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12話 日光草
しおりを挟む翌朝。身支度をしてレニーと一緒に部屋を出る。時刻は朝6時を過ぎたばかりだ。夜警をしていた人達はすでに寮に戻っているようで姿が見えなかった。
騎士の人達は王宮の近くにある騎士寮で寝泊まりをしている。交代でやって来た人達は人数が少ないが、ホミカを見ると挨拶をしてくる。笑顔で挨拶を返して門へと向かう。
何も言われないということは、ヒューバートから早朝に出かけることを聞いているのだろう。中には「気をつけてくださいね」と声をかけてくる騎士もおり、それぞれに返事を返していた。
門へと近づくと、気がついた門番が門を開いてくれる。
「おはようございます。お気をつけて」
「おはようございます。ありがとう。貴方達も頑張ってね」
立っているだけといっても彼らだって疲れる。手を振ると、手を振り返してくれた。
ナジャの森へ向う橋へと向かう。橋を渡りながら、湖へと視線を向ける。優雅に泳ぐ魚達。それらを視界に入れながら、朝日に照らされている森に心を躍らせる。
橋を渡りきり、土の道を進みながら周りを見渡す。探している薬草は、朝日が当たる場所に生える。木々の間から朝日が入り込んでいるので、どこかに生えている可能性もあるのだ。
リスやうさぎなどの小動物が木々の間を走り回っている姿を確認しながら道を進んで行く。
目当ての薬草が見つからないまま、柵が見えてきた。もしかすると崖の下にあるのでは、と考えて崖の下を覗く。だが、木々の隙間からは薬草らしきものは見当たらない。
珍しい薬草ということもあり、やはり生えていないのかと諦めようとしたホミカの足にレニーが擦り寄って来た。
「少し、木々の間を歩いてみましょう?」
「でも……」
「大丈夫。迷いはしないわ」
このようにレニーから行動しようと誘ってくることは今までなかった。探している薬草がありそうな場所に心当たりでもあるのだろうか。それとも、やはりレニーは薬師だったレニー・シングヘルリオであり、薬草に興味があって見てみたいと思っているのかもしれない。
だから少し無茶をしてでも探そうとしている可能性がある。
左へと進んで行くレニーは、柵を右手に朝日に当たっている。真っ黒な体が朝日に輝いている。レニーの後ろを歩きながら、足元に注意しながら進む。
雑草が茂った道なき道を進む。時々生えている薬草に目を向けるが、探しているものではない。
探している薬草は、朝日で見つけにくくなってはいるだろうが、他の薬草とは明らかに違う特徴を持っている。そのため、少し遠くから見ても分かるのだ。
足を滑らせないように気をつけながら、辺りを見回す。使用して少なくなった薬草は、数日前にナジャの森で採取している。今回は目的の薬草だけ採取する予定だ。
何も言わずに進んで行くレニー。その足取りは軽い。尻尾を揺らしながら進んでいる。
黙ってその後ろを歩いていると、突然視界がひらけた。視界から木々が消えて、正面には原っぱが広がっていた。
「こんな場所があったのね」
子供が遊んでいてもおかしくはない場所にいるのは虫や小動物だけ。道から離れた場所にあるため、誰もくることはないのだろう。人が足を踏み入れたような痕跡は残っていない。
原っぱの先には壁が小さく見える。どうやら王都を囲む壁まで原っぱが続いているようだ。
一度足を止めていたレニーだったが、そのまま原っぱの中を進んで行く。花から花へと飛ぶ虫を見ながら歩いていると、視界の端で何かが光る。足を止めてそれへと目を向ける。
すると、少し離れた場所に咲いている花が目についた。朝日が朝露にでも反射しているのかと初めは思った。しかし、よく見れば違うことが分かる。
光っているのは花だった。
「あった……」
小さな呟きにレニーも気がついたようだ。だが、レニーからは他の花が邪魔をしてそれが見えていないらしい。
花が咲いていない雑草だけの場所を進みながら目的のものへと近づいて行く。
「すごい……」
思わず見惚れてしまうほど咲き誇る花。群生しているそれは、日光草と呼ばれている薬草だ。
満月の日の朝だけに花を咲かせる薬草で、朝日を吸収して花が光るという特徴を持っている。咲かせる花は一輪だけ。1時間程度しか咲くことができないため、早朝に来なければ日光草を見つけることができないのだ。
ただ、薬草の場所は移動しないため、場所を覚えていれば満月の日の朝に来ればまた採取することができる。王都に住む薬師は日光草のことを知っている可能性はあるが、姿が見えない。採取する必要がないのか、群生していることを知らないのか。
薬草を踏んでしまわないように近くにしゃがむと、カバンから5個の瓶と園芸用こてを取り出す。
園芸用こてで土を掘り、根を傷つけないように慎重に土を掘り起こす。5個の日光草を根ごと採取し、土を払ってそれぞれ瓶へと入れる。蓋を閉めるとカバンに入れて、新しい3個の瓶とハサミを取り出す。
土は日光草が生えていた場所に戻し、園芸用こての土を払ってから次の作業へ入る。15個の日光草は、ハサミで茎の部分から切る。根を残しておくことにより、次の満月の朝までに茎が伸び、葉を生やして花を咲かせることができる。日光草の数を減らさないためには、根を残す必要があるのだ。
15個の日光草を5個に分けて、それぞれ瓶に入れて蓋を閉めてからカバンにしまう。忘れずに園芸用こてとハサミもしまってから立ち上がる。
「こんなに咲いているなんて驚きね」
「次の満月の朝にはもう少し増えているんじゃない?」
「そうね」
