傭兵少女のクロニクル

なう

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第87話 積雲紋もあやしく

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 七夕の惨事から明けて翌日。
 その日は朝から慌しく、避難してきたナスク村の人たちの寝床や食事の準備に追われていた。
 また、怪我人も多く、その治療が最優先で行われている。
 その忙しさからか、事情聴取は後回しにされ、詳しいことはわかっていない。
 それでも、わずかに情報は漏れ伝えられ、それを受けて、午後から班長会議が開催される運びとなった。

「帝国軍がナスク村を襲撃した、その理由だが……」

 ここは、ラグナロク広場の中央にある大きな建物、割と普通なナビーフィユリナ記念会館。
 中央に大きな楕円形の白いテーブル、そこに、議長の東園寺公彦を囲むように、各班の班長たちが着席している。

「知っての通り、ナスク村は帝国の保護領であり、みかじめ料、つまり税金を納めている植民地、飛び地ということになる……」

 話しているのは、参謀班の班長、人見彰吾だ。

「そんな植民地がどうして襲われ、焼き討ちにあったのか……」

 テーブルの上には地図が広げられている。

「しかも、こんな、辺境よりも、さらに奥地の未開の地まできて……」

 私たちはその地図を見ながら彼の話を聞く。

「メリットがないわ…、そうなると、私たちとの関係を疑うわね……」

 女性班の班長、徳永美衣子が疑問を口にする。

「そうだ、徳永、帝国から見て、こんな奥地まで派兵するメリットがナスク村にはあった……、つまり、我々……、いや、はっきり言おう、我々じゃない、これだ」

 と、人見がポケットから何かを取り出し、ジャラジャラと音を立ててテーブルの上に放り投げる。

「はぁ……、だよねぇ……」

 それを見て、徳永が大きな溜息をつく。

「アミュレット……、魔法のネックレスかぁ……、まさか、こんなことになるとはねぇ……」

 生活班の班長、福井麻美の言う通り、人見がテーブルの上に放り投げたのは銀色の魔法のネックレスだった。

「わかった……、要するに、ナスク村が襲撃され、大勢の村人が殺されたのは、我々の所為だというのだな……?」

 険しい表情で腕組みをしていた東園寺が口を開く。

「そういうことになる」

 室内に重苦しい空気が漂う。

「じゃぁ、次のターゲットは私たちってことになるよね? もう私たちが魔法のネックレスを作ってるって、ばれちゃってるのかな?」
「いや、おそらくはまだだ、知っていれば、ナスク村ではなく、直接ラグナロクを狙ったはずだからな」
「そっか、なら、情報が漏れないように、口止めしておかないと……」
「それは無理だろう、いずれ知れることとなる、今は知れた時の対処を考えるのが先だ」

 と、福井と人見が話す。

「ちょっと待ってよ、それも大事かもしれないけど、今現在、このラグナロクにいるナスク村の人たちをどうするかを考えてよ、いつまで住まわせる気なの? 食料とかはどうするの?」
「彼らは160人いる、俺たち狩猟班だけでなく、全員で狩猟、採集しても到底間に合わない」

 徳永と、狩猟班の班長、和泉春月も話しに加わる。

「出て行ってもらうしかないだろう」
「出て行ってって、怪我人もいるのよ、人見くん? なら、食料集めとか何か手伝ってもらうとかはどう?」
「160人分をか? 無理に決まっているだろ、マルサスの罠やリカードの罠を知らんわけでもなかろう……」

 人見が銀縁メガネを中指で直しながら言う。
 彼が言う、マルサスの罠やリカードの罠は、人口増加分を労働力に変換するときに発生する需給ギャップによる食料供給不足のことを言う。
 簡単に言えば、一人増えたら、その一人が仕事をしてもすぐには食料を生み出せない、一人増やすならば、事前に一人分の食料、食い扶持を確保しておかなければ不足してしまうって理論。

「それに、住まわせるとしたら、それは、移民ってことなるよね……、それには反対」
「どうしてよ、麻美、私たちでのせいであの人たちは村を追われたのよ、追い出すだなんて、かわいそうよ」
「移民よ? 移民って言ったら、問題ばかり起こす人たちのことよ? 移民は人の良心に浸け込み、ご先祖様が築き上げてきた富と繁栄を貪り、災いを吐き出す悪魔のような存在、って本で読んだことがあるんだから」

