傭兵少女のクロニクル

なう

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第59話 たゆたう一会

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 うっすらとした朝焼けが山々を照らす。
 森は黒々としたモノトーンから朝日によって色を取り戻し、鮮やかな緑色へと変貌を遂げていく。
 朝日は山や森を飛び越え、直接ラグナロク広場に降り注ぐようになる……。
 今日も暑くなりそうな、そんな予感のする太陽だった。

「ナビー、忘れ物ない?」

 と、中央広場で夏目翼にそう話しかけられる。

「うん、大丈夫だよ、翼、ハンカチとティッシュも持った」

 ポケットからそれらを取り出して彼女に見せる。

「陽射しも強くなりそうだから、帽子はちゃんとかぶっててね、あと、水分補給も……」
「うん、大丈夫だよ」

 私は麦わら帽子を直しながら笑顔で答える。

「気をつけて行ってくるのよ、気分が悪くなったらすぐに言うのよ……」
「大丈夫だって!」

 しつこい! 

「ああ、心配……、東園寺くん、ナビーの事、お願いね」
「ああ、わかった……、よし、おめぇら、準備はいいか、忘れ物はないか!?」

 と、東園寺が軽く返事をしたあとに声を張り上げる。

「大丈夫っす、公彦さん」
「ういーっす」
「準備おーけー」
「こっちも問題ない」

 と、荷物の準備をしていた男子たちが口々に答える。
 そう、私たちはこれから遠くにお出掛けする。

「それじゃ、行くぞ!」
「「「おう」」」
「おお!」

 と、私は拳を突き上げて、先頭を行く東園寺のあとを駆け足で追う。

「エシュリン、どう? お尻痛くない?」
「大丈夫、ぷーん」

 エシュリンは笑顔で答えてくれる。
 彼女は今、東園寺の背中に座っている。
 そう、あれ、椅子。
 東園寺がリュックみたいに背負った椅子に座っている。
 これから、30キロ近く歩く事になるから、エシュリンはお座り。
 別に彼女が疲れるだろうから、こうしているわけではない。
 彼女も現地人、30キロくらいたいした距離ではない。
 でも、問題は速度。
 エシュリンのペースで歩いていたら日が暮れてしまう。
 私たちは魔法の力で強化しているからとにかく速い、エシュリンの倍以上のペースで歩いていける。
 なので、エシュリンにはこうやって大人しく座っていてもらう事にした。
 朝日を左手に見ながら進む。
 目的地はナスク村。
 そう、エシュリンの村だ。
 これから、私たちは行商にいく。
 いつも来てもらってばかりで悪いので、今回はこちらから行く、と云うのは建前で、主な目的は偵察だ。
 村の状況、生活水準、人口分布、主要産業……、と、様々な事を、物を売りながら観察する……。
 で、私とエシュリンは通訳として同行する。
 そして、私たちのうしろを歩く男子は5人。
 管理班の鷹丸、神埼、久保田、参謀班の南条、最後に狩猟班の和泉。
 それぞれ5人は山のような荷物を背負っている。
 私はもちろん、小さなリュックのみ、通訳だからね。
 管理班の面々で物を売り、その隙に参謀班の南条が偵察する、狩猟班の和泉は護衛、そんな役割。
 なんだかんだ言って和泉は強いからねぇ。
 振り返って、ちらりと彼を見る。
 いつもは弓だけど、今日は腰に長い細身の剣を差している。
 私の視線を感じてか和泉がかすかに笑う。
 しょうがないので、笑顔で手を振ってやる。
 和泉も手を振り返してくる。
 そんな事をしている間にルビコン川に到着。

「おお……」

 完成したばかりの石橋、ブリッジ・オブ・エンパイアの真ん中から朝日を望む。
 ルビコン川が金色に輝いている……。

「綺麗だね」

 と、私のうしろを通過しながら和泉がささやく。

「うん」

 よし。
 また小走りで先頭を歩く東園寺のあとを追う。
 そして、ブリッジ・オブ・エンパイアを過ぎるとすぐに広場に出る。
 直径50メートルくらいの広場。
 ところどころ石畳になっているだけの何もない広場……。
 そう、ここは市場予定地。
 名前はまだない。
 放っておくと、また割と普通なナビーフィユリナ記念市場とかになると思うから、その前に名前を考えておかないといけない……。

