傭兵少女のクロニクル

なう

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第53話 一筋の光

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 急接近、互いの距離は1メートル以内。
 風の動きで死角から何かが迫ってくる事がわかる……。
 どうせ、横に払った腕だろう? 
 私はその腕を見もしないで、やつの手の甲に肘鉄をくらわす。
 ギギギ、ガガガ……、キーン。
 と、やつのレンズ状の目が私を捉える前に、最高速で崩れ落ちる。
 そして、そのまま一回転して、やつの足をかかと側から払う。
 まぬけなことに、人間の足と同じ形状をしてやがる。
 そんな足は簡単にうしろから払う事が出来るんだよ。
 ギギギ、ガガガッ。
 と、やつが仰向けに倒れていく。
 でも、それで終りではない。
 私はすぐさま立ち上がり、倒れてくるやつの後頭部を渾身の力で蹴り上げる。

「ピポロポッポ」

 お? なんか、しゃべったぞ? 

「ピポロポッポ」

 倒れながらもやつは顔をこちらに向け、そして、腕を伸ばして私を捕まえようとする。
 あまい。
 私の足はまだ振り上げられたままなんだよ……。
 足を振り下ろす。
 私のかかとがやつの胸あたりを強打する。
 やつの倒れる速度は加速し、一気に地面に叩きつけられる。
 埃が放射状に舞う、その瞬間に、私はステップを踏んで三歩ほど後退してそれをやり過ごす。
 埃と枯れ草が宙を舞う。

「うーん……」

 弱い、なんだ、これ? 
 てっきり、もの凄い速度とパワーで苦戦するものかと思っていたのに。
 あと、あの赤い目からレーザー光線を出したり、腕がガトリングになっていたり、背中からミサイルを発射したりしないの? ロボットなのに出来ないの? 
 これじゃ、東園寺ロボのほうが強いよ。

「ピポロポッポ」

 ギギギ、ガガガ……。
 やつがゆっくりと立ち上がり、頭をくるくると回転させ、私を探す。
 そして、私を見つけると、のろのろ、のろのろとこっちに歩いてくる……。

「うーん……」

 向かってくるロボの顔を見つめる……。
 バケツのような頭……、赤いレンズのような丸い目……、あとはリベットが打ち付けられているだけ……。

「うーん……」

 戦う気がないように見えるけど……。
 でも、万が一私を油断させる作戦だったら困るから、全力で破壊しに行くけどね。
 と、姿勢を低くして、やつの懐に飛び込むタイミングを計る。
 すると、ロボは私の3メートル先くらいで立ち止まる。
 そして、その長い手を伸ばし私の前に差し出す……。

「うん……?」

 ろ、ロケットパンチ……? 
 腕は長く、ロボの手が私の目の前までくる……。

「うん?」

 その手、指先の上にはお花が置いてある……。
 あの小さな白い鈴状のお花が一輪……。

「わ、私に……?」

 と、私は警戒を解き、そのお花を覗き込む。

「ピポロポッポ」

 うん、どうやら、私にプレゼントって言っているみたい。

「あ、ありがと……」

 と、手を伸ばして、そのお花を取ろうとする……。

「ピポロポッポ」

 けど、ロボの手が私の手をかわす……。

「む……」

 私はまた横に移動した手からお花を取ろうとする。

「ピポロポッポ」

 また横にかわしやがった! 

「な、なに、私にじゃないの?」
「ピポロポッポ」

 駄目だ、ロボ語がわからん……。

「ピポロポッポ」

 そして、またお花を差し出す。

「意味がわからん……」

 諦めて放っておくと、ロボはさらに手を伸ばし、そのまま、私の胸付近にまでお花を近づける。

「うーん……?」
「ピポロポッポ、ピポロポッポ」

 と、ロボが首を伸ばしたり縮めたりくるくる回転させたりしている……。
 差し出された手は、ぴったり私の胸に触れるか触れないかの位置で固定されている……。

「ピポロポッポ、ピポロポッポ」
「うーん……」

 私の胸か……。
 そっと、胸を触ってみる……。
 なで、なで……。
 さらに襟元から手をいれる……。
 さわ、さわ、ぎゅっ、ぎゅうぅ。

「ひっ!」

 強く握っちゃった! 
 と、思ったら、お花の位置が私のネックレスのペンダント部分と一致するね……。
 私はワンピースの中からペンダントを取り出す。

「これ?」

 そして、手の平に乗せてロボに見せる。

「ピポロポッポ、ピポロポッポ!」

 おお、ロボが大興奮、さっきより高速で頭をまわしているぞ! 

