傭兵少女のクロニクル

なう

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第98話 ロツィエの血の夜

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 さく、さく、と、歩くたびに、きめの細かい砂が音を立てる。
 闘技場に入り、あらためて周囲を見渡す。
 直径30メートル程の広さに、リングという意味だろう、その少し内側を私の肩くらいの高さの石垣で一周ぐるっと囲っている。
 石垣は基本的にグレーだが、至るところに赤黒いものが付着していた……。
 中にはまだ乾いていない、新しいものもある……。

「かなり使っているな……」

 吐き捨てるように言う。

「お入り下さい……」

 と、兵士が石垣の切れ目にある木製の扉を開き、和泉に中に入るようにうながす。

「じゃぁ、行ってくるよ」

 彼がみんなに手を振る。

「頑張って」
「頼むぞ、和泉」
「無理をするなよ、いざとなったら魔法を使え、あとは俺たちがなんとかするから」

 最後の言葉は南条大河によるものだったが、その気持ちは私も東園寺も一緒だ。

「ああ……」

 和泉はそう返事をして、闘技場の中を進んでいく。

「では、お連れの方々はこちらへ」

 私たちはザトーたちがいる観覧席のほうへと誘導される。

「ほう、レザーメイルをチョイスしたか、何を考えておる、賭けに出たか……?」

 観覧席に着くなりザトーのそんな声が聞こえてくる。

「身軽な分、体力の温存は出来ますが、その分一発でも受ければおしまいです」
「じゃな、悪手じゃが、うまく相手の攻撃を掻いくぐれれば、あるいは……、ならば、こちらの得物は手数の多いジャベリンがいいか……」
「二刀というのも面白そうですね、陛下……」

 と、ザトーがアンバー・エルルムと楽しそうに話す。

「お座りなさい」

 ザトーが私たちに着席するように言う。
 席順は中央、ひときわ豪華な椅子にザトー、その隣にアンバー・エルルム、さらに向こう隣にマジョーライなどが続く。

「……」

 私は無言でザトーのこっち隣の席に着く。
 東園寺たちもそれに続く。

「では、はじめるぞ! ロツィエの血の夜、ボルベン・サンパイオを呼べ!!」

 それを聞き、兵士が一礼して奥に走っていく。

「ほほぉ……、手数ではなく、一撃の重さにかけると……?」

 アンバー・エルルムが不敵に笑う。

「そうじゃ、やつの作戦はこそこそ逃げ回り、相手の体力の消耗を狙うもの……、そのような卑怯な輩にはパワーが一番、何百発でも繰り出せる圧倒的なパワーがな! やつは恐怖することだろう、その一撃の威力に! そして、想像するだろう、その一撃を受けた自分が肉塊になる様をなぁ!! どこまで平静でいられるかなぁ!? いつ恐怖に震えて動けなくなるかなぁ!? 楽しみじゃのう!!」

 と、ザトーが血走った目で泡を吹きながら熱く語る。

「さすがは陛下……、本当に楽しみでございますなぁ、やつが肉塊になる様が……」

 アンバー・エルルムもそれに追随して不気味に笑う。
 ドスン、ドスン、と、通路の奥から足音が聞えてくる。
 その足音だけで、その剣闘士がかなりの巨体だということがわかる。
 そして、姿をあらわす……。
 想像通り、2メートルを超える巨体、横にも大きく、おそらく、体重は200キロを超えているだろう。
 さらに、分厚、鈍色のフルプレートアーマーを着用し、その姿はさながら山のようだった。
 手にはこれまた巨大な鉄槌、それを軽々と片手で持ち歩く。

「どうじゃ、小娘、強そうじゃろ?」

 と、ザトーがこちらに身を乗り出して話しかけてくる。

「ロツィエの血の夜、ボルベン・サンパイオ、それがやつの名よ……、小娘はロツィエの血の夜は知っているかのう?」
「いいえ」

 と、ザトーをちらりと見て答える。

「そうか、そうか、なら、教えてやろう、ロツィエというのは村の名じゃ、人口は、そうじゃのう、200人くらいじゃったかのう……、そのロツィエである夜、ひとりの殺人鬼があらわれた、そいつは巨大な山のような大男じゃった……、そして、その大男は手にした鉄槌で村人たちを次々と撲殺していった……、瞬く間に血の海、その村にも衛兵はいたが役に立たないほど、その男は強かったんじゃ……、ひとりずつ確実に鉄槌で殺していった……、女、子供、老人みさかいなくな……、やがて村は物言わぬ肉塊だらけになり……、動く者は、その大男だけになった……、そう、それをやったのが、あの男よ……、人は恐怖と畏敬の念を込めて、こう呼ぶ、ロツィエの血の夜、ボルベン・サンパイオ!! と……、まっ、村人を皆殺しにせよと命じたのはわしなんだけどな、きゃっきゃっきゃっきゃぁ!!」

 と、ザトーが肘掛を叩いて大笑いする。
 なんていうか、こいつの話を聞いていると、具合が悪くなってくる……。

「一流の剣闘士にはこれくらいの伝説が必要じゃて! きゃあきゃっきゃっきゃあ!」

 狂ったように大笑いするザトーを冷めた目で見つめる。

「こいつは盗賊だな……」

 ひとつ溜息をつく。
 昔、誰かが言っていた、盗賊には三種類いると……。
 まずは、暴力によって盗む者。
 次に、知略によって盗む者。
 最後に、権力によって盗む者。
 このザトーという男は三番目のタイプだ。

