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11話 夜警
しおりを挟む資料や生物顕微鏡、病のサンプルである血液を受け取ってから既に12日が経っていた。毎日血液が入っている試験管に薬を入れて結果を見ていた。一度薬を入れた試験管には同じ薬しか入れない。間違いがないように、試験管には入れた薬を紙に書いて貼っていた。
血液の入った試験管の中に薬を入れて3時間待つ。それからスライドグラスに少量の血液を垂らして、生物顕微鏡で確認する。頼んでいたものが届いた日の夜に菌を確認していたため、変化があった場合はすぐに分かる。
薬を入れて11日目。全て確認していく。菌の数が減ることは1日目で確認することができた。しかし、全てが消えることはなかった。何日経とうと、全ての薬の効果は同じもの。
菌が減る数が違うというのは最初だけで、毎日薬を飲んでいれば増えることはない。という結果が出た。最終的には全ての薬が同じ数まで減った。薬の効きが違うだけで、最後には同じ結果になるのだ。
薬屋から持って来ていた薬や、新しく作った薬でも結果は変わらない。強い薬だと効果があるのかもしれないが、強い薬というのはそれだけ後遺症が残る可能性が出てくる。そのため、ホミカは作ることはしていない。
現在強い薬を作っているという、レヴェナの薬師達に伝えてもらい試してもらっている状況なのだが、報告は何もない。何か変化があれば報告してほしいと伝えているため、報告がないということは菌が減った以外の効果はないのだろう。
「やっぱり、製薬所かしら」
「病院はどうだったの?」
12日もあれば、少しの休憩も兼ねて街の中を歩き回った。製薬所の見学ができなければ、他の場所から。まずは病院へ行くことにした。
病院は邪魔にならなければ見て回っても構わないと言われ、突然の訪問だったにも関わらず案内してもらえた。獣人であるガルフレッドは患者として病院に入ったこともあり許可を貰えたが、レニーは病院内に入ることができなかった。そのため、出入り口で待っていたため、病院内のことは知らないのだ。
原因不明の病にかかっている人は、隔離病棟にいた。病棟に入るには、消毒をして防護服を着なくてはいけなかった。防護服の上からさらに消毒をして、隔離病棟へと入る。扉は二重になっていた。
病棟には子供から老人までの患者が入院していた。感染してから日数が経っていないのか、遊ぶ子供や話をする大人の姿が見えた。ただ、大人は今の状況に不安を覚えているようだった。いつ帰宅できるのかと話し声が聞こえていた。
そのまま奥へと真っ直ぐ進んで行く。すると、そこには扉があった。同じように二重になっている扉の先にある病棟。そこに重症者がいた。
もう一度消毒をして入った病棟では、歩いている患者の数が少なかった。多くの人達が病室のベッドに座っているか、寝ているかのどちらかだった。話しをしている人もいなければ、元気がある人もいない。
ベッドに座っている人の多くには、赤い斑点が表れていた。顔や腕、足など見える場所に斑点があった。見えない場所にもあるのだろう。そして、部屋の奥で寝ている人には初めて見る症状が表れていた。
「赤い斑点があのようになったんです」
案内してくれていた人が小声で話してくれた。14日目から赤い斑点が表れた人達の病室は移動し、観察をしていた。そして感染からひと月ほどで、症状が変化したのだという。
その症状というのは、赤い斑点が紫色に変わったというものだった。紫色を見て、
最近よく目にするものを頭に思い浮かべた。
11日前から見るようになったもの。それは、ホミカが王都に来る前にも当たり前のように見えていたものらしい。王都に戻ってきたガルフレッドが、ホミカが初めて見たそれのことを話すと、「俺がスエルトに行く前には毎日出ていた」と教えてくれた。
紫。それは、製薬所から出ている煙と同じ色なのだ。
ホミカが病院へ行ったとき、それ以上の症状が出ている人はいなかった。報告がないため、さらに悪化している人はいないと考えたかった。
「やっぱり、病院より製薬所が原因かなって思うの」
机の上で毛繕いをするレニーに返すと、「そう」と返してきた。その口元には笑みが浮かんでおり、まるで漸く原因が分かったのねと言っているようにも見える。