「ピポロポッポ……」

 ひとしきり頭を回転させたあと、ロボは私の手の平の上、ペンダントの赤い宝石の上に白い小さなお花を乗せる。

「ペンダントにか……」

 いや、このペンダントの本当の持ち主にかもしれないね……。
 しみじみと赤い宝石とその上の一輪の小さなお花を眺める。

「ピポロポッポ」

 と、目的を達したのか、ロボはゆっくりとどこかに歩いていく。

「くるぅ! くるぅ!」

 安全を確信してか、クルビットが黄色のフリスビーをくわえて勢いよくこっちに走ってくる。

「クルビット!」
「くるぅ! くるぅ!」

 と、私の胸に飛び込んでくるクルビットをペンダントを持つ手とは逆の手でキャッチして抱っこしてあげる。

「クルビット、怪我はなかった?」
「くるぅ!」

 と、フリスビーを私の胸と自分のあいだに挟んで、そのまま私のお鼻のあたりぺろぺろとなめはじめる。

「くすぐったいから、クルビット、でも、怪我はないみたいだね!」

 両手が塞がっているから、ほっぺでクルビットのぺろぺろ攻撃を回避する。

「くるぅ!」

 でも、お構いなしにクルビットはほっぺもなめてくる。

「ピポロポッポ」

 あ、ロボが戻ってきた。
 手にはなにやらコップが握られている。

「今度はなに?」

 と、私はロボに向き直る。

「ピポロポッポ」

 でも、ロボは私の言葉を無視して、その横を素通りしていく。

「うん?」

 ロボはホールの真ん中、あの一筋だけ光が差し込んでいる場所に向かう。
 私もそのあとを追う。

「ピポロポッポ」

 と、ロボはその場所でしゃがむ……。

「なにやってるの?」

 私はロボの背中ごしに背伸びして、光の差し込んでいる場所を覗き込む。

「ピポロポッポ」

 ロボがあの小さな白いお花に水をあげていた……。

「ピポロポッポ」

 コップ一杯のお水……。

「お花……」

 私はまわりこんで、ロボの正面にしゃがみ、一緒に小さな白いお花を見つめる……。

「これ、育ててるんだ?」

 返事はないだろうけど、そう尋ねてみる。

「ピポロポッポ」

 あ、返事があった。 

「そっか、育ててるのか……、大事にしてるんだね……」

 ここにだけお花が咲いている……。

「ピポロポッポ」

 たぶん、このロボ、ずっとここにいたんだよね……。
 100年くらい? 
 ずっと……。
 彼に人間らしい感情があるのかはわからないけど、もし、あるのなら、このお花が唯一の心の拠り所だったのかもしれないね……。

「ピポロポッポ」

 水遣りが終り、ロボが立ち上がる。

「あなた、名前は?」

 私も立ち上がり、彼の顔を見て名前を尋ねる。

「ピポロポッポ」
「ピポロポッポ?」

 うーん……? 
 それが名前なわけない……。
 と、少し視線を落として考えていると、ロボの胸に変な文字が刻まれているのが目に入った。

「うーん」

 くねくねした文字……。

「うーん?」

 目を細めて、近づいたり、遠ざかったりしながらその文字の解読を試みる。

「シャ……」

 SYAに見える……。

「ペ……」

 PEに見える……。

「ル……?」

 LUに見える。
 それで全部。

「シャペルか!」
「ピポロポッポ」
「あなたの名前はシャペルか!」
「ピポロポッポ」

 おお、やっぱりそうだったみたい。

「シャペル」
「ピポロポッポ」
「うん、シャペルだね」

 と、私は笑顔をつくる。

「ナビー!」
「どこだ、ナビー!」
「クルビット、出ておいでぇ!」

 その時、遠くからそんな声が聞こえてきた。

「あ、みんなが迎えにきた!」

 私は大急ぎで、ホールの隅、ここに入ってきた小さな隙間に向かって走りだす。

「みんなぁ! こっちだよぉ!」

 と、しゃがんで、その隙間の向こうに声をかける。

「ここか!?」
「ナビー、怪我してない!?」
「クルビットも一緒!?」

 私の声にかけつけてくれたみんなが口々に言う。

「うん、大丈夫だよ! クルビットも一緒! 崩れそうで怖いから、この鉄骨の山をどうにかして!」

 と、私も返事を返す。

「わかった、すぐに撤去する」
「危ないから、ナビーは下がっていろ」
「もう大丈夫だからね、すぐに助けにいくからね」

 みんなが鉄骨の撤去に取り掛かる。

「うん、お願いね」

 と、私は立ち上がり、数歩下がって、みんなが助けにきてくれるのをじっと待つ。
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