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一章 5人の婚約者

逃げることはできない

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 ガラウェルド学園のことを知って、7ヶ月。12月に入ってすぐに入学試験があった。当日に両親にガラウェルド学園の入学試験を受けることを伝えた。両親は驚いていたけれど、何も言わなかった。入学試験当日だから、癒えなかったのだと思う。
 私は自分の足でガラウェルド学園へと向かった。そして、その会場で絶望した。会場には見知った人物が多くいたからだ。
 あの日、担任教師は希望者はいないと言っていた。それなら、私が希望した後に希望者が現れたということだ。
 これは偶然と考えればいいのか、それともどこかで私がガラウェルド学園の入学試験を受けるとバレてしまったのかもしれない。その可能性は高い。
 何故なら、学校が終わったら寄り道をすることもなくすぐに帰宅していたのだから。怪しいと思う人がいるかもしれないし、あの日掲示板に貼られていたガラウェルド学園の紙を見ていたところを見られていた可能性もある。
 それにしても、会場にいる半分以上がエルセント学園の生徒なのだ。こんなに身近に魔法を使える人がいたなんて知らなかった。
 しかも、その中には私の婚約者である5人もいた。まさか5人も魔法を使えるなんて。誰も教えてはくれなかったと言ってしまえばきっと同じことを言われるだろう。私も教えなかったのだから。

 私が来たことには5人だけじゃなく、エルセント学園のほとんどの生徒が気がついていた。私を見ながらコソコソと話しをしながら笑っている。その中には私をいじめている人がいることにも気がついていた。
 その人がガラウェルド学園に合格して入学してしまえば、私はまたいじめの標的になるのだろう。けれど、今はそれを考えている時間ではない。
 私の名前が貼られた机を見つけ、その席に座ると周りを気にすることはなくカバンからノートを取り出して復習をする。
 今日のために勉強をしてきたのだから、最後まで気を抜きたくなかった。だから周りを気にしている暇なんてなかった。
 私はガラウェルド学園に逃げると決めたけれど、魔法学を学びたい。魔法学を学ぶことができるなら、これからもいじめが続くのだとしても受け入れることができると思った。

 入学試験は午前中で終わった。中にはお昼を準備している人もいたけれど、私は準備していない。帰宅してから食べるつもりでいたから。
 忘れ物がないことを確認して席から立ち上がると、私は囲まれた。勿論、婚約者である5人に。

「どうしてここにいるの?」
「入学試験、受けたから」

 私の質問に返したウェルドの言葉は当たり前のことだった。入学試験を受けなければここにはいるはずがない。

「どうして入学試験を受けようと思ったの?」
「貴様がここの入学試験を受けると聞いた」
「誰に?」
「アメリアをいじめていた令嬢達が話していた」

 やっぱり知られていた。だからこんなにもエルセント学園の生徒が多いんだ。それにしても、本当に全員が魔法を使えるのだろうか。一握りしか魔法を使えないと聞いていたのに、こんなにいるなんて。
 偶然エルセント学園にいた生徒の多くが魔法を使えただけかもしれない。魔法を使える子息令嬢は多いと聞くから、それが関係しているのかもしれない。エルセント学園は子息令嬢が多く通う学園なのだから。ほとんどの生徒が魔法を使えてもおかしくはないのかもしれない。
 それでも、全員が合格するとは思えなかった。ガラウェルド学園の募集人数の定員は70人。明らかにこの会場にいる人数は、定員の2倍。案内板には他の場所にも会場があったことから、さらに倍の人数が入学試験を受けていると考えるのがいいだろう。

「みんな受かればいいわね」
「本当に思ってるのか?」
「思ってるわよ。私達6人みんなが受かればいいって」
「成程」

 間違いではない。6人が受かればいいと思っているのだから。
 合格発表は12月末。冬休みに入る前には学校に合否が送られてくることになっている。自宅に届くのはその先。
 それまではのんびり過ごしていればいい。
 今日だけはいじめのない平日を過ごして、明日からはきっといつも通りのいじめられる平日が訪れる。それでも、今日という日を無事に迎えることができたのだから取り敢えずよかったと思う。
 帰りは、5人と一緒に家の近くまで帰った。5人と別れてからは1人で帰宅し、母様に入学試験のことを聞かれた。父様は仕事に出かけていなかったから、お昼を食べながら母様にだけ話すことにした。
 私が『回復魔法』を使えること。魔法学を学びたいこと。そして、この力をいつか役立てたいと考えていることを。いじめられていることは話はしなかった。知られたくなかったから。

