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9.輝きのドラゴン

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 扉の鍵を開けて室内に入ると、一人部屋にしては少し広い部屋だった。
 室内にあるのはシングルベッドと一人用テーブル、椅子、食器棚と簡易キッチンだった。
 冷蔵庫というものはこの世界にはない。
 そのため、肉が余った場合は干し肉に加工をする。魚は腐ってしまうので、ルクスの街では食べることはできない。
 しかし海から遠くの街でも、食堂にいる料理人が【無限収納インベントリ】を使える場合は魚料理がでることもある。ルクスの街には使用できる人がいないので我慢しなくてはいけない。
 けれど私は【無限収納インベントリ】が使える。城を出る前に多くの料理を作ってもらい【無限収納インベントリ】に保存しているので、魚料理であろうと新鮮なまま食べることができる。
 部屋に鍵をかけて椅子に座ろうとした時、テーブルの上に本があることに気がついた。誰かの忘れものだったらここに置いてはいないだろうから、備え付けの本なのだろう。
 それを手に取り、タイトルを読んだだけで少し感動した。これはゲームにも出てきた本で、宿に必ず備え付けられている本だった。
 タイトルは『輝きのドラゴン』。『希望の光』の舞台である世界を作ったとされるドラゴンの話だ。
 ゲームでは、主人公が本の表紙を見て「天使のような翼を持った金色のドラゴンが描かれている」という感想しか言ってくれなかった。
 戦斧をベッドの横に置いて椅子に座った。
 転生したことを思い出す前からこの世界で暮らしていたため、文字を読むことも書くことも今では難しいと思うことはない。子供の頃は読めない字もあって大変だったけれど、そのお陰でこの本を読めるのだから嬉しい。
 表紙には、主人公が言っていたように、天使のような翼を持った金色のドラゴンが描かれている。鬣や翼までも金色で神々しい。
 本を捲り、内容を読んでみることにした。
 はじまりは、暗闇に光が誕生したところだった。光はゆっくりと形を変え、ドラゴンに姿を変えた。ドラゴンは強大な魔力を持って誕生したため、魔力を分け与えて仲間を作った。
 それが、五匹のドラゴンだった。名前はないため、『白』、『黒』、『赤』、『青』、『緑』と色で呼ばれていた。
 ドラゴンの誕生と同時に、『輝きのドラゴン』は星を作った。暗い空間に浮かぶ無数の星。その一つは大きなもので、六匹のドラゴンが住みついても問題ないほどの大きさだった。
 まず、その星に住むために『赤』が大地や山を作り、『緑』が植物を生やした。『青』が海や川などを作り、『白』が太陽を作った。そして『黒』が月を作り、これにより時間が生まれた。太陽が昇れば明るく、月が昇れば暗くなる。
 最後に『輝きのドラゴン』が生命を作った。ドラゴンたちが生きるための食べのも、そしてそれらを育てる人。
 しかし、人はドラゴンたちを恐れた。強大な力を持つ、大きな存在。ドラゴンたちはそのことに哀しみ、人と関わることをやめて姿を消した。
 それぞれすみかを決めていたため、そこで静かに暮らし始めた。『輝きのドラゴン』だけは人の姿となって人との交流を続けた。それにより、この世界を作ったのがドラゴンたちだと人は知ることができた。そのため、今もこの世界はドラゴンが作ったと知られている。
 それから千年。今現在、ドラゴンたちの居場所は分かっていない。生きているのかすらも不明だ。
 強大な魔力を持った『輝きのドラゴン』は、千年の間に多くの生命を誕生させた。
 エルフ、獣人、人魚、ドワーフ、魔族、モンスターなど。『輝きのドラゴン』が姿を消してから誕生した種族も多い。何度か『輝きのドラゴン』の存在を知らない人たちの前に姿を現したこともあった。けれど、すぐに姿を消した。
 見ただけで魔力を感じることができるドラゴンを、その人たちは『魔竜』と呼んで神として崇めた。今では『輝きのドラゴン』よりも『魔竜』の方が知られているのかもしれない。
 魔族と争いが起こるようになってからは、勇者が選ばれるようになった。その勇者を選んでいるのが『輝きのドラゴン』だという。
 勇者を選んでいる理由は分からない。しかし、『輝きのドラゴン』が勇者を選ぶ理由は、戦うためなのだろうかという文章で最後は締めくくられていた。
 この本の著者は分からなかった。分厚くもない本だけれど、著者は『輝きのドラゴン』の存在を忘れ去られてしまうのが嫌なのかもしれない。
 たしかに世界を作り、他のドラゴンを作り、様々な種族を誕生させた存在はすごい。けれど勇者を選んでいるのが『輝きのドラゴン』だとしたら、目的は何なのだろうか。
 勇者が選ばれる基準は分かっていない。それは『輝きのドラゴン』が決めているからだとすれば納得できる。
 勇者として選ばれた時、選ばれた人はその国の城へ行く。今の勇者はウェスベル王国出身のため、ルクスの街の南にある大都市ウェスベルの街にある城へ呼ばれて勇者だと伝えられたはずだ。伝えるのは国王だったけれど、誰から勇者のことを聞いたのだろうか。
 手紙だったら、それが誰からのものかは分からない。人の姿になれるというのだから、人の姿になり国王に会っている可能性もある。

「本当にいるのなら、会ってみたいな」

 幼い頃にパパから『輝きのドラゴン』という神様がいるということは聞いていた。会ってみたいと一度は思ったけれど、本当に神様なら会うことができないのは分かっている。
 けれど、もしかすると物語がこのまま進んでパパが今の勇者に倒されてしまった場合、私は物語の通りに行動してしまうかもしれない。
 行動したくないと思っても、パパの娘なのだから復讐をしてしまう可能性がないとは言えなかった。家族を殺されて、恨まない人はいないだろう。
 もしも物語通りに進んでしまえば、次の勇者を決める時に人となった『輝きのドラゴン』が姿を現すかもしれない。
 そうなれば、私が姿を見ることはできないけれど。
 本を閉じてテーブルの上に置くと、扉がノックされた。誰かが来る予定もない。私の部屋が分かっているのはマーシャさんくらいだろう。もしかするとリカルドも知っているかもしれないけれど、彼なら来る場合は依頼に行く前に事前に伝えてくれていただろう。
 マーシャさんが来たのだろうと思い、椅子から立ち上って返事をしてから扉を開いた。
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