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一章 5人の婚約者

図書館

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 今日の授業が終わり、教室の掃除をすませた私はカバンを持って1階に下りて玄関で靴に履きかえて外に出た。帰宅する生徒が多い中、私は正面の門に向って歩くことはせずに右にある建物へと向かって歩いて行った。
 そこはガラウェルド学園の図書館となっていて、利用できるのは生徒と教員だけ。図書館にある本を学園の敷地から持ち出そうとすると、学園の防犯装置が発動するらしい。
 どうして持ち出せないのかはわからないけれど、図書館にある本を見ればわかるかもしれない。それに、これだけ大きい学園の図書館だ。もしかすると、私が時々見る夢について何かわかるかもしれない。
 前世の記憶だろうそれをどうしてみるのか。魔法に関係していないかもしれないけれど、何かわかるかもしれないという期待があった。

 図書館に入ると、図書館に常駐している職員に軽く頭を下げて挨拶をして、ほとんど人がいない図書館内を歩く。
 案内板に従って右側の本棚へと向かう。そこには伝承について書かれた本が置かれえいるらしく、私は夢について調べるよりも先にそれが読みたくなってしまった。
 伝承について調べるのは昔から好きだった。だからその文字に惹かれてしまったのだ。
 近くの椅子に座り、テーブルに2冊程の本を置いている人が目に入ったが気にすることなく私は伝承の本が並べられている棚の前へと向かった。
 6段の本棚が並んでおり、あまり隙間が無いそれに思わずうっとりしてしまった。これだけの伝承があるのかと思いながらも、エルセント学園で読んだ伝承の本も多く読んでいない伝承でも興味をそそるタイトルが見つからない。
 そのうち読んだことのない伝承の本は全て読むつもりではいるけれど、最初は興味をもった本を読みたい。だから全ての本のタイトルを読んでいく。
 そして、はじめて見る本を見つけた。『四季のはじまりの真実』と書かれたそれは、魔法学で習ったばかりのものだろうことがわかった。けれど、真実とは何のことなのかはわからなかった。
 同じことを繰り返して四季を巡らせることに何かが隠されていたのか。気になり手に取ると、私は近くにあったテーブルへと向かった。
 そして、そこに座っている人物に漸く気がつくことができた。

「ハロルド」
「読みたい本は見つかりましたか?」
「ええ」

 本から顔を上げず、聞いてくるということはハロルドは私が来たことに気がついていたようだ。私は伝承という文字に惹かれて気がつくことはできなかったけれど。
 1つ席を空けてハロルドの左側に座る。カバンを足元に置いて持ってきた本のページを開いた。

『四季のはじまりの真実。これは1千年前に書かれたソレイユという人物の文章を元にしております』

 そうはじめに書かれており、ソレイユという人物が何者でどのような関わりがあったのかが気になった。関わりがなければ、ソレイユという人物の文章を元にすることはないだろうと思った。

 ソレイユ。彼は最初に探知魔法を使った人物である。
 彼は月の巡りには関わることはなかったけれど、妹は関わっていた。妹の名前はアルデラ。彼女は状態異常を使うことができる通称毒魔法と呼ばれている魔法を最初に使った人だった。
 そして、ソレイユには彼女がいた。名前はシャルティエ。回復魔法を最初に使った人。私が使える回復魔法を最初に使った人。