「アメリアのやりたいことがあるなら、ガラウェルド学園に合格したら行けばいいわ」
「いいの?」
「アメリアの人生ですもの。行きたい学校に行けばいいのよ」
「ありがとう。母様」

 本当はいつ魔法のことを話そうかと思っていた。家族のだれも魔法を使えないのに、私だけが魔法をつかる。そのことで何かを言われるのではないかと思っていた。
 仕事から帰宅した父様にも母様と同じことを話した。父様も私の人生だからと合格したらガラウェルド学園への入学を認めてくれた。もしもここに姉様がいたらエルセント学園を卒業して、ガラウェルド学園への入学を認められたことを大声で報告に行っていただろう。ここに姉様はいないので、心の中で報告をするだけ。

 そして翌日。学園では少し噂が広がっていた。その噂は、アメリア・レーメンツは本当に魔法が使えるらしいというものだった。
 いったい誰が広めたのかはわからないけれど、私がガラウェルド学園の入学試験を受けるということを知った生徒は半信半疑だったようだ。
 しかし、はっきりと魔法を使えると広めないのは入学試験は誰でも受けることができるからだろう。自分達の目で魔法を使っているところを確認していなければ信じられないのだ。それでもいい。
 それに、私の魔法は攻撃魔法ではないので使いどころがあまりないと言ってもいい。怪我をしていなければ治すことも不可能なのだから。

 噂を広めた人物が入学試験会場にいた人物だということだけはわかる。しかし、その人物が魔法を使えるのかはわからない。
 学園側も魔法を使えることを確認しているとは思うけれど、私は担任教師に魔法を見せてほしいとは言われていない。だから、魔法が使えると確認していない可能性が高い。
 入学試験を受けたければ受けさせる。それが学園側の考えなのだろう。私が入学試験を受けるから、これからもいじめるために、同じ場所に行くために入学試験を受けた。それだけの人もいただろう。
 だから誰が広めたのかもわからないのだ。私だってこの学園にいる生徒全員の名前を知っているわけでもないのだから。見たことのある顔、程度。

 さて、もしも魔法を使えることを確認せずに入学試験を受けた場合ガラウェルド学園側はどうするのか。テストの記入欄には自分が使える魔法を書くスペースもなかった。
 それなら、他の方法で確認することができるのだろう。その方法を知るのはガラウェルド学園の入学式でとなる。だから外部の人物には知られていないのだ。
 魔法を使えない者は入学することができないと記載されていても見ていない人が多いための対策。それは学園外で口にすることは許されない。だから誰も知らない。

「ガラウェルド学園の入学試験いかがでした?」
「簡単でしたわ」
「入学が決まったようなものですわね。ふふふ」
「流石キャシー様。成績上位なだけはありますわ」

 キャシー。聞いたことのある名前。たしか、私にバケツの水をかけて楽しんでいた令嬢だったかしら。それだけじゃないわ。テストの成績上位者は職員室の前に名前が貼りだされていたはず。
 思い出した。いつも女子生徒成績上位の中に入っている令嬢だ。順位はいつも5位のキャシー・レバン公爵令嬢。彼女もガラウェルド学園の入学試験を受けていたことには気がつかなかった。その他大勢の中に埋もれていて見覚えのある顔というだけで済ませていたのかもしれない。
 それにしても、私を見ながら話す彼女達は何を思っているのだろうか。成績上位の彼女が合格して私は受からないと思ってでもいるのかしら。
 もしもそうなら、まだ貼られている成績上位者を確認した方がいい。だって、女子生徒の1位は私。でも、今回の入学試験は成績なんか関係ない私以外にも。本当に入学したいと思っている人だっているだろうし、勉強した人だっているだろう。私だって勉強した。
 キャシー令嬢のような人は勉強していないように見えるけれど、見た目だけではわからない。けれど、彼女はうっかりミスが多いと聞いたことがある。だから成績が上がらないと。誰から聞いたのか思い出せないけれど、突然思い出したそれに彼女は合格しない気がした。