 どこの本だ……、って、ツッコミを入れそうになった……。

「言葉は悪いが俺も福井と同意見だ、受け入れ準備が整っていなければお互い不幸になるだけで、何一つ良いことはない」
「俺も反対だ、160人分となると、相当森を切り開かないといけない、森林を無計画に伐採していたら、山菜や果実が採れなくなり、遠くまで採りに行かなければならなくなる、森はラグナロクの生命線、大事にしたい」

 と、東園寺と和泉が言う。

「だ、だからって、追い出すのは、ちょっと……」

 徳永が言葉を詰まらす。
 4対1でナスク村の人たちをここに住まわせるのは反対ってことだね。
 で、どうやって追い出すかだけど、健康な人はいいとして、問題は怪我人だよね……。

「うーん……」

 と、カップの水をちびちび飲みながら考えを巡らす。

「うーん……」

 わからん。

「まとめるぞ」

 と、東園寺が議論に終止符を打つ。

「ナスク村の方々には出て行ってもらう。その際、状況に応じて猶予を設ける。健常者で尚且つ外部に親戚などの頼れる身内がいる場合は直ちに出て行ってもらう。次に怪我人、直り次第出て行ってもらう。最後に子供や女性、老人などで他に頼れる身寄り、親戚などがいない場合だが……、これにはある程度の滞在期間を認めようと思う。もちろん、知り合いなど、頼れる者を探し、ここから出て行けるよう努力はしてもらう、無理なら、その時あらためて考える。こんなものか……、異論はあるか?」

 東園寺がそれぞれの顔を見て確認する。

「東園寺くんがそれでいいなら……」

 徳永が視線を逸らして、ポツリと述べる。

「他に異論はないな、では、今は忙しい、一時解散する、夜にもう一度会議をやる、各自、それまでに情報収集をし、意見をまとめておいてくれ、以上だ、解散!」

 と、解散を宣言する。

「お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
「了解、お疲れ……」

 みんなが手帳を手に席を立ち、割と普通なナビーフィユリナ記念会館をあとにしようとする。

「東園寺、話しがある、ちょっといいか?」
「なんだ、人見? 今じゃないと駄目なのか?」
「ああ、急ぎだ」
「手短に頼む」

 と、東園寺、人見、二人だけで内緒話しを始める。
 本当はこういうの良くないんだけどね、話すなら会議中に、みんなのいるところでやりなよ……、と、内心思うけど、それには口を挟まずにその場をあとにする。
 外に出ると真っ青な晴天が私を出迎える。
 まばらな積雲と強めの日差し、草花の香りが鼻をくすぐり、虫たちの鳴き声が耳を楽しませてくれる。

「なんか、夏っぽい!」

 と、大きく背伸びをする。
 一方、その夏っぽさとは裏腹に中央広場では大勢の人たちがひしめき合い、がやがやとしていて騒がしかった。
 その大勢の人たちの中をラグナロクのみんながせわしなく動き回る……。

「ホントに、これ、どうするんだろ……」

 160人って言ったか? 
 私はその人たちを横目に牧舎を目指して歩きだす。

「まっ、私には関係ない、私にはシウスたちの世話っていう、大事な仕事があるんだから」

 と、意気揚々と歩く。

「ふんふん、ふふん、カチューシャ元気にしてるかなぁ」

 もう上機嫌! 

「ぴよぴよ、ぴよぴよ!」

 と、ピップたちのモノマネをしながら、大きく手を振り行進するように歩く
 ああ、楽しいなぁ、幸せだなぁ。

「ぴよぴよ、ぴよぴよ!」
「くるぅ!」
「お?」

 青い毛の子犬が走ってきたぞぉ? 

「くるぅ、くるぅ!」

 と、子犬がものすごい跳躍力で私の胸に飛び込んできた。

「くるぅ、くるぅ、くるぅ!」

 そして、大喜びで私のぽっぺをなめてくる。

「わ、やめて、やめて、くすぐったいってば、クルビット!」

 そう、これは私の愛犬クルビット。

「くるぅ、くるぅ!」

 でも、全然言うことを聞かない……。

「それなら!」

 と、彼を強引に引きはがし、そっと地面に降ろす。

「よーし、競争だぁ!」

 と、言い、全速力で牧舎に向かって走りだす。

「くるぅ!」

 クルビットも私のうしろを追い駆けてくる。

「あははっ」

 と、両手を広げて、風を真正面に受けて走る。
 ワンピースのスカートから入った風が身体を駆け上がって、それが、ぶわっと胸元から出て、ふわっと前髪を持ち上げる。

「楽しい!」
「くるぅ!」

 私たちは青空の下、太陽の光をまぶしく照り返す白い石畳の上を全速力で駆けていく。
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