 魔法を撃変える人達で話し合いをし、代表の12人が四季を巡らすことにした。しかし、8月に問題が起きた。それは、ミストが雨を降らしている最中のライラが雷を鳴らすことではじまってしまったのだという。
 ライラは自分の魔力が話し合いで他の誰よりも高いことを知ったのだ。シャルティエの方が魔力が高かったけれど、彼女は攻撃魔法を使うことができない。だから彼女のことを除外し、自分の魔法で世界を思いのままにできるのではないかと考えたようだった。
 毎日雷を鳴らし、大地に落とした。最初は誰もライラの考えに気がつくことはなかった。話し合いの通りに式を巡らせていると思っていた。けれど、ライラは雷を止めることはなかった。
 毎日鳴り続ける雷に、流石におかしいと思いはじめた11人。9月担当のカサンドが話をしてどうして雷を止めないのかを聞くことにしたのだという。
 けれど、雷を止めないライラに協力するようにカサンドが空を暗くしはじめたのだ。その時にはミストも雨を降らすことを止めて、どうにかして2人を止めなくてはいけないと考えはじめた。
 カサンドも毎日空を暗くして、太陽の光を当てることをしないため動植物に元気がなくなっていったのだという。
 困る10人に2人の友人だったソレイユが話をつけようと考えたという。探知阿呆で居場所を突き止めることはできても、2人は話をしようともしなかった。
 解決することができず、10月にオリエンテがあらゆる音を使い2人を止めるために攻撃をはじめたのだという。2対1の戦いがはじまり、魔法を使える人達も使えない人達も様子を見守っていた。オリエンテが勝つようにと願いながら。
 しかし、11月になっても決着がつくことはなかった。魔法が使えるひと、使えない人の多くがオリエンテに協力して2人に戦いを挑むことになった。
 2人の力が衰えることはなかったけれど、オリエンテに協力している人達の疲れがたまっていき日に日に協力する人数が減っていった。
 戦いにより傷を増やし、倒れていく人たちが増え、ユリアは自らの魔法で雪を降らせることにした。元々11月下旬には雪を降らせる予定だったため、ユリアは予定通りに雪を降らせはじめた。
 雪を降らせることによって温度を下げ、ライラとカサンドを含めた人々の体温をさげようと考えたのだ。体温が下がれば思うように体が動くことは無くなる。
 そして12月。雪が積もり、戦う人は誰もいなくなっていた。寒さによって思うように体が動かなくなり、戦うことを止めたのだ。
 怪我をしている人が多く、1人1人に回復魔法をかけていたけれど治療は間にあっていなかった。回復魔法をかければ助かる人もいるのにこのままでは助からない人が出てしまう。そう考えたシャルティエは回復魔法を使いながら祈りをささげた。
 怪我をした全員の傷が癒えるようにと祈り、魔力を放出したのだ。そのお陰もあり怪我をした人達の怪我はみるみるうちに治っていった。それはライラとカサンドも同じだった。
 そして1月になるとアルデラが全ての動植物を冬眠させ、また1年を繰り返すことになった。
 ライラとカサンドもかわることなく同じ月を担当する。当たり前のように2人は同じことを毎年繰り返した。しかし最終的にはユリアの降らせる雪によって寒くて動けなくなり、シャルティエが怪我をした人達を治した。
 3年同じことを繰り返した9月のある日。シャルティエがカサンドに刺殺された。
 回復魔法を使えるシャルティエがいると永遠に決着がつかないと考えたカサンドが、怪我をした人達を治せないようにとナイフで刺したのだ。
 カサンドとシャルティエが同じ場所にいることを探知魔法で知ったソレイユが疑問に思い、駆けつけた時にはすでにシャルティエは地面に倒れていた。
 まだ息があり、声をかけたけれど言葉は返ってくることはなかった。そう記載された文章に私は何かが気になった。

「殺された?」
「どうかしましたか?」
「ううん。なんでもない」

 ハロルドにそう返して私は続きを読みはじめた。
 シャルティエが刺殺されたことにより、神様は魔法を使える人達にある言葉を告げた。それは「今から其方達を神にする」という言葉だった。神になれば、地上の生き物の生死に関わることは何も出来なくなる。シャルティエの死によって今後争いが起こらないようにと神が対応したのだ。
  今の生をそのまま過ごすことはできるけれど、魔法で生死に関わることはできなくなる。地上で大人しく四季を巡らせろということだった。しかし、シャルティエは神にされることはなかった。
 だからソレイユは交渉することにした。神は回復魔法という貴重な魔法を使えたシャルティエを神にすることを許してくれた。かわりにソレイユの魂を2つに分けることを条件とされたのだ。
 死んでしまった者を神とするには神でも膨大な力を使うのだという。だからソレイユの魂を2つに分け、シャルティエを神にする手助けとするのだという。
 今の生を終わらせてしまえば、転生することができる。シャルティエは転生するには少し時間がかかるが、何れ転生することができる。しかし、神となった全員に無限の命をあたえることはしないという。かわりに地上で丈夫な体をもった種族へと記憶を持ったまま生まれ変わることを許された。
 それは、ソレイユの2つの魂も同じだという。2つの魂は同じ記憶を持ち、2つの生き物へと転生する。ソレイユはそれでもよかったのだという。もしかすると、生まれ変わったシャルティエに会うことができるかもしれないから。

