傭兵少女のクロニクル

なう

文字の大きさ
83 / 150

第83話 ゆくえも知らぬ

しおりを挟む
 やがて、広場、プラグマティッシェ・ザンクツィオンから敵の姿が消える。

「ふぅ……」

 と、一息つく。
 そして、襟元のネックレスのチェーンをつまみ、ペンダント部分を持ち上げて、そこにふーふー息を吹きかける。

「ふーふー、すごい熱くなってる……、ふーふー」

 ただ持ち歩いている時よりも、戦闘で使うほうが熱くなるのが格段に早かった……、まぁ、当然と言えば当然だけどね、魔力の使用量が全然違うだろうし……。

「でも、いい剣だね、あらためて気に入ったよ」

 と、地面に突き刺さっているドラゴン・プレッシャーの柄を軽くポンポンと叩く。

「な、ナビー、大丈夫か、怪我はないか……」

 近くで腰を抜かしていた神埼竜翔がふらふらと立ち上がり、私の身体を気遣ってくれる。

「りゅ、竜翔こそ! 血出てるよ!」

 と、私は慌てて彼に駆け寄り、その身体を支える。

「だ、大丈夫だ……」

 と、彼は言うけれど、口元を押さえた手の隙間からポタポタと血がしたたり落ちていた。

「雫! 魔法、魔法!」

 私は両手を大きく振って綾原雫を呼ぶ。

「どんな感じ? 痛む?」

 と、彼女はすぐに駆けつけてくれる。

「ああ、ちょっと、い、いや、だいぶ……」

 そのまま、その場に座り込む。

「手を放して……」
「ああ……」

 と、神埼が口元から手を放すと、血がポタポタではなく、一本糸を引くように地面にこぼれ落ちた。

「うわぁ……」

 久保田があとずさる。

「歯が抜けたとか、そんなんじゃなくて、顎とか鼻が折れてるんじゃないのか、それ……」

 秋葉も眉間にしわを寄せて言う。

「わからないわ……、とりあえず、応急手当をする……、アスタナ、美くしき、流れのほとりで、慈雨にその身を任せ、癒しの精霊糸ミインテールレット

 綾原の指先からふわふわとした糸が吹き出し、それをわた飴の要領で指にくるくると巻いていく。

「止血するね……」

 そして、それを神埼の口元、鼻元にあてる。

「ラセンカ、精霊の森に眠る悠久の追憶よ、トゥパ、審判の時に雨粒が草木を潤す、天の后の地知リリラルレイ

 さらに魔法を唱えると、優しい光が神埼の身体を覆う。

「そ、それにしても、ナビーが走ってきた時はびっくりしたよ」

 と、久保田が神埼から視線を外して別の話題を振る。

「だけど、神埼を殺ろうとしてるやつに飛び蹴りを食らわした時はスカッとしたね、痛快だった!」

 明るい口調で続ける。
 たぶん、血を見るのが嫌なんだと思う、必死に視線を逸らしている。

「いやぁ、でも、秋葉の弓での牽制があったとはいえ、ナビーのハッタリが効いてよかった、まさか、逃げていくとはな、いやぁ、大手柄だよ、ナビー、でも、もうあんなことはしちゃ駄目だぞ、危ないから、怪我しても知らないぞ」
「うん……、ごめんなさい……」

 神埼の治療を見守りながら、適当に返事をする。

「綾原!」
「これは!?」

 と、走ってくる人影見えた。

「悠生! 大河!」

 それは、参謀班の青山悠生あおやまゆうせい南条大河なんじょうたいがだった。

「竜翔が怪我したの! 助けて!」

 と、私は彼らに助けを求める。

「ええっ!?」
「うわっ、なんだ、これ!?」

 二人は大量の血を見て言葉を失う。

「よかった、来てくれたのがあなたたちで……、ありったけの力で媒体照射レティクルお願い」
「わかった、行くぞ」
「おーけー、ソプラナ、柔和なる方よ、旅路の果てに舞い降りた大地の支配者よ、媒体照射レティクル

 と、質問もそこそこに綾原の指示で呪文を唱え始める。
 詠唱が終わると、二人の身体から渦を巻くような煙が出てきて、それが綾原に向かっての伸びていき、その煙が彼女の身体を中心に渦を巻き、やがて、吸い込まれるように消えていく。

「ありがとう、安定した、血は止まった……、それで、状況はどうなっているの? 人見はなんて? あ、これで押さえて」

 と、綾原はポケットからハンカチを取り出し、それを神埼の口元に運び、自分で持たせる。

「すまん……」

 口元を押さえながらお礼を言う。

「で、状況は……?」

 立ち上がり青山、南条に向き直る。

「状況って……、俺らはそれを聞きに来たんだが……、なぁ……?」
「あ、ああ……、いったい、これは……、それに、この鎧のやつら……、戦闘でもあったのか……?」

 二人は顔を見合わせ、さらに周囲を見渡す。

「うん、戦闘があった、私たちは必死に応戦した……、それで、来たのはあなたたちだけ?」

 綾原がもう一つのハンカチを取り出し、血まみれの手を拭う。

「戦闘って、マジかよ……、ああ、俺たちだけだ……」
「途中まで、有馬と清瀬と一緒だったけど、途中で大勢のナスク村の人たちに出くわして、怪我人もいるようだったので、二人には村の人たちの避難誘導を頼んで、俺たちはこっちの偵察にくることにした」