「うーん……」

 広場を通り過ぎながら名前を考える。
 市場か……。
 なんだ……。
 思いつかない……。
 まっ、帰りまでに考えておこっと。
 広場をぬけて森の中に入る。
 そこは、ちゃんとした道とは呼べないけど、現地の人たちが頻繁に行き来している事もあり、それなりに踏み固められ、道としての機能は最低限確保されている印象だった。
 歩きやすい、といっても、そこは深い森の中、ぬかるむ泥溜まりがそこらかしこに点在する。
 その泥溜まりを踏まないように避けながら先を急ぐ。
 鳥の鳴き声を聞きながら1時間ほど進むと上り坂にさしかかる。
 ここは、ヘルファイア・パスの麓。
 坂道のおかげか、森の中に日の光が届くようになり、また、地面も乾いたものになっていき、登るたびに歩きやすくなっていった。
 そして、数キロほど山道を進むと頂上に到着する。

「よーし、休憩だ、各自水分補給を忘れるなよ」
「ういーっす」

 と、東園寺が休憩を宣言し、みんなが山のような荷物を地面に降ろす。
 どのくらい来ただろうか、出発してから2時間ちょっと、15キロくらいだろう……。
 そうすると、旅の行程はだいたい半分くらいか……。

「お昼前にはナクス村に着きそうだね」

 私はリュックを降ろして、中からペットボトルを取り出す。
 それに口をつけながら周囲を見渡す。
 木々はまばら……。
 大岩がそこら中に転がる殺風景な場所。
 遠くからではわからなかったけど、ヘルファイア・パスって禿山だ。
 でも、そのおかげで景色は抜群! 
 私はすぐに水分補給を済ませ、ペットボトルをリュックにしまって、見晴らしのよさそうな場所を探して周辺の散策をはじめる。

「おお……」

 ラグナロク広場が見える場所を発見。
 深い森の中にぽっかりと空いた草原、陽射しを受けて輝き、白く光って見える……。
 その少し奥にも、白く光った広場が見える、ヒンデンブルク広場だ。
 手前のルビコン川を探すけど、さすがにそれは見つからない。

「もう15キロくらい来たからね……」

 そのかわりにこのカルデラ全体が一望出来る。
 山々が一周ぐるっと森を囲み、まるで緑色の湖のように見える……。

「ナビー、こっち、ぷーん!」

 と、エシュリンが来て、私の手を取りひっぱる。

「うん?」
「こっち、こっち、ぷーん!」

 ヘルファイア・パスの反対側に連れていかれる。

「おお……」

 こっちは大草原がどこまでも続く、くねくねと伸びる河川がいくつも流れる美しい景色……。

「あそこ、ぷーん! あそこ、ぷーん!」

 と、エシュリンがしきりに指を差す。
 その先は……。

「あそこかぁ……」

 集落がある。

「あそこが、ナスク村? エシュリンの故郷?」
「そう、ぷーん!」

 彼女が飛び上がって喜ぶ。
 村に帰れるのが嬉しいのかな? 
 エシュリンの喜ぶ姿を見てクスリと笑う。
 そして、あらためてナスク村を見る。
 まだ、距離はあるけど、その村の大きさは見て取れる。
 建物が100以上はある。
 人口は500といったところか……。
 ただ、定住しているわりには、周辺に畑がない。
 何で食べてるんだ? 
 首を傾げる。

「あ、牧畜か……」

 広がる大草原を見てつぶやく。

「休憩終りだ、出発するぞ!」

 と、東園寺の号令が聞える。

「あ、いこ!」
「はい、ぷーん!」

 私たちはみんなのところに走っていく。
 それから、私たちは山を下りナスク村を目指す。
 ひらけた草原に出て、小川を何本か越え、ぬかるむ湿地帯を抜け、歩く事2時間、ようやく現地の人たちが住む、ナスク村に到着する。
 村の前では大勢の人だかりが出来ており私たちを出迎えてくれる。

「ぽ、るっく、ナスク、わ、るって、ぷーん!」
「ナスク村へようこそ、ぷーん!」

 と、真ん中のおじいさんの言葉をエシュリンが同時通訳してくれる。

「ああ、すまない、突然押しかけて」
「いえ、いえ、お待ちしておりました」

 と、東園寺とおじいさんがハグするような感じでお互いの背中を叩きあう。

「どこか、商売道具を広げられる、広場のような場所はないか?」
「ええ、ええ、ありますとも、こちらにどうぞ、みなさんも」

 おじいさんが村の中に手招きする。
 ちなみに、これはすべてエシュリンの同時通訳によるやり取りだ。

「いこ、ナビー」
「うん」

 木造、からぶき屋根の建物が立ち並ぶ集落、通りは石畳ではなく砂利が敷き詰められただけの簡素なもの……。

「まぁ、想像通りか……」

 私たちはナスク村に足を踏み入れる。
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