傭兵少女のクロニクル

なう

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第51話 落とし穴

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「くるぅ!」

 と、青い毛の子犬、クルビットがジャンプして黄色のフリスビーを空中でキャッチする。

「くぅ、また負けた!」

 小さいのに、足も速いし、1メートル以上はゆうにジャンプしやがる……。

「くるぅ! くるぅ!」

 と、ご機嫌に尻尾を振りながら私のもとにフリスビーを持ってくる。

「くるぅ! くるぅ! くるぅ!」

 そして、早く投げてと催促してくる。

「この子は将来きっと大物になるわ……」

 額の汗を手の甲で拭いながらつぶやく。

「くるぅ! くるぅ!」

 と、クルビットが早く投げてと急かしてくる。

「わかった、わかった」

 私は大きく振りかぶって、思いっきりフリスビーを空高く放り投げる。

「くるぅ!」

 それをクルビットが大喜びで追い駆ける。

「ふぅ……」

 と、麦わら帽子を手で押さえながら黄色のフリスビーを目で追う。
 私はもう追い駆けない、疲れた。
 クルビットがフリスビーを追い駆けているあいだにヒンデンブルク広場を見渡す。
 真ん中に骨組みだけの飛行船。
 その南側に牧柵。
 あるのはそれだけ、あとは草花が生い茂る草原が広がるのみ。
 あと、この広場に来ているのは牧柵のエシュリンと参謀班の5人のみ。
 狩猟班の夏目、笹雪、雨宮も一緒に来たけど、今はいない、周辺に食べられる野菜が自生していないか捜索に出かけている。
 で、話を戻して、参謀班が何をしているかと言うと……。
 私は広場のすみっこに座っている彼らのもとに歩いていく。
 彼らは一様にスケッチブックを持ち、熱心になにやら書き込んでいる……。

「ねぇ、どんな感じ、みんなぁ?」

 と、私は声をかけながら、みんなのスケッチブックを覗き込む。

「絵心ないから難しいな……」
「私はまぁまぁよ」
「細かいディテールがな……」

 みんなが口々に返事をしてくれる。

「どれどれ……」

 見ると、人見のスケッチブックには、骨組みだけの飛行船が精巧に描かれていた。

「おお……、上手……」

 蜘蛛の巣のように張った骨組みが見事……。

「雫はぁ?」

 今度は隣の綾原のスケッチブックを覗き込む。
 こっちは、麦わら帽子の女の子が描かれている。
 両手で麦わら帽子を押さえている笑顔の女の子、うん、どう見ても私だ。

「おお……、かわいく描けてる……」

 率直な感想を述べる。

「うん、自分でも上手く描けたと思う」

 私の感想に彼女は少し表情を和らげる。

「くるぅ!」

 あ、クルビットがフリスビーをくわえて戻ってきた。

「お! さすがクルビット、偉い!」

 と、しゃがんで顔をくしゃくしゃと両手でなでまわしてやる。

「くるぅ! くるぅ!」

 また、フリスビーを投げてと飛び跳ねて催促してくる。

「わかった、わかった、じゃぁ、行くよ!」

 と、また大きく振りかぶって、思いっきりフリスビーを空高く放り投げる。

「くるぅ! くるぅ!」

 それ目掛けて、大喜びでクルビットが走っていく。
 よし、それじゃぁ、絵画鑑賞の続きを。
 南条が描いているのは牧柵とウェルロットたち……。
 海老名は草花……。
 青山は……、山々……? そんなものを描いている……。

「みんな、上手だねぇ……」

 と、感心してつぶやく。

「まぁね、ずっと、描いているからね」
「銅版にしたら修正がきかないから」
「そうそう、失敗作が永久に残ったら恥ずかしいからね、満足がいくまで、何度でも書き直すよ」

 と、口々に言う。
 そう、この絵は銅版に彫って版画の原版にする。
 で、その版画は何かと云うと紙幣だ。
 今はその紙幣を作るための原画作りをしているってわけ。
 紙幣を発行して何に使うかと云うと、もちろん、現地の人たちとの交易に使う。
 人見のせいで、現地の人たちが魔法のネックレスでしか取引をしてくれなくなったから、苦肉の策として紙幣を発行する事になった。
 魔法のネックレスやブレスレットはこの新しく作る紙幣でしか売らないようにして、紙幣が欲しければ、この紙幣で物を買わせろ、って云うやり方。
 つまり、紙幣の価値を担保するのが魔法のネックレスやブレスレット、魔法本位制を取ると云うこと。
 レートはめんどくさいから、日本円と同じレート。
 ミルク一杯が100ラグナ、肉1キロが1000ラグナ、と云った感じで、こっちから売る魔法のネックレスは大人気だから、10万ラグナくらいぼったくる予定。
 ちなみに、通貨名のラグナは、もちろんラグナロク広場から取った。