 ソレイユという人物の文章を元に書いているが、これが本当のことかはわからないと書き記されている。それは当たり前だろう。実際にそれを見た人もいなければ、記憶を持っているという人もいないのだから。もしも記憶を持っていたとしても、言わないだけかもしれない。
 私はどうだろう。夢で見るというだけであって、記憶を持っているということにはならないのかもしれない。

「それで、見つかりましたか?」
「何が?」

 突然そう声をかけてきたハロルドに、視線を本から逸らすことなく返した。ハロルドも本から視線を逸らしていないようで、隣からはページを捲る音が聞こえてきた。

「貴方を守ってくれる人」

 私は子供のころ、ハロルドに話したことがあった。私のことを守ると言ってくれた人のことを。詳しくは話していないけれど、「私を守ってくれる人を探しているの」と言った記憶はあった。頭のいいハロルドなら理解してくれるかもしれないと思たのかもしれない。当時のことをはっきりとは覚えていないので、どうして話したのかまでは覚えているはずもなかった。きっとハロルドはそのことを言っているのだろう。

「まだ、かな」
「そうですか。見つかるといいですね」

 本から顔を上げて私を見て言うハロルドは心の底からそう思ってくれているに違いない。けれど、本当に見つかるのかはわからない。生きているのかもわからないのだから。
 そうなれば私はきっと、好きだと思った人と結婚するのだと思う。それに、探している人を見つけてもその人を好きになるとは限らないのだから結局は好きになった人と結婚するのだと思う。
 それが婚約者の中にいるのかいないのかは今はわからない。
 私はハロルドに顔を向けて「ありがとう」と返した。もしもハロルドが私の探している男性だったらいいのにと思ってしまうのは仕方がないのかもしれない。
 ハロルドは誰よりも優しい。私が夢を見ていなければ、きっとハロルドを好きになっていたと思う。

「ところで、あれはどうするんですか?」
「あれって、いじめのこと?」

 話題を変えたハロルドの言葉から思い浮かぶのはそれだけだった。それ以外は思い浮かばない。ハロルドがいる場所で他にあったことと言えば、昨日他の令嬢が私を突き飛ばすようにしてハロルドを取り囲んだくらいだろう。
 あれは嫌がらせではなく、ハロルドしか目に入っていなかっただけだと思う。ハロルドは種族に関係なくモテるから、時々あることなので私だけではなくハロルドも気にしていない。

「ええ。こちらが手を出したりしてしまえばアメリアがさらに大変な目に遭うのではないかと思い、大きく関わっていませんが……困っているのなら手助けはしますよ」
「ううん。大丈夫。それに、ある人にちょっと聞きたいことがあるから接触しようかなって思ってるの」

 それは本当のこと。入学したばかりだけれど、これ以上私をいじめることを止めさせるためにある人に接触をしようと考えていた。
 エルセント学園から続くいじめに正直これ以上耐えられるとは思えなかった。だから解決するために行動しようと考えて、話を聞くだけでもいいと思いあの人が1人の時に接触するつもりだった。

「ある人? 大丈夫なんですか?」
「見つからないようにするから大丈夫よ」

 ある人が誰なのかと聞きたかったのかもしれない。一度口を開いたハロルドだったけれど、何も言わずに口を閉じて黙って私を見た。何も言わない私の様子にハロルドはそれ以上は聞いてこなかった。

「そう言えば、ハロルドはどうして私の婚約者になったの?」

 何も言わないのなら、私は気になっていたことを聞くことにした。ハロルドには確かすでに婚約者がいたはず。1人に1人しか婚約者がいてはいけないというわけではないので私は気にしないけれど、ハロルドの婚約者は嫌だったのではないだろうか。

