傭兵少女のクロニクル

なう

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第10話 ヒンデンブルク

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 森の中はうっそうとしていて、薄暗く、すぐに私たちから方向感覚を奪う。

「ひとりここに居て! 声で中継して!」

 私はまだかろうじて広場の明かりが見えるポイントでそう叫ぶ。

「わかった、私がいる!」

 と、生活班の伊藤楓いとうかえでが名乗り出てくれる。

「お願いね!」

 伊藤を置いて私たちは先を急ぐ。

「次、ここ!」
「じゃぁ、私がいるね!」

 と、次々中継ポイントを作っていく。
 こんな森の中で迷子になったら最後、おそらく、もうあの広場には戻れない。
 東園寺たちは山の形を覚えていれば大丈夫だと思っているようだけど、ここは樹冠、周囲の状況がわかる高さまで登れない。
 山すら見る事は出来ないだろう。
 だから、私たちが唯一の生命線になる……。

「史緒里聞える!?」
「うん、聞える、こっちだよぉ!!」

 微かにその声が聞こえる。

「次、ここ!」
「私の番ね!」

 福井麻美が残る。
 あとは、私と夏目の二人だけになった。

「な、ナビー、夏目、何をやっているんだ!?」

 と、少し離れた場所から私たちを呼ぶ声がした。
 見ると、それは、管理班の鷹丸大樹たかまるだいきだった。
 彼は東園寺の右腕って感じのお洒落な不良風の男。

「そ、そっちこそ、公彦とか新一とか、みんなは?」
「先に行っている、俺は木の枝を折って、広場の方角がわかるようにしている」

 なるほど、少しは考えているようね。

「どっちに行った?」
「あっちだ」
「ありがと、私たちは私たちで声の中継ポイントを作っているから、道に迷ったら叫んでみて」
「お、おう、わかった、ありがとう」

 と、私と夏目は彼が指し示す方角に走りだす。

「ナビー、あっちじゃない? 男子たちの声がする」

 夏目の言う通り声がする。

「じゃぁ、最後の中継ポイント、翼はここにいて」
「うん、わかった、私の声の届かないとこには行かないでね」
「うん、大丈夫、無理はしない」

 と、男子たちの声のする方角に向かって走りだす。
 その場所はすぐにわかった。
 光に溢れていたから。
 私は迷わず、その光に向かって走る。
 そして、光に飛び込む。
 一気に視界がひらけ、優しく風にそよぐ草花が目に飛び込んでくる。

「あ……」

 そこは草原……。
 広葉樹の森に囲まれた直径数百メートルほどの静かな草原。
 そう、私たちの広場と同じような場所だった。
 ただ一つ、違いを探せば、それは墜落した旅客機がないこと。
 その代わりに、そこには丘のような、または大きな木のような、複雑に枝が入り組んだオブジェのような物が鎮座していた。

「うわあああ、やめろ、やめろぉお!!」

 と、その叫びで現実に引き戻される。
 おっと、そんな事より、山本はどうなった? 

「くるな、くるなぁ!!」

 見ると、山本が木の枝を持ってぶんぶんと振り回して騒いでいた。
 その山本の周囲を東園寺と管理班の三人、あと生活班の安達と石塚が遠巻きに包囲している。
 ああ、でも、よかった、そんなに遠くまで逃げてなかった……。
 たぶん、私たちの広場から1キロも来てない。
 私は息を整えつつ、彼らのもとに歩み寄る。
 息よりも足の筋肉がやばい、ぴりぴり痺れて痙攣する感じ……、これはもっと走りこみをしなければ……。
 いや、走ったらすぐに肉離れ起こすしなぁ、まずは歩く事からはじめよう……、って、リハビリかよ……。

「どけろ、どけろぉ!!」

 と、そんな声が近くで聞こえた。
 視線を上げると、山本がこちらに走ってくるのが見える。
 な、なぜ、こっちに……? 
 ああ、そうか、東園寺たちは山本の進行方向をふさいでいるからか……。
 だから、山本は手薄な元来た方向、つまり私の方角に活路を見出したってわけね……。
 でも、誤算だったよね、私を誰だと思っているの? 私はパーフェクトソルジャー、ナビーフィユリナ・ファラウェイなんだから。