「い、和泉、大丈夫か、あんな化け物と……」

 南条が対戦相手の巨体に圧倒され、そうつぶやく。

「和泉ならやってくれる、信じろ」

 それに対して、東園寺が自分に言い聞かせるように答える。

「それにしても、勝てるのか、和泉は……」

 私は闘技場の正面で向かい合う、二人に剣闘士を見つめる……。
 遠目に見ても、二人の体格差が三倍以上あるのが見て取れる。

「では……、始めようかのう……」

 ザトーがゆっくりと立ち上がり、手を挙げ、そして、

「開始!」

 と、勢いよく、その手を振り下ろし、開始を宣言する。
 すると、闘技場内に鐘の音が高らかに鳴り響く。

「ふぉっふぉっふぉ……、楽しみじゃのう……」

 ザトーが豪華な玉座に腰を下ろす。
 闘技場中央では二人の剣闘士が互いに武器を構え睨み合う。
 互いにすり足で、円を描くように横に移動、サークリングし、少しでも相手の横、もしくは背後を取ろうとする。

「どうした、サンパイオ、やけに慎重じゃのう……」
「それは、先日の闘技会にて、相手を一撃にて撲殺し、呆気ない幕切れに終り、陛下のご不興を買ったからでしょう、今回は楽しませる、そういう腹づもりだと思われます」
「そうじゃったかのう……」

 じりじり、じりじり、と、互いに距離を取りサークリングする時間が続く……。

「つまらん……、つまらんぞぉ、サンパイオォオオ!!」

 その時、ザトーの怒号が響く。
 その声に、巨大な剣闘士、ボルベン・サンパイオがピクリと反応する。
 そして、サンパイオがサークリングをやめ、腰を落として鉄槌を構える。

「ほほほ、やっとやる気になったかサンパイオよ……」

 ザトーが細く笑う。

「うおおおおおお!!」

 と、サンパイオが和泉に向かって殺到し、そのままの勢いで巨大な鉄槌を振り上げる。

「どらあああああ!!」

 そして、鉄槌は凄まじい速度で振り下ろされる。
 それに対して和泉は半歩だけ後退し、ギリギリの距離で鉄槌をやり過ごす。
 が、鉄槌が地面に叩きつけられると同時に、大量の砂が巻き上がり、それが放射状に和泉へと向かう。
 和泉がそれを腕でガードし、砂が目に入らないようにする。

「がああああああ!!」

 和泉からは砂のカーテンで見えなかっただろうけど、横から見ていた私たちには見えた、サンパイオがさらに一歩踏み込み、地面に振り下ろされた鉄槌を和泉に向かって振り上げるさまが。

「和泉!!」

 南条が危機を知らせる。
 下から振り上げられる鉄槌が砂のカーテンを割り、和泉へと向かう……。
 見えていたのか、和泉はそれを上体を逸らしてかわし、さらに、そのままの勢いで、後方宙返り、途中で地面に片手をつき、身体を半回転ひねって後ろ向きになる。
 和泉はそこでしゃがみ、片膝立ちになり、手の甲で目のあたりをこする……。

「何をやっている、和泉、目に砂が入ったのか……?」

 東園寺がうめく。

「どらあああああ!!」

 チャンスとばかりに、サンパイオを高速で間合いを詰め、その手にした巨大な鉄槌を振り上げる。
 そして、彼の背後から振り下ろされる……。

「和泉、よけろぉおお!!」

 でも、その鉄槌は和泉にあたることはなかった。
 その姿勢から上空に飛び上がったのだ。
 ちょうど、高飛びの選手がバーを飛び越えるような姿勢でサンパイオの上を飛び越えていく。
 そして、真上からやや後方に来たとき、和泉は剣を振う。
 上からサンパイオの肩口にバスタード・ソードを振り下ろす。
 ガキンッ、という金属音が響き渡る。
 刃は頑強な鎧に防がれる。
 和泉はサンパイオの後方に片手と膝を着く姿勢で着地、砂煙が舞う。
 おしい……、今のはメイルキラー、つまり、鎧と鎧の隙間に剣を差し込む攻撃をしていれば勝負は決まっていた。
 和泉は砂煙の中、ゆっくりと立ち上がる。
 その白いレザーのサークレットの合間から和泉の目が見える。
 それは、いつもの柔和なものとは違う、鋭く切れるような眼差しだった。

「がらああああああ!!」

 サンパイオが背後の和泉に向かって鉄槌を回転させるように横から払う。
 キンッ、と、軽い音を立てて、和泉がバスタード・ソードで鉄槌を弾いてその軌道を変える。

「うお、うお、おお!?」

 軌道を変えられたことにより、サンパイオが姿勢を崩し、鉄槌に振り回されるように、くるっ、と一回転してしまう。

「醜態だぞ、サンパイオ……」

 ザトーが歯軋りする。
 でも、今の一連の攻防で彼らもわかっただろう、和泉とは次元が違うことに……。
 あの動きが天才の天才たる所以……、魔法の有無に関わらず、彼は強者だ。
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