「あ、ちょうどいい、ナビー、ちょっとそこに立って横向いて」
「う、うん……」

 と、言われた通りに横を向く。

「横顔を描かせてもらうわね……」

 どうやら、私をモデルにするらしい。

「か、かわいく描いてね……」
「うん、大丈夫、まかせて」

 みんなが向きを変えて、私を見ながら絵を描きだす。
 それで、話を戻して、狩猟班の女子が放牧中にも関わらず、その時間も惜しんで自生している野菜を探しに行ったのかの問題に立ち返る。
 それは、狩猟班の男子3人が忙しくなったから。
 紙幣を発行して、本格的に交易を始めると、大勢の現地の人たちがやってくる事になる。
 でも、ラグナロク広場に大勢の現地の人たちを招き入れるのも心配……。
 なので、広場の外に大きな市場、交易所の設置が必要になってくる。
 そう、和泉たち狩猟班の男子3人は、その市場、交易所の建設に借りだされているのだ。
 場所はと云うと、ルビコン川の向こう、そこに作ることにした。
 まずは、ルビコン川に石橋を架けるところからはじめる。
 馬車も通るかもしれないから、木ではなく石橋にした。
 全長は大体50メートルくらいになる予定。
 ちなみに、橋の名前は、ブリッジ・オブ・エンパイア、うん、私が考えた。
 だって、放っておくと割と普通なナビーフィユリナ記念ブリッジになりそうだったんだもん。
 なので、結構な大事業になりそうなので、和泉たちも借りだされたってわけ。
 それで、ブリッジ・オブ・エンパイアが完成したら、次に市場、交易所の建設に取り掛かる。
 そんな理由で私たち狩猟班は大忙し、このあと草刈して、干草も作らないといけないし……、でも、それも、石橋と市場が完成するまで、それが、完成すれば狩猟班の仕事の大半はなくなる。
 だって、食料は買えばいいじゃん、って事になるからね。

「ねぇ、まぁだぁ?」

 じっと立っているのも飽きてきた……。

「もう少し、もう少しだけ待ってくれ」
「私はいいよ、もうラフは出来た」
「俺も大丈夫、こんなもんだろ」

 と、参謀班の面々がスケッチブックと私を交互に見ながら言う。

「大河も早くして、もう10分くらい経つよ、クルビットも……」

 待っている、はず……。
 と、私は周囲を見渡す。

「クルビット……?」

 さらさらと風にそよぐ草花があるだけ……。

「クルビット?」

 いない……。

「クルビット、どこ?」

 私は目を凝らして、ヒンデンブルク広場のあちこちを探す。

「どうしたの、ナビー?」
「クルビットがいなくなった……」
「え?」

 みんながスケッチブックを置いて立ち上がる。

「どこかで遊んでいるんじゃいのか?」
「おーい! クルビットー!」

 みんなもクルビットを探してくれる。
 でも、いない……。

「俺、こっち探してみるね」
「私はこっち見るね」
「じゃぁ、俺はあっち」

 と、広場に散っていく。

「クルビット!」

 私は大声で名前を呼びながら広場を探し回る。

「クルビット、どこぉ!?」

 おかしい、いつもなら、呼んだらすぐに駆け寄ってくるのに……。

「クルビットー!」

 まさか、森の中に入って、迷子にでもなっちゃったの……? 
 顔が青ざめていくのがわかる。

「クルビット! お願いだから、返事をして!」
「くるぅ……」

 声がした! 

「どこ、クルビット!?」

 私は声がしたほうに全速力で走っていく。

「くるぅ……」

 小さなかぼそい声……。

「くるぅ……」

 私を呼ぶ声、怖がっている声……。

「クルビット!」

 ここだ、ここから声がする! 
 そこは、骨組みだけになった飛行船の中、そこの草むらからクルビットの声がする。

「クルビット!?」

 私は草を掻き分けてクルビットを探す……、でも……。

「穴!?」

 ぽっかりと地面に穴が開いていた……。

「くるぅ……」

 その穴の奥からクルビットの声がする。
 ええ……?  
 直径30センチくらいの穴……。

「クルビット!」
「くるぅ……」

 やっぱり、ここに落ちたんだ! 

「ナビー?」
「クルビットはいたの?」

 みんなが駆け寄ってくる。

「うん! ここ、ここ!」

 穴を指差して助けを求める。

「落とし穴?」
「なんで、こんなとこに……」
「あ、ここって、ナビーのドラゴン・プレッシャーが刺さっていた場所じゃないのか!?」

 そ、そうだ、この場所だ! 
 私は周囲を見渡して位置を確認する。

「しくじった、ちゃんと調べて埋めなおしておけばよかった……」
「すまん、ナビー」

 と、人見たちが謝る。

「どうする、人見、相当深いぞ?」

 と、穴に腕を突っ込んでいた青山がその腕を引き抜きながら人見に尋ねる。

「穴が小さすぎて入れん、掘るぞ」
「おーけー、人見」
「私、みんなを呼んでくるね!」

 と、海老名がラグナラク広場に向かって走っていく。

「くるぅ……」

 クルビットが私を呼んでいる……。

「ナビー、ちょっと離れて、今穴を掘るから」

 と、綾原が私の肩に手を置く。

「待ってられない……」
「うん?」

 穴は直径30センチ程度、みんなは入れなくても、私なら行ける……。
 綾原の手に私の手を重ね、それから彼女の手を握って肩からどかせる。

「行ってくるね……」
「え、ナビー!?」

 そして、足から穴の中に飛び降りる。
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