 ガラウェルド学園の入学試験を受けたからと言っていじめがなくなることはなかった。靴を隠されたり、足を引っかけられたりはよくする。しかし、バケツの水をかけられることは無くなった。
 朝の朝礼で担任教師が言っていたのだ。男子生徒から、女子生徒がバケツの水をかけられている姿をよく見るということを。まさか目撃者が告げ口をするとは思っていなかったのか、それから水をかけられることだけは無くなった。
 しかし、目立たないいじめが増えた。目立つと告げ口をされるだけではなく、誰がやっているのかも言われるかもしれないと思ったからだろう。
 私にとっては目立とうが目立たなかろうが変わりはない。ダン達には私から黙っているように伝えてはいた。だから、告げ口したのは彼らではない。
 もしも私がいじめられていることを言ってしまえば、両親の耳に入ってしまうかもしれない。だから言わないように頼んでいた。
 多くの貴族の子息令嬢が通っている学園だからと言って、爵位に関係なく告げ口をする人は少なからずはいる。それが、今回だっただけ。
 言わないでほしいと頼んだ時、ダンが笑顔で「俺が守ってやるから何かがあれば言えよ」と言ってくれたけど誰かを頼るつもりはなかった。
 それに、守ってくれると言われたことは嬉しかったけれど、私が探している人はダンではないとわかっていた。けれどその言葉に感謝は伝えた。
 もしも逃げることができないのであれば、私自身で解決をしなくてはいけない。きっといじめのはじまりは、私に婚約者ができたこと。
 ブチハイエナの令嬢は私の婚約者の中に関係のある人はいなかった。だから誰かに言われてやっていたのか、好きな人が私にとられてしまったからやったのか。そのどちらかだとは思うけれど、断言はできない。

「ガラウェルド学園で解決できればいいけれど」

 私が不合格通知を貰うとは思わなかったから、エルセント学園で解決するよりもガラウェルド学園で解決するのがいいと思った。
 エルセント学園は卒業したら終わり。けれど、ガラウェルド学園は入学したら始まりなのだ。もしもいじめが続いているのなら、あちらで解決した方がいい。

 毎日小さないじめを受けながら、学園生活を送りとうとう明日からは冬休み。宿題を貰い、あとは帰宅するだけとなった。しかし、私は担任教師に声をかけられた。
 一緒にいたダン達5人も呼ばれ、担任教師に続いて職員室へと入った。そして通されたのはあの日の別室。
 全員が座ることはできなかったので、私と担任教師が座り5人は立って様子を伺っていた。

「さて、取り敢えずみんな合格おめでとう」

 そう言ってテーブルに置かれた紙には『ガラウェルド学園 合格者リスト』と書かれていた。
 2列、男女別に書かれている名前は合格者の成績上位順のようだ。
 男子生徒は上からローレン、ハロルド、ウェルド、ケビン、ダンだった。女子生徒の上位は私。合格した女子生徒の中には私をいじめている人もいる。そして、やっぱりキャシー令嬢の名前はなかった。

「魔法の有無に関して確認したのはアメリア嬢だけだったためか、入学試験を受けた女子生徒の多くは魔法を使うことができない人でした。テストでは合格でも魔法が使えなければ意味がない。貼り紙に書かれていることを確認していないのでしょう」

 私を見ながら言う担任教師に、彼は私がいじめられていることに気がついているのだと悟った。何も言わないのは、自ら解決してほしいと思っているのか。

「先生は知っていたんですね、いじめのこと」
「ええ。ですが、貴方は助けを求めなかった。本来ならばそれを見て私が手を伸ばすのが普通でしょうが、貴方の周りには彼らがいる。彼らがしっかりと見ている。何かあれば彼らが先に行動すると思いました。……無責任な教師だと怒りますか?」
「いいえ。実際、先生が出てくるとさらに大変なことになっていたかもしれません。それに、私の場合はこれから自分でどうにかしてみます」
「そうですか。……では、もう1つ本題に入らせていただきます」

 そう言って担任教師は私の後ろに立つ5人を見た。これから話すことは5人にも関係があるからだろう。

「成績上位者は、他の学校と合わせてもエルセント学園の貴方達でした。そこで、ガラウェルド学園から入学式の新入生代表挨拶を貴方達の誰かにやってもらいたいとのことです」
「ローレンでいいのではないでしょうか?」
「ローレン、やるべき」
「ローレンしかいないよな」
「お前やれよ」
「ローレンが新入生代表挨拶を読めば、ガラウェルド学園の方々も喜ぶのではないですか?」

 私達全員に視線を向けられたローレンは考えているようだった。しかし、それも一瞬のことだったようで一度目を閉じて大きく息を吐くと頷いて目を開けた。

「俺様が読みます。次期国王候補の1人、ローレン・キシュレント大公。入学式の新入生代表挨拶を引き受けさせていただきます」

 はきはきとした言葉でローレンが言うと担任教師は頷いた。

 ローレンは、この国ライディオーネ王国の現国王の家系に生まれた。今まで国王の家系で魔法を使える人は1人もいなかった。だからガラウェルド学園の入学式で新入生代表挨拶をするのはローレンがいいと思ったのは本当。
 しかし、少し面倒だからローレンに押しつけようとも思った。きっとダン達も同じだろう。ローレンもわかっているとは思う。それでも、彼は自らの意思で読むと言ったのだ。