日光草は、数が少なくとも増えることができる。しかし、少なければ増える数も少ない。そのため、群生するまでにかなりの時間を要したことだろう。
目視で確認できる限り日光草の数は200個。乱獲さえしなければこの場所に生えている日光草は無くなることはないだろう。周りには木も生えていないことから、日光は常に当たる。枯れることもないだろう。
「行こう、レニー」
「そうね」
しばらく眺めてから声をかけると、元来た道なき道を進む。日光草が生えていた場所は同業者以外には黙っておこうと決めて、もう一度光るそれらに目を向けた。オレンジ色の花の光が消えているものもあり、そろそろ咲いている時間の終わりが近づいているようだ。
時間を止める魔法をかけられている瓶の中に入れた日光草は変わらず光り続けているだろう。
土の道に戻ると王宮へと向かって歩く。機嫌がいいのか、足元にいるレニーの尻尾が立っている。それだけではなく、喉が鳴っている音まで聞こえてくる。日光草を見ることができて嬉しかったようだ。
それはホミカも同じだ。ナジャの森ならば生えているとは思っていたが、生えていない可能性もあったのだ。
珍しい薬草は、自生するには条件がある。日光草は、常に日光が当たる場所でなくてはいけない。木々の間であっても、日光さえ当たれば条件が揃う。しかし、花が光るという特徴から珍しがって乱獲する人がいるのだ。そのため、現在は珍しい薬草とされてしまった。
(昔は普通に見ることができていた薬草だったのに)
500年前にはスエルトでも自生していた薬草だった。しかし、建物を建てたことにより日光が当たらなくなり、乱獲する人が現れたりしたことによって日光草は姿を消した。
そのような人が現れないようにとナジャの森に生えているということは隠しているのかもしれない。同業者であっても、日光草の話をする場合は気をつけないといけないのかもしれない。
王宮に戻ってきたホミカは、カバンを机に置いて、園芸用こて、ハサミ、瓶を黒いトランクにしまってから手を洗い、食堂へと向かった。ガルフレッドに案内されてから自分では一度も訪れたことのない食堂。
昼食の時間は多くの騎士がいて混雑するということをガルフレッドから聞いたことはあったが、朝食の時間に混雑しているということは聞いたことがない。朝食の時間帯は寮で食べる騎士が多いのだろう。
擦れ違うメイドに挨拶をして、時々レニーを撫でるメイドとも会話をする。レニーは少し嫌そうな顔をしているが、大人しく撫でられている。
食堂につくと10人ほどの騎士が雑談をしながら朝食を食べていた。広い食堂の中心にいる彼らと目が合うと、全員が同時に右手を挙げた。それは彼らなりの挨拶だ。ホミカは軽く頭を下げて挨拶をする。
雑談に戻った騎士達を見て、ホミカはカウンターへと向かう。
「お、あんたが噂の『魔女』さんかい?」
「はじめまして、ホミカ・ベルリアと申します。いつも美味しい食事をありがとうございます」
「いいってことよ。これが俺達の仕事だからな」
「それで、噂って何ですか?」
「知らねぇのかい?」
コックの1人がホミカに気がつき、カウンター越しに声をかけてきた。言われたことが気になりはしたが、初めて会ったことから先に挨拶をすましてしまう。
それから彼が言った噂について尋ねた。ホミカが噂を知らないことに驚くコックは、食堂内を見回した。まるで誰かを探しているように見える。
「あいつがこんな時間にいるはずはねえよな」
そう呟いてから言ったのはガルフレッドの名前だった。
最近、ガルフレッドとホミカのことが噂になっている。毎日食事と飲み物を自室へ持って行くガルフレッドの尻尾が嬉しそうに揺れているのだ。それだけではなく、今まで断っていたのにコックが焼いたクッキーを食べるようになったという。
甘いものが嫌いなのか、クッキーを焼いても食べたことはなかったのだ。しかし、ホミカが来てからは自ら味見をして、ホミカの元へ持って行ってもいいかと尋ねるようになったのだという。
そこでホミカはおかしいと思った。ガルフレッドがいれる紅茶は甘い。だから甘いものが嫌いというわけではないだろう。他に理由があるのだろう。
メイドとも会話をしている姿を見るようにもなり、それら全てがホミカのお陰なのだと噂になっているようだ。そして、ホミカが驚いたのは次に告げられた言葉だった。
「お前らが付き合ってるってのも噂になってる」
「え! どうして!?」
「毎日ガルフレッドが部屋に行くんだ。そういう関係なんだろうと思う奴がいたっておかしくはない」
「彼は、ヒューバート陛下に言われて私の世話役をしてくれているんです。私は、薬を作っていると時間を忘れることもありますし……」
「でも、ガルフレッドと一緒にいることが嫌ではないんだろう?」
笑みを浮かべて言うコックの目はとても優しいものだった。コックの言う通り、ホミカはガルフレッドと一緒にいるのは嫌ではなかった。それどころか、安心さえしていた。
今では好きだと気がついてしまったため、できるだけ一緒にいれる時間を作ろうとさえ考えているくらいに離れたくもないのだ。
何も言わないホミカに笑みを浮かべたまま、優しく頭を撫でる。恥ずかしそうにするホミカに「朝食の準備をするから適当に座ってな。レニーちゃんにも猫飯を用意するからな」というと他のコックに指示を出して準備を始めてしまった。
離れてしまったコックに何も言えず、ホミカは顔を赤くしながら近くの椅子に座るしかなかった。
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