もしかすると、口に出さないだけでレニーには原因が分かっていたのかもしれない。分かっていながら教えはしない。
「ねえ、レニー。このまま行けば、私は生きて皆を助けられるのかな?」
「油断していたら、足をすくわれるわよ」
「そうよね。最後までは気を抜けない」
レニーの言葉は聞き入れるべきだ。ホミカ以外がいると、言葉を話すことはない。それだけではなく、鳴くこともあまりしない。鳴く時は、危ない時や何かを言いたい時であることが多い。鳴いた時は理由を考える必要があるのだ。
だから、この言葉にも理由があるのだろう。何も考えずに行動をすれば、処刑される可能性はまだあるのだ。
「それにしても、明日は満月ね」
机の上に置いているものが風で飛んでしまわないように気をつけて窓を開く。暗い空に浮かぶ満月までもう少しという小望月。
明日の朝にはナジャの森へと行く予定がある。レニーと一緒に行くことになっており、ヒューバートには既に許可を貰っている。ガルフレッドもついて来る気でいたのだが、夜警明けの彼にはしっかりと睡眠をとってほしかったため断っている。1人ではなく、レニーがいるのだから大丈夫だと言うと渋々だが納得してくれた。
「漸く明日なのね」
「見つかるといいわね」
もしも見つけることができれば、新しい薬を作れる。それだけではなく、今回の病を治すことができる可能性もあるのだ。
原因がホミカが予測しているものだった場合、明日ナジャの森で両方を見つけることができれば、治すこともできるかもしれない。
外を見ていると、夜警をしている騎士が数人見えた。服が白いため、夜でも目立つ。それに、今日の月は明るい。たとえ黒い服を着ていても、はっきりとその姿を確認することができただろう。
黒い体に白い服を纏った獣人。窓の正面に位置する場所に立っている彼は、誰かと会話をしているようだ。少し身長の低い金髪の騎士。嬉しそうに振られる尻尾に、ガルフレッドにも仲良くしている騎士がいたのだと初めて知る。
腰まで長い金髪の騎士を初めて見たが、騎士全員を見たことがあるわけでもないので、「目立つ人もいるのね」と呟くだけだった。騎士の多くは、明るい髪をしていない。中にはオレンジ色をした人はいたけれど、金髪はいなかった。
騎士という仕事上、目立ってはいけないのかと考えていたが、彼を見るとただの偶然だったようだ。
「なんか、楽しそうね」
その声は如何にも不機嫌そうだった。声を聞いて窓の外を見ていたレニーはホミカへと顔を向けた。顔を見ると小さく笑い、「貴方、鏡見た方がいいわよ」と言ってくる。
何故そんなことを言われるのかが分からず、机の引き出しから手鏡を取り出して言われた通りに顔を見た。そして驚く。声だけではなく、顔も不機嫌そうだったのだ。
顔を見て、どうして不機嫌なのかに気がついてしまった。
(私以外と楽しそうに話していることが気に入らないのね)
左手で自分の顔に触れてため息を吐く。然程遠くない未来、ホミカはこの街を離れる。それを考えると仲良く話ができる相手がいるというのは喜ばしいことなのだ。
それに、その相手は男性だ。嬉しそうにしているが、仕事の話をしている可能性だってある。だから、ホミカがこんな顔をする理由はないはずなのだ。
(これは嫉妬だ)
気がつくと2人から視線を逸らすように目を閉じた。しかし、瞼の裏に映るのはガルフレッド。そして、金髪の男性ではなく、金髪の女性。
もしもあそこで話している相手が男性ではなく、女性だとしたらと考えて浮かんできた光景。チクリと心臓が痛み出す。
(この痛みには覚えがある)
以前から時々心臓が痛むことがあった。その時の痛みに似ていたのだ。
何度も感じていた痛みを思い出して、漸く気がつくことができた。
「私は、ガルフレッドが好きなのね」
「漸く気がついたの?」
「レニーは知っていたの?」
「いつも一緒にいるのだから、気がついてもおかしくはないでしょう?」
確かにと頷くと、もう一度ガルフレッドへと視線を向けた。するとそこには、先程の金髪騎士の姿はなく、ガルフレッドが1人立っているだけだった。
しかもその視線はホミカへと向けられていた。目が合ったことに気がついたのだろう。軽く右手を挙げるとゆっくりと近づいてきた。その尻尾は先程よりも大きく振られている。
