傭兵少女のクロニクル

なう

文字の大きさ
94 / 150

第94話 ベルゲンデン

しおりを挟む
 砦、建物の中は石造りのせいか、外よりも幾分かひんやりとしていた。
 カツ、カツ、カツ、と、前を歩くマジョーライの軍靴の音が石壁に反響して大きく響き渡る。

「こちらへ……」

 そして、ひとつの部屋……、会談の場だろう、大広間に通される。
 総石造り、装飾の類は一切ない、グレー一色に統一された広く寒々とした殺風景な大広間……。
 その大広間の中央には木製のテーブルが置かれ、その上にはナプキンと空のグラスが席の分だけ配置され、また、この広間には窓がなく、壁に取り付けられている燈台が周囲を照らし、テーブルの上のグラスをキラキラと輝かせていた。

「着席してお待ちください……」

 マジョーライがうやうやしく礼をして退場する。

「うーん……」

 と、私は真ん中、中央の席に座る。

「それじゃ、俺はここ……」

 南条が私と十席くらい離れた端から二番目の席に座る。

「それじゃ、失礼するよ……」

 と、和泉と東園寺が私の両側に座る。

「ふぅ……」

 一息つき、白クマのリュックサックを足元に置き、中から水の入ったペットボトルを取り出し、その蓋を開けて、コクコク、と、二口くらい飲む。
 他の三人も同じようにリュックを足元に置いて、中からメモ帳とか書類とか水とか色々取り出し、テーブルの上に並べていく。
 特に南条がすごい、何十枚もの紙を何席分にも渡って並べていく。

「カタルかっつうの……」

 内心つぶやく。
 いや、声に出たかも……。

「遠路はるばる、よくぞお出でくださいました」

 と、奥の扉から男が入ってきた。
 年齢は70歳くらい、長髪、白髪の、これまた丈の長い、法衣のような薄いブルーのローブを纏った痩せた老人。
 あ、この人、偉い人だ、と、直感的に感じ取り、私たちは立ち上がり挨拶をしようとする。

「いや、いや、私は千騎長ではないので、どうか楽にしておいてください」

 と、柔和な表情と手の仕草で私たちの動きを封じる。

「私は本国から派遣された国家上級書士、この会談を見届けさせていただこうと思いましてね」

 彼はそう言い、私の正面の席に着く。
 そして、私、東園寺、和泉の顔を見てにこやかに笑う。
 なぜ、正面、首座に座る……、この人、絶対偉い人だ……。

「千騎長の準備が整わないようなので、私がお相手でもしよう、そう思ってね……」

 私の表情を読んだのか、聞いてもいないのに、やつが答える。

「どういたしましたかな、お嬢さん?」

 優しく微笑む……。
 絶対偉い人だよなぁ、この人……、何かの探りを入れているのだろうか……。
 うーん……。
 思案を巡らす。

「ああ、自己紹介がまだでしたな? あ、しましたかな? いや、してませんね……」

 と、白い長い顎ひげを撫でる。
 この人、ボケてんのか……?
 真意をはかりかねる。

「私は国家高級書士の……」
「さっきとちげぇじゃねぇか!?」

 おっと、声に出しそうになった……、あぶない、あぶない……。

「え、ええ……、私は国家上級書士の……、サテリネアス・ザトー……」

 ああ? 
 サトー? 
 日本人か、この人? 
 落ち着け、そんなわけなかいから……。

「あなた方のお名前は?」

 サトーが笑顔を作り、私たちに自己紹介をうながしてくる。
 サトーか……、その前に、なんか言ったな、サテリネアスとか……、どういう意味だ……? 
 いまいち意味がわからない……。

「お嬢さんは……?」

 屈託のない笑顔で聞いてくる。
 うーん……、もしかして、サテリネアスって、なにかの略称なのかな? ミスターとかミスとか、または、レディースとかジェントルマンとか……。

「よし」

 胸に手をあて、

「私の名前は、サテリネアス・ナビー」

 と、笑顔で自己紹介をする。

「えへ」

 さらに顔を少しかたむける。

「お、おお……」

 よし、決まった……。

「ほら、みんなも自己紹介、サテリネアス・トウエンジ、サテリネアス・イズミ、サテリネアス・ナンジョウ、って……」

 と、小声で両脇の東園寺を肘うちしながら自己紹介をうながす。

「さ、サテリネアス・トウエンジだ……、よろしく頼む……」
「サテリネアス・イズミです」
「サテリネアス・ナンジョウ! イエー!」

 と、南条は親指を立てる。
 うん、ノリがいい、私は南条に向かって親指を立てる。

「サテ、サテ……、サテ……、な、なんと、奇遇な……」
「ええ、ホントに」

 と、私は満面の笑みで頷く。

「それは、めでたい! 良き日じゃ、あれを持ってまいれ、客人に振舞え!」

 と、サトーがパンパンと手を叩く。
 すると、奥の扉から執事風の、モーニングにも似た衣装の男が入ってくる。
 片手に盆を持ち、その上にはビンが置かれている……。
 そして、その執事風の男が私の隣に来て、

「ベルゲンデン・ゴトーでございます」

 と、言い、グラスにピンク色の飲み物を注ぐ。
 ご、ゴトー? 
 またしても、日本人の名前……、この人も日本人……、なわけないか……。
 いや、その前に、ベルゲンデン? もしかして、これって、名前? 
 と、なると、あのサトーの前に付いてたサテリネアスってのも名前だった可能性が高いな……。
 ああ……、失敗したなぁ……、変な人と思われてないかなぁ……。
 くそぉ……、通訳難しい……。
 まぁいい、次からちゃんとやればいい。

