからかもしれない。
 私と変わらない年齢の時に娘さんが冒険者になったことを思い出すということは、マーシャさんは何歳なのだろう?
 年齢を聞くことはしないけれど、娘さんが冒険者になったのは最近ではないのだろう。その娘さんは今も冒険者として、何処かにいるのだろうか。もしも今も冒険者をしているのなら、そのうち会うことがあるかもしれない。
 その後は「ゆっくり休みなさいよ」と言って、階段から下りてきた客の対応をはじめた。私たちは邪魔にならないようにと移動をした。

「無事泊まれることができてよかった」
「ありがとう、リカルド」
「困ったことがあったら何でも聞いてよ。僕もそうしてきたからさ」

 もしかするとリカルドが私に親切だったのは、過去に彼自身が誰かに親切にされたからなのかもしれない。
 そういえば、リカルドは名前もないほど小さな村の出身だったはず。ルクスの街に来てから多くを学んだのだろう。
 三人もこの宿に泊まっているようで、マーシャさんに出かけることを伝えて、リカルドだけが私に手を振って宿から出て行った。

「ノアちゃんとノエちゃんとは話したのかい?」
「挨拶程度は……」
「ノアちゃんはなかなか難しいけれど、ノエちゃんとはすぐに仲良くなれると思うよ」

 客の対応が終わったらしいマーシャさんに素直に答えた。
 二人のことをよく知っているのだろう。たしかにノアさんよりもノエさんとは仲良くなれる気はした。彼女はただ、魔族である私が怖いだけ。だから、一緒に依頼をこなしていくうちに普通に話すことができるような気がしていた。
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