「な、ナビー、危ない!」
「逃げろ、ナビーフィユリナ!」

 と、みんなが心配してくれる。

「どけろって、いってんだろぉ、このぉ!!」

 山本が木の枝を振り上げる。
 枝が振り下ろされる瞬間、私は一歩前に足を踏みだす。
 そして、山本の軸足、そのかかとを私のかかとで強く打ち付ける。

「クロース・クォーター・テイクダウン」

 そのまま水泳のクロールの要領で手の平、掌低で彼のおでこを突き飛ばす。
 すると、山本の身体は腰を中心にして、後方にくるっと回転するように地面に叩きつけられる。
 まっ、テコの原理だよね、シーソーみたいな感じ。
 前の身体だったら、三回転くらいしてたと思うけど、今の身体ではこれが限界かな……。

「く、くそっ!」

 私は山本の手から木の枝を蹴り飛ばす。

「帰るよ、新一、みんな心配してるから……」

 と、優しく諭し、手を差し出す。

「か、帰るわけないだろ、この幽霊め!!」

 尚も彼は頭を押さえながら半身を起こし、そして周囲を見渡して、武器になりそうな物を探している。

「山本……」

 その時、東園寺がやってきた。
 そして、山本をまたぎ、そのまま両手で襟首を締め上げる。

「いいか、山本、おまえは何も考えるな、何も心配するな、すべて俺にまかせろ!」

 彼が珍しく声を荒げる。

「おまえを、クラスの全員を、俺が必ず生きて日本に返してやる、家に帰してやる、俺のすべてを懸けてやってやる、俺を信じろ、わかったかぁ!?」

 あら……。
 山本の心配ばかりしていたけど、東園寺も結構やばい。
 そういえば、この人あんまり寝てないよね、いつも焚き火の番とかして。
 彼もまた、人知れず追い詰められていたってわけね……。
 私はそっと彼のそばにしゃがみ、その頬を両手ではさむ。

「どうしたの、公彦……? あなたはクラスの精神的支柱、そのあなたがそんな顔をしていたらみんな不安になるよ……、そんなに声を荒げては駄目……」

 と、さらに東園寺の眉間によったしわを指でつつく。

「笑えよ、クソガキ」
「ナビーフィユリナ……」

 手本として、顔を傾けて笑ってやる。

「えへへ」

 長い金髪が風にそよぐ……。

「あ、ああ……、そうだな……、心配をかけて悪かったな……」

 と、東園寺は山本の襟首から手を放し彼を解放する。

「てか、なんなんだ、これ……?」
「なんか、人工物っぽくないか?」

 少し離れたところにいた生活班の安達と石塚が広場中央の大きなオプジェを見ながらつぶやく。
 私も興味を引かれてそちらを見る。
 高さは、そうね……、20メートルくらい、横幅は50メートルくらいある。

「これ、骨組みじゃないか?」
「ホントだ、なんかの天井っぽい」

 言われてみると、規則正しい、クモの巣みたいな感じの骨組みに見える。
 それに、蔦や細い木の枝が絡みついている感じ。

「これって、船じゃないか……?」
「いや、テレビで見た事ある、これ飛行船だよ、その骨組みだよ」
「飛行船? ヒンデンブルク号か?」

 と、みんながその骨組みの山に近づいていく。

「う、うわ!?」
「え、なんだ、これ!?」

 と、先行していた安達と石塚が足元を見て悲鳴をあげる。

「うわ、うわ、骨、骨、白骨死体がある!」
「こ、ここっちにも!」
「あちこちにあるぞ!!」

 うしろにいた管理班のメンバーも口々に叫ぶ。
 大量の白骨化した死体がある……。
 私は近づきそれを観察する。

「50年は経っているね……」

 それでも服装は確認できる。
 鈍色の鎧を着ている者、赤いクロークを身に纏った者、白いドレスを着た豪華な髪飾りをした者……。
 とにかく、皆、古臭い時代劇なような格好をしていた。

「なんだ、ここは……」

 東園寺が私の隣に立ちつぶやく。

「みんなが言っている通り、飛行船が墜落したんだね、で、この死体はその犠牲者……」
「墜落……、犠牲者……」

 彼が反芻するように言う。

「それはあとで考えよう、山本、帰るぞ、おまえらも」
「ああ……」

 山本がのそのそと立ち上がる。
 私たちは、とりあえず、あの飛行船の詮索はあとまわしにして、山本を連れて元いた広場に戻る事にした。
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