「貴方の父親であるレーメンツ伯爵に頼まれたからです」
「断ることもできたのに、どうして断らなかったの?」

 頼まれたからと言っても、断ることはできたはず。嫌であれば爵位に関係せずともの断れるのだから。そのあとの関係はあまり良くないかもしれないけれど。
 それにハロルドはゾフ公爵家の長男だ。レーメンツ家は伯爵。簡単に断っても問題が起こるはずもない。それなのに、ハロルドは断ることをしなかった。探している人がいると話したから婚約者になってくれたのだろうか。

「アメリアとは昔から一緒にいることが多かったですからね。アメリアが私と結婚しないとしても、婚約者になることは嫌ではありませんでしたからね」

 それはどういうことなのか私にはわからなかった。笑顔を向けてくれるハロルドに私は首を傾げた。たしかハロルドは昔、私が何と呼ばれていたのかを知っているはず。その所為で友達がいなくなったことも。
 当時の私のことを知っている人の中には、未だに私のことをそう呼ぶ人もいるというのに、ハロルドは私の婚約者になることは嫌ではないという。正直驚いた。そう思ってくれているとは思ってもいなかったから。

「昔、悪役令嬢って呼ばれてたこと知ってるでしょ?」
「ええ。子供のころの喧嘩で一時的に呼ばれていたものでしょ? 私達婚約者5人全員そんなことは知ってますよ。その所為で友達が離れてしまったことも知っています」

 そう言ってハロルドは私に目を合わせた。知っているのに婚約者になるなんて思うはずがない。その呼ばれ方の所為で、私は家族に迷惑をかけてしまったのだから。
 呼ばれ方によって評判は変わる。私が『悪役令嬢』と呼ばれてしまったせいで父様の仕事の取引が無くなってしまったことだってあったのだから。
 多くの人が私が『悪役令嬢』と呼ばれていたことを忘れたとしても、少数は必ず覚えているもの。それは決して消えることはない。私と結婚してしまったら、結婚相手だけではなく家族にも影響が出てしまうかもしれないのだ。

 あれはたしか、エルセント学園に通いはじめたころだったと思う。小さな子供によくある喧嘩。物を貸したけど返さない。私が貸した消しゴムが友達から返ってこない。それが全てのはじまりだった。
 字がよく消えるお気に入りの可愛いうさぎの消しゴム。字を間違えれば使わないといけないから、間違えないように気をつけて書いていた。
 けれど、右斜め後ろの席の友達が消しゴムを無くしたというから貸した。困って貸してほしいと頼まれたから断ることもできなかった。授業もあと5分で終わりだったからすぐに返してもらえる。そう思っていた。
 それなのに、返してくれなかった。それどころか、私から消しゴムなんか借りていないと言ったのだ。小声で貸してほしいと頼んできた所為か、周りの人も私が本当に消しゴムを貸したのかをわからないでいた。
 その結果。私が悪者になった。

「アメリアちゃんの嘘つき! 私消しゴムなんか借りてない!」
「嘘をつかない子なんだから、アメリアちゃんが嘘をついてるんだ!!」
「嘘つき!」
「嘘つき!! 嘘は悪者のはじまりだぞ!」

 クラスの子達に一斉に言われて、その時の私はとても泣きたくなった。けれど泣くことを我慢して、消しゴムを貸した友達に言った。

「嘘ついてないよ。お願いだから返してよ」
「嘘つきなアメリアちゃんなんか知らない。友達じゃない!」

 その子が嘘をつかないということはクラスの全員が知っていた。だから、嘘をついているのは私ということになった。私は嘘をついてはいなかったのに。全員がその子は絶対に嘘をつくことはないと信じていたのだ。
 それが原因で、私の友達はいなくなった。とても悲しかった。返してくれると信じていたのに返してくれなかったことに、嘘をつかれて私の所為にされたことに。

 そして、思い出した。私がこのあとにいじめられたことを。どうして今まで忘れていたのか。辛くて、心の奥底に仕舞いこんでいたのかもしれない。嘘つきはこのクラスにいらないと言ってゴミをぶつけられたり、私のカバンの中身をぶちまけられたりもした。それからは私のあだ名は『悪役令嬢』だった。
 私は消しゴムを返してもらえなかった日、家に帰ってから母様にそのことを話した。消しゴムを貸したのに嘘をつかれ、返してもらえなかったこと。私が悪者になって、友達がいなくなったことを。
 それから母様が同じ消しゴムを買ってくれたけれど、持って行くことはなかった。別のよく消える普通の消しゴムを持って行った。もう盗られたくなかったから。

