傭兵少女のクロニクル

なう

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第62話 矢風涼静

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 帝国か……。
 非常に厄介だ。
 私たちの存在を知れば、支配下に置き、その知識、技術などを利用したいと考えるはず。

「我々辺境守備隊の任務は治安の維持、並びに叛乱の芽を早期に摘み取る事だ、大人しくしていれば、そうそう手出しはせん、帝国はこんな辺境とも呼べないような未開の地に興味はない」

 騎士長のシェイカー・グリウムが馬の上から私を見下ろしながら話す。

「それで、貴様らは何者だ、この村の人間ではないな? さらに奥地の蛮族か? 帝国の支配が及ぶ地域まで侵入してきて何をするつもりだ?」

 彼の顔を見ながら考える。
 長い目で見れば、帝国の庇護下に入る事はそれほど悪い事ではない……。
 でも、そこまで行くまでに、私たちに苦しい要求をしてくる事は容易に想像出来る……。

「私たちは旅の行商、村から村へと渡り歩く、定住の地を持たぬ者。ここでの商売が終われば、すぐに別の村へと旅にでる。心配しなくても、村々を襲い、略奪行為をする気など毛頭ない、大切な商売相手だからね……」

 ここは隠しておいたほうが無難ね。

「ほう、旅の行商か……、最近、奇妙な装飾品が出回っていてな、それはなんでも身体を軽くしたり、傷を癒してくれたりする、にわかには信じがたい、魔法のような装飾品らしい……、それを売り歩いているのが、貴様らか?」

 チッ……。
 人見め、厄介な……。

「いえ、それは私たちとは無関係、あの品物を見ればわかるだろう、工芸品、日用品を売り歩いているだけだ」

 と、広げた商品を手で指し示しながら話す。

「ふむ……」

 シェイカー・グリウムがそちらのほうに馬をやり、商品の確認をする。

「そうか……、違うな……、だが、何か情報はないか? 伯がえらく興味をお持ちになってな、その魔法の装飾品とやらに、そうそう、伯が手に入れた魔法の装飾品はこんな形をしているらしい……」

 こちらに戻ってきながら、シェイカー・グリウムが胸元から一枚の紙切れを取り出す。

「これだ、見覚えはないか?」

 そして、その紙切れを私に見せる。
 そこに描かれているのは、ひし形のネックレス。
 そう、人見たち、参謀班が作った魔法のネックレスだ。

「見た事ないわね、知らないわ……」

 首を横に振る。

「ほう、知らないとな? なら、今、貴様が首から下げているものはなんなんだ? この絵とそっくりではないか?」

 うっ? 
 私はとっさに胸元に手をあてて、ネックレスの所在を確認する。
 あっ!? 
 外に出てる! 
 な、なんで!? 
 ああ!? 
 そ、そうか、エシュリンを投げ飛ばしたりしたときに外に出ちゃったんだ! 

「そ、それとは、違うわ、こ、これは、母の形見のネックレスだから……」

 しどろもどろに苦しい言い訳をする。

「そうか、母君の形見か……、それは失礼した……、だが……」

 と、シェイカー・グリウムが馬を降りる。

「見れば、見るほど、そっくりよのぉ……」

 そして、私に近づきながらつぶやく。

「やはり、同じ物ではないのか?」

 さらに、私の胸に顔を近づけて言う……。

「どれ、見せてみろ」

 おもむろに私の胸に手を伸ばす……。

「私に触るな、下衆」

 と、反射的にやつの横っ面に肘鉄をくらわす。

「へげぇ!?」

 すると、やつのかぶるヘルムがぽーんと空高く飛んでいった。

「へげぇ、おげぇ、ほほっ!?」

 よろよろと何歩よろめく。
 ヘルムが脱げてその顔がよく見えるようになった。
 短く刈った金髪に日に焼けたちょっと角ばった顔をした好青年って感じの人。
 おもったよりも若い、20歳前後だろう。

「き、騎士長!?」
「だ、大丈夫ですか、騎士長!?」

 と、他の兵士たちが馬を降り、シェイカー・グリウムに駆け寄る。

「だだ、大丈夫だ、こ、これしき、こむ、こむ、小娘の肘、ななな、こっこここ……」

 と、やつが腰から崩れ落ちる。

「こけ、ここっこ……」
「騎士長!?」
「こ、こっこここ……」

 そして、他の兵士に両脇を抱え上げられながら、なんとか立ち上がろうとするけど、足に力が入らない。

「み、水、水だ……」
「どうぞ、騎士長!」

 と、シェイカー・グリウムが部下から水筒を受け取り、それを頭からかける。

「くぅあぁ……」

 ぶるぶるして、水をひと口飲む。

「な、なんなんだ、あの小娘は……、死ぬかと思った……」

 と、彼は部下に手を借りながらなんとか立ち上がる。

「だが、惚れた、小娘、ともに来い、俺様の嫁にしてやる」

 な、なに? 