 国王の家系に生まれても必ず国王になれるわけではない。だから次期国王候補なのだと以前ローレンが言っていた。
 国王がどのように決められるのかはローレンにもわからないようだったけれど、少しでもいい成績を取り記憶に残るようなことをすれば少しは国王になれる可能性が出てくるのではないかとも言っていた。
 だからローレンにとって新入生代表挨拶をすることは、国王になるための道のりでもあるのかもしれない。

 ただ、新入生代表挨拶のせいで冬休みも学園に行かないといけないのは申し訳ないと思った。学園も冬休みが終わってからにしてあげればいいのにと思ったけれど、卒業をする9年生の多くは冬休みのあとあまり学園には来ない。
 だから、冬休み中に新入生代表挨拶を考えるのだ。

 ローレンは翌日学園に来ることを告げ、今日はこのまま私達と一緒に帰宅することにした。

 冬休みは、学園から出された大量の宿題と授業の復習をするだけで多くの時間がつぶれてしまった。その途中でガラウェルド学園から合格通知が届き、両親だけではなくメイドや執事も喜んで小さなパーティが開かれた夜だけはゆっくりしていたけれど、その夜以外は宿題をやっていた。計画的に宿題を片づけているとはいっても、勉強に力を入れている学園のため宿題の量が多すぎる。
 中には冬休みが終わってから学園で宿題を写させてもらう人がいるくらい。私はいつもより睡眠時間を1時間遅くして、学園がはじまる2日前に終わらせていた。
 頭のいいローレンとハロルドも宿題を終わらせるのが大変だったと言っていたので、冬休みはわざと宿題の量を増やしているのかもしれない。遊び過ぎて授業についてこられないと大変だからと。

 私達卒業組は冬休みの宿題を提出し、1週間学園に通うと自宅待機を命じられた。学園を卒業しない人達や、ガラウェルド学園から不合格通知が来た人達は通常授業。ガラウェルド学園以外に行く人はいないため、ガラウェルド学園に入学する37人が自宅待機となった。
 自宅待機と言っても、遊ぶわけではない。エルセント学園に、ガラウェルド学園から資料や宿題が届いていたためそれを入学式までに終わらせなければいけなかった。

 宿題は授業で習ったものが多かったけれど、中には魔法関係のものもあった。流石、魔法学に力を入れているだけのことはある。
 わからないことばかりで、私は両親に頼みこんで本屋に連れて行ってもらい魔法学の本を購入して勉強をした。宿題をやっていない時には購入した魔法学の本を読み、知識をつけることにした。

 そして、3月の卒業式。久しぶりに学園へ行くと、卒業する生徒の多くが疲れた様子だった。きっとガラウェルド学園から出された宿題で煮詰まってしまっているのかもしれない。

「久しぶり、アイリス」
「あら、ウェルド。久しぶり。元気そうね」
「宿題、終わらせたから」
「私も終わらせたわ。魔法学が少し大変だったけれど」

 同じように大変だったというウェルドが私の後ろへと視線を向けた。振り返るとそこには立ったまま寝ているケビンがいた。

「昨日、泣きつかれた」

 どうやら魔法学が進まなかったらしく、ケビンは泣きながらウェルドに助けを求めたらしい。ガラウェルド学園の入学式までに終わらせればいいものではあったけれど、1人ではどうすることもできなかったらしく徹夜で教えていたという。

 立って寝ていたケビンも卒業式がはじまれば寝ることもなく、話を聞いていた。生徒の中には卒業をするからと泣いている人がいたけれど、私は涙が全く出てこなかった。
 だって、卒業する人が私をいじめる人ばかりだとわかっているから泣いてなんかいられなかった。別の意味では泣きたかったけれど、本当に逃げることはできないとわかりどうにかしなければと考えていた。
 だから私は、卒業生代表の挨拶をしていたのがローレンだと気づくこともできなかった。

 暫くいじめがなかったから、ガラウェルド学園に行って最初に受けるいじめがエスカレートしていないことを願いながら私はエルセント学園最後の校歌を歌った。



―――――
私の通っていた高校は、冬休みが終わり登校するのが1月末。3年生はそれに加えて、冬休み後成績が足りている人は1週間通ったら自宅待機で、授業料は3月まで払う。という高校でした。
3月の卒業式まで自宅で何をしていたのか全く覚えていません。
中学は3月まで行っていたと思います。覚えてませんけど。

ガラウェルド学園から出る宿題が多く難しいため、冬休みが終わってから1週間後からは自宅待機という宿題を終わらせるための時間になります。
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