 有馬仁ありまじん清瀬達也きよせたつやは管理班の人で、背の高い、坊主頭の野球部の人たちだ。

「そう……、人見はなんて……?」
「いや、別に、これといっては……」
「そう……」

 綾原は少しうつむき、考え込む仕草をする。

「というか、ナビー、ちゃんといるじゃないか、誰だよ、行方不明とか言ったの」
「おお、かわいい子がいると思ったら、やっぱりナビーだったか、相変わらずかわいいなぁ」

 二人に話しかけられる。

「みんな探してたんだぞ、特に夏目さんが」
「まぁ、でも、綾原と一緒だったのなら、心配いらなかったな、それにナビーはいい子だから、ひとりでどっか行ったりしないさ、こんなにかわいいんだから」

 と、南条に頭をポンポンされる。

「にゃん」

 おっと、思わず声が出てしまった……。

「それでは、こうしましょう」

 考えがまとまったのか、綾原が口を開く。

「私と南条、青山で市場に集まった人々の具合を診て、怪我の程度の軽い者から順次ラグナロク広場に送りだす。重症の者はあとからラグナロク広場から応援を呼んで運ぶから、どこか、安全な場所に集めておく、いい?」
「おーけー、さっそく始める」
「じゃぁ、俺はこっちか診るぜ」

 と、南条と青山が広場に散っていく。

「あと、秋葉と久保田は周囲の警戒、侵入者を発見したらすぐに教えて、その際、戦闘は極力避けて、すぐに避難するから」
「わかった」
「危ないのはこっちの森側だな」

 秋葉と久保田も自分の仕事を確認して配置につく。

「最後に、神埼は……、申し訳ないけど、治療は後回しで、ナビーを連れてラグナロク広場に戻ってちょうだい、そして、人見と東園寺くんにここの状況を説明して、大至急応援を寄こすように伝えて」
「ああ、わかった、了解した……」

 と、神埼が立ち上がる。
 足元がふらつくこともなく、しっかりとした足取りだった。

「よし、いくぞ、ナビー」

 と、口元のハンカチを離し、それを見る。
 確かに、出血は止まっているようだった。

「ちゃーりしりてりー、はーす、なぎ、るって、ぱーす、ぽろぽろまい、ふらむ、ろーす」

 と、座り込んでいた村長さんが話す。

「ナビー、なんておっしゃっているの?」

 綾原が私に通訳を求める。

「うーん……、自信ないけど、たぶん……、まだ森の中に大勢の村人がいるから助けて、かなぁ……」
「そう……、助けたいのは山々ですけど、敵兵が潜んでいる可能性がある限り、我々が森の中に分け入り救助活動を行うことはございません、我々は我々の命を最優先に考えていますので、そう伝えて」
「うん……」

 と、言われた通り通訳する。

「きゅー……」

 村長さんが肩を落とす。

「それにしても、ナビーを連れて行っていいのか? 通訳はどうするんだ?」

 と、神埼がハンカチで鼻を押さえながら言う。

「そうね……、でも、あっちにも通訳が必要でしょうし、何よりここは危険、ナビーをこのままにしてはおけない」
「そうだな……、こんな時、エシュリンがいてくれたらな……」

 と、またハンカチを離し出血を確認する。

「えしゅりん!」

 その単語に反応して村長さんが叫ぶ。
 そういえば、エシュリンの存在をすっかり忘れてた、あいつどうしたんだ? 

「エシュリンを助けてくれ! 彼女はまだ森の奥にいる!」

 現地の言葉でそう続ける。

「森の奥に? なぜ?」
「子供たちの足が遅い、置き去りにされた子たちもいる……、それを迎えに行ったのだ……」

 表情を曇らせ視線を落とす。

「ナビー、なんて? エシュリンって単語が聞えたようだけど」
「うん、エシュリン、彼女が森の奥に行ったって、他の村人を助けに」

 綾原にそう通訳する。

「はぁ……、信じられない……、次から次へと問題が……」

 大きく溜息をつき、額に手をあてる。

「厄介事だな、どうする、計画を変更するか? 俺がエシュリンを探しに行ってもいい、おまえの治療のおかげで痛みもほとんどない」
「いや、駄目よ、計画通り進めて、あなたの怪我も心配、ラグナロク広場に戻って、ちゃんと唯に診てもらって、エシュリンのことは、応援が来てから考えるから」
「そ、そうか……」

 と、綾原と神埼で話し合う。

「頼む、エシュリンを助けてくれ!!」

 村長さんが必死に訴える。

「あの子は不幸な子なんじゃ! こんなところで死んではいけない子なんじゃ!」

 さらに続ける。

「あの子は貧しい村の生まれで、わずかな金銭でナスク村に売られてきた……」

 叫びすぎて苦しくなったのか、両手を地面につく。

「村長さん……」

 その背に手をあて優しくさする。

「それでも、あの子は、文句一つ言わずに村のために必死に頑張って、皆から認められて、今や姫巫女と呼ばれるまでになった……、これからなんじゃ、あの子の人生はこれからなんじゃ、頼む、助けてやってくれ……」

 息も絶え絶えで訴える。

「うーん……」

 どうしたものか……。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

貞操逆転世界に転生してイチャイチャする話

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が自分の欲望のままに生きる話。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~

専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。 ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

処理中です...