(勘違いしちゃうじゃない)
夜警の途中のはずなのに近づいてくるガルフレッドに何かあったのかと思うが、そういうわけではなかったらしい。ただホミカの姿が見えたから来たのだと言う。
ただでさえ侵入者もいないのに、これだけ明るいと尚更侵入してくる人もいないのだという。
それに、時々休憩しないと疲れてしまう。だから、他の人が近くにいる場合は誰かがなるべく近くで休憩をするのだと言う。流石に寝ることはできないが、10分くらい休憩したら夜警に戻る。毎日そうしているのだという。
騎士は全員不定期だが、夜警に回る。しかし、ガルフレッドは獣人ということもあり毎日夜警が仕事だ。毛に覆われているため寒さにも強く、ガルフレッドは獣人の中でも種類が狼であり、夜行性のため常に夜警なのだ。昼間は仕事をしていないように見えるが、ホミカの部屋にいない時の多くは書類仕事をしているようで、その光景を何度か見たことがあった。
「明日、本当に一緒に行かなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。レニーもいるし、ガルフレッドはきちんと休まないと」
「そうは言ってもな……」
見上げて話すガルフレッドは、不満そうに顔を顰める。一緒に行けないため心配をしているのだろう。
けれどガルフレッドはレニーの名前を出すとあまりいい顔をしない。2人きりにはしたくないのだろう。
「何かあったら大声を出すから大丈夫。貴方の耳ならきっと私の声を聞きとってくれるわ」
人間よりも音を聞き取ってくれる耳は、大声を出せばナジャの森からなら王宮にいるガルフレッドの耳に届くだろうと考えたのだ。
試したことがないからだろう。自信がなさそうに「たぶんな」とはにかんだ。
「それで、そっちはどうだ?」
原因は分かったのかと声に出さずに尋ねてくる。首を横に振ってそれに答えると、「そうか」と呟いた。
「でも、原因はなんとなくだけれど分かっているの」
「そうなのか!? それなら、あとは薬を作るだけとか?」
「薬もそうだけれど……」
それ以上は口にすることはなかった。夜警をしている騎士の中に、以前ホミカを処刑した人がいるのだ。もしかするとその人が病をばらまいたという可能性もあるのだ。
証拠がない状態で口にするべきではない。テーブルについた右手に前足を置いているレニーも声には出さずにそう言いたいのだろう。誰が聞いているかも分からないような場所で話す必要はない。
「まずは薬草を採取しないと」
「だから早朝にナジャの森に行くのか?」
「ええ」
大きく頷く。その薬草がナジャの森に存在するとしたら採取しない理由はないのだ。珍しく、入手も難しいためナジャの森にない可能性も高い。
薬草があれば、夜も行く必要がある。たとえ早朝に薬草がないとしても、可能性を信じていくことには変わりないのだが。
「それなら、寝坊しないように早く寝るんだな」
「そうするわ。おやすみ」
「おやすみ」
持ち場に戻るガルフレッドの後ろ姿にそう声をかけると、一度立ち止まり振り返った。何も言ってくれないだろうと思っていたが、同じように返してくれた。
声は不機嫌そうだったが、軽く右手を挙げて持ち場へ戻って行く。しかし、揺れている尻尾を見ると不機嫌というわけではないということが分かる。
(本当は頼ってほしいんだろうな)
揺れる尻尾に微笑んで窓を閉めた。すると、レニーが何か言いたそうに盛大にため息を吐いた。
「気をつけるから怒らないで」
「怒っていないわ。呆れているだけ」
もう一度ため息を吐いて眉を顰めるレニーに、なるべく心配をかけないようにしないといけないと考えた。
日数から考えて、そろそろ別の街へ行った騎士が帰って来てもいい頃だ。その人が許可さえ出してくれれば製薬所へ入ることができる。そうすれば、病の原因を突き止めることができるはずだ。
まだ先のように感じていた原因究明に近づいてきていることに気を引き締めると同時に、ガルフレッドとの別れが近づいてきていることに、少し寂しいと思うようになっていた。
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