「ご丁寧にどうも、ナビーでございます」

 と、ちゃんと頭を下げて挨拶する。

「ほら、ほら、みんなも、ちゃんと挨拶して、東園寺でございますって……」

 肘うちをしてみんなに挨拶をうながす。

「と、東園寺でございます……」
「和泉でございます」
「南条でございます! イエー!」

 と、南条が親指を立てる。
 うん、ノリがいい、私は南条に向かって親指を立てる。

「べ、ベルゲンデン・ゴトーでございます……」

 執事風の男がみんなのグラスにピンク色の飲み物を注いでまわり、最後にサトーのグラスに注ぎ退出していく。

「では」

 と、サトーがグラスを掲げる。
 私たちもそれに習い、グラスを手に取り掲げる。

「ジャバドウ!」

 その言葉は知らないけど、どう見ても乾杯だと思う。

「乾杯!」
「「「乾杯」」」

 と、みんなも続く。
 サトーがグラスに口をつけたのを見て、私もひと口飲んでみる。

「おおっ!?」

 なにこれ、おいしい! 
 あまーい、イチゴ牛乳だよ! 
 コクコクと二口、三口と飲み続ける。

「おいしいね!」

 と、みんなに同意を求めるけど……。

「誰も飲んでない……、なぜ……」

 みんなは乾杯したあとすぐにテーブルにグラスを戻していた。

「なぜって、毒が盛られているかもしれないだろ、迂闊だぞ、ナビーフィユリナ」
「ああ、それはないよ、それがないことの証明のために、あのサトーのグラスにも同じビンから同じものを注いだのだから」

 少し笑って、またひと口飲む。

「ナビー、俺たちにとっては、毒になるかもしれないって意味もあるんだよ」

 と、和泉が東園寺をフォローするように言う。

「毒になる?」
「そう、慣れてないから、ちゃんと煮沸消毒されてない飲料水を飲むと、お腹を壊してしまうかもしれないってことだよ」
「ああ!? そういえば、翼が言ってた、持って行ったお水以外飲んじゃだめだって、お腹壊すからって! どうしよう、飲んじゃった!」
「たぶん、これは大丈夫だよ、しっかり加工されているみたいだし……」

 と、和泉がワインのようにグラスの中でイチゴ牛乳をまわして、最後に匂いを嗅いで見せる。

「そ、そうだよね……、安心した……」

 私も和泉の真似をしてグラスをまわし、そのままコクコクと飲む。

「いやぁ、おいしい! サトーさん、これ、なんて言う飲み物なんですか?」

 グラスを空にしたあとサトーに聞く。

「ベルゲンデン・ゴトーじゃよ、言わんかったかのぉ……」
「はぁ?」

 目が点になる。
 なんか、間違ったかも……。
 その時、バンッ、と云う大きな音とともに奥の扉が勢い良く開き、騎士風の男が大股で入ってくる。

「すまない、遅れた」

 高いクラウンと幅広いブリムの黒い帽子、赤系統のレザーメイルと黒革の艶やかなクロークとブーツ。
 容姿は……、細い目と、細い尖った顎、それにピンと張った口ひげが印象的な男。

「千騎長アンバー・エルルムだ」

 通訳をしなくても、アンバー・エルルムという単語は聞き取れたのだろう、皆が一斉に立ち上がり、挨拶しようとする。

「ああ、儀礼はいい、交渉の準備をしてくれ」

 と、先程のサトーと同じく、手で制止し、座るようにうながす。
 この対応で確信する、やはり、この砦は私たちとの会談のために造られたものではないと。
 あまりにも扱いが軽すぎる、実際その通りでも、私たちのことを、その辺の村の代表団としか思っていない。

「マジョーライ、任せたぞ、卿の案件だ」

 アンバー・エルルムのうしろに続く副官たちの中に新しいマジョーライがいた。

「はっ、千騎長」

 そして、彼は、中央、サトーの隣に座り、アンバー・エルルムはテーブルの端、ちょうど、南条の向かいあたりに座る。
 アンバー・エルルムの前には副官から出された書類があり、それを頬杖をつきながらぺらぺらとめくり、

「始めろ」

 と、書類に目を通しながら、顔も上げずに指示を出す。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界ラグナロク 〜妹を探したいだけの神災級の俺、上位スキル使用禁止でも気づいたら世界を蹂躙してたっぽい〜

Tri-TON
ファンタジー
核戦争で死んだ俺は、神災級と呼ばれるチートな力を持ったまま異世界へ転生した。 目的はひとつ――行方不明になった“妹”を探すことだ。 だがそこは、大量の転生者が前世の知識と魔素を融合させた“魔素学”によって、 神・魔物・人間の均衡が崩れた危うい世界だった。 そんな中で、魔王と女神が勝手に俺の精神世界で居候し、 挙句の果てに俺は魔物たちに崇拝されるという意味不明な状況に巻き込まれていく。 そして、謎の魔獣の襲来、七つの大罪を名乗る異世界人勇者たちとの因縁、 さらには俺の前世すら巻き込む神々の陰謀まで飛び出して――。 妹を探すだけのはずが、どうやら“世界の命運”まで背負わされるらしい。 笑い、シリアス、涙、そして家族愛。 騒がしくも温かい仲間たちと紡ぐ新たな伝説が、今始まる――。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~

専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。 ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

処理中です...