 それからの私はよく家族に謝るようになった。父様の仕事先で問題が起こったり、取引がなくなったりしたと言われるだけで謝っていた。私が『悪役令嬢』と呼ばれているから、父様の仕事が上手くいかなくなっていることをメイドと執事が話しているのを偶然聞いてしまったのだ。
 だから謝るようになった。学園ではできるだけ気配を殺して生活をし、家では謝ってばかり。姉様も心配して私の様子を見るためにクラスを訪れようとしていたけれど、7年生と10年生からは校舎がかわってしまうため訪れることはできなかったようだった。

 私に対するいじめは2ヶ月程で終わった。私にとってはとても長く感じた。いじめは終わっても、友達は戻って来てくれなかった。クラス替えが3年生になる時にあって、それまで私はずっと1人だった。
 それからは友達になってもどうせ離れて行くだろうと思って大きく関わりは持たなかった。どうせ裏切られるのが目に見えている。だから友達は少人数だけでいいと思っていた。

 それは今もかわらない。今の私には友達がいないと言ってもいい。婚約者5人だけが友達だから。

「さて、外が暗くなってきたからそろそろ帰るわね」

 本を読んでいていつの間にか外が薄暗くなってきていることに気がつかなかった。このままだと母様が心配してしまう。壁にかかっている時計を見ると、17時30分を少しすぎていた。
 門限はないけれど、エルセント学園に通っていたころは早く帰宅していたから遅くなると何かあったのではないかと心配してしまうようだった。だから18時までには遅くなってもできるだけ帰るようにしていた。

 椅子から立ち上がって、椅子を引込めてから本を元の場所に戻しに行く。今度街の本屋に出かけて、今読んでいた本が売っていたら購入しようと考えてハロルドの元まで戻る。
 カバンを背負うとハロルドに声をかけて私は扉がある方向へと向かって歩いて行った。図書館から出るには職員の前を必ず通らなくてはいけない。
 職員の前を通り、挨拶をして図書館から出ようと扉に手をかけようとした。けれど、私が扉を開く前に別の人物によって扉が開かれた。
 突然のことに驚いたけれど、扉を開いた相手もとても驚いて目を見開いていた。大きな目が零れそうな程に見開かれている。

「あ、ごめんなさい」
「いいえ、大丈夫ですよ」

 そう言うと私は扉の前から退けると女子生徒を先に図書館へ入るように促した。彼女は笑顔で「ありがとうございます」というと頭を下げて図書館の中へと入って来た。私は軽く頭を下げると扉から廊下へと出た。
 図書館の中から、彼女の「ハロルド」という嬉しそうに呼ぶ声が聞こえてきた。そこで漸く先程の女子生徒がクラスにいた子だということを思い出した。
 名前は覚えている。私と同じ人間だから。ガラウェルド学園にいる人間はとても少ない。だから彼女のことは覚えていた。今の今まで忘れていたけれど。
 彼女の名前はユシア・ヴェロニーチェ。金髪、青眼のヴェロニーチェ伯爵家の1人娘。
 同じクラスなのだから、そのうち話をする機会があるかもしれない。そう思いながら私は静かに図書館の扉を閉めた。

 それから寄り道をすることもなく帰宅をした。18時を過ぎてはいなかったけれど、思っていた通り母様は少し私のことを心配していたけれど、「ガラウェルド学園の図書館で伝承についての本を読んでいたの」というと、「アメリアは本当に伝承についての本が好きね」と右手を頬に当てながら答えた。