「よく見れば、美しい、ふむ、申し分ない……」

 と、私の身体をじろじろと見る。

「や、やめて……」

 彼の視線から自分の身体を隠す。
 な、なんだろ、この身体の奥底から湧き上がるような恐怖は……。

「いやか、小娘?」
「も、もちろん」
「なら、仕方ないな、メイラース!!」

 と、にやりと笑ったあとに叫ぶ。

「おう……」

 すると、最後尾からのそのそと大男が歩いてくる。
 フルプレートヘルムにフルプレートアーマーの大男、手には巨大なメイスが握られている。

「ふははは、こいつはメイラス、我が帝国が誇る強戦士だ」

 どすん、どすん、と歩いてくる、身長は2メートルくらい、佐野より大きいかもしれない。

「今からメイラスと決闘をしてもらう、貴様らも一人だせ、それで白黒をつける、止太刀なしの死闘だ、もし、貴様らが勝てば、今日の一件はすべて水に流してやろう、但し、我々が勝てば、小娘、おまえは今日から俺様の嫁だ、毎日ヒーヒー言わしてやる」

 な、なんだ、それ!? 

「はやくしろ!!」
「ひぃ!?」

 と、私はみんなのもとに逃げ帰る。

「ナビーフィユリナ、どうなった?」

 東園寺が尋ねてくる。

「い、いや、それがさぁ……、なんか、よくわからないけど、あの大男と一対一の決闘をする事になっちゃった……、それで、勝てば、見逃してくれるんだって……」
「け、決闘……、ナビーが?」
「ううん、誰か一人出してって……」
「つ、強そうだな……」
「誰がやる?」

 と、みんなでフルプレートアーマーの大男を見ながら相談する。

「和泉か……?」
「ああ、和泉が一番強ぇ……」

 彼に視線が集まる。

「かまわない、俺がやる」

 涼しい顔で和泉が言ってのける。
 おお、頼もしい、彼ならやってくれる、あんなやつの嫁になるなんて、まっぴらごめんだよ。

「いや、俺がやる……」

 と、東園寺が前に出る。

「東園寺?」
「公彦さん?」
「大丈夫っすか?」

 みんなが心配する。
 でも。東園寺は無言で前に進み出る。

「ほう、おまえが相手か……」

 シェイカー・グリウムがにやにやいやらしく笑いながら言う。

「こいつは、強ぇぞぉ……、もう50人は殺しているか? なぁ、メイラス?」
「もっとっす、騎士長」
「ほほう……、流石だな、強戦士……」

 と、やつらは話しているけど、東園寺には何を言っているかわからなかっただろう。

「公彦」

 彼と話をしようと駆け寄る。

「ナビーフィユリナ」

 私に気付いた東園寺が顔だけをこちらに向ける。

「ボスとリーダーの違いはなんだと思う?」
「うん?」
「ボスとは後方の安全なところで偉そうにふんぞり返って指図するやつの事を言う……、その反対にリーダーは先陣をきって走り仲間を引き連れていくやつの事を言う。俺はな、リーダーであり続けたいんだよ、和泉の背中に隠れているわけにはいかないんだよ」

 なるほどね……。

「そっか、そういえば、あなたはいつもリーダーだったよね……」

 旅客機が墜落したあの日から、あなたはいつでも先頭をきって働いていたよね……。

「さがっていろ、ナビーフィユリナ」

 そして、前を向き、敵を見据えながら静かに言う。

「うん、ご武運を……」

 徳永の真似して言ってみる。

「ああ……」

 私は彼を見送りながら、後方のみんなのところに戻っていく。

「ナビー、心配するな、俺がやっても東園寺がやっても同じだ、勝つよ」

 と、和泉が私を落ち着かせるように、軽く微笑みながらそう言ってくれる。

「うん、公彦は強いよね」

 彼の背中を頼もしく見る。

「では、死闘を始める、ルールは至ってシンプルだ、どちらかが死ぬまで戦う、それ以上でもそれ以下でもない」

 と、シェイカー・グリウムがルールの説明をする。

「それでは、構え!!」

 その号令で強戦士のメイラスがメイスを両手で持ち、足を大きく開き腰を深く落としてどっしりと構える。

「公彦?」

 一方、東園寺は棒立ちで、メイラスではなく、シェイカー・グリウムのほうを見ている。
 ああ!? 
 そうだ! 東園寺は現地の言葉がわからないんだった! 

「公彦、武器を抜いて、決闘がはじまるよ!!」
「死闘、はじめ!!」

 と、私の声とシェイカー・グリウムの声が重なる。

「うおおおおおお!!」

 そして、メイラスが低い姿勢のまま東園寺目掛けて突進する。
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