「その本が気に入ったのなら、今度本屋さんで探してみましょう?」
「うん。読んだ本、あったら欲しいと思っていたの」

 そう返して母様と話しをしながら私は自室に戻った。制服を着替えてから手洗いとうがいをすませて、ダイニングへと向かった。
 ダイニングに行くと、料理を並べている母様とメイドがいた。もうすぐ父様が帰ってくる時間のため、私も一緒に準備をする。
 準備をしながら、今日の魔法学の話をする。この家には私以外のだれも魔法を使える人がいないから、ガラウェルド学園の魔法学がどのようなものなのかを知らないのだ。
 だから朝、帰ってきたら魔法学の話をしてほしいと母様とメイドにされていた。父様が帰ってきたらもっと詳しく話せばいいと思いながら、魔法の種類について話をした。

 18時すぎに父様が帰ってくると、すぐに夕食を食べることになった。そこで入学試験で魔法を使える人と使えない人を見分けるには魔法を使っていたということも話し、明日からの魔法学は私は担当教師と1対1で授業をすることを話した。
 回復魔法を使える人が少ないから私だけで、1対1で授業を受けられるから聞きたいことも他の生徒を気にすることなく質問できると話すと母様は頷いた。

 夕食が食べ終わると私はすぐにお風呂に入った。ゆっくりしているとお風呂に入ることを忘れてしまうことがあるから、夕食後はすぐに入ることにしている。
 お風呂から上がってから、私は地理歴史の教科書を読んでいた。魔法学に関係ないからと目を通していなかったから、授業で魔法が関係していると知って読もうと考えていた。だから寝るまでの時間、地理歴史の教科書を読むことにした。

 エルセント学園で習ったことも書いてあったけれど、書かれていなかったこともある。それは魔法のこと。授業で習った人の中にも本当は魔法を使えた人物がいたのだ。
 昔ならったことに少し疑問だった部分があったけれど、魔法を使える人だったとわかってしまえば不思議ではない。魔法が使えたからあの戦では勝つことができた。
 魔法を使えない相手からすると、魔法は反則ともいえるかもしれない。それに、中には魔法というものを知らない人だっていただろう。
 今は魔法を使える人がいるということは知られている。けれど昔は知らない人が多かった。魔法を使う人は使えない人からすると化け物に見えていたのかもしれない。
 中には魔法を使えることによって火あぶりにされた人もいると書かれており、歴史で活躍した中にも魔法を使えるからと火あぶりにされた人がいた。
 どうして火あぶりにされなくてはいけないのかという疑問が解けたけれど、昔は魔法が使えることによって殺される時代だったことがとても悲しかった。
 神という存在が与えた魔法は、今では当時よりも多くの人が使える。それは神が今でも選んで与えているものなのだろうか。それとも、家計を調べていけば魔法を使っていた人に辿り着くのだろうか。レーメンツ家にはいままで魔法を使えた人はいないというし、母様の家系にも魔法を使えたという人は聞いたことがないという。
 それなら私は神に選ばれた魔法を使える人間なのか。それとも、偶然魔法が使える存在として生まれたのだろうか。

「魔法学を学んでいけば、どうして私が魔法を使えるのかわかるのかしら?」

 教科書から目を離して私は自分の右手を見た。どうして私は攻撃魔法ではなく、回復魔法を使うことができるのか。
 回復魔法を使えるため、いつか役立てたいと考えるようになったけれど私がこの魔法を撃変えることに意味はあるのだろうか。
 明日の魔法学で聞いてみるのもいいかもしれない。聞いても答えがわからないかもしれないけれど、疑問を解決するために聞いてみるのが一番いいだろう。
 視線を教科書に戻して、先を読んで行く。見覚えのある名前を見つけたらどうしてもゆっくり読んでしまう。本当は魔法を使えたのではないか通と思ってしまうから。けれど、魔法を使えなかった人が多い。
 800年程前の出来事であっても、魔法を使える人は100人もいなかったのだろう。教科書の厚みから考えて全ての人が魔法を使えるわけではないだろうし、登場するすべての人が魔法を使えるわけでもない。
 歴史の人物で私と同じ回復魔法を使えた人がいないかを探してみるけれど、母様に寝なさいと言われても見つけることはできなかった。もしかするといないのかもしれないと考えて私は教科書を閉じて机の上の時計を確認した。
 時刻は23時。そろそろ寝ないと朝起きるのが大変だと思い、私は明日の準備をしてから机の電気を消してベッドに入った。


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