傭兵少女のクロニクル

なう

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第101話 善因悪果

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 いったい、何百回、互いのガントレットをぶつけあっただろう……。
 その激しい接触により、和泉春月ガントレットは破壊され、手の甲が剥き出しになっていた。
 幸い、出血は見られないが、それでも、手の甲が赤く腫れ上がってきたのが遠目でもわかるようになってきた。

「ピンチじゃのう、ピンチじゃのう」
「さて、これからどうすることやら……」

 ザトーとアンバー・エルルムが目を輝かせて観戦している。
 クズが……、と、忌々しくやつらを見て、すぐに視線を闘技場に戻す。
 和泉が剣を持つ手ではない左手を少し前に出す。
 おそらく、スイッチ、剣を左手に持ち替える。
 でも、それは至極困難な作業、持ち手を替えるということは、当然、身体の向きも踏み込み足も逆、右構えから左構えにしなければならない、それを入れ替える瞬間に大きな隙が生じる。
 相手も和泉がスイッチを狙っていることはわかっているだろう、そこを狙うのは必然。
 和泉がさらに、左手を前に出し、そして、剣の柄頭に触れる……。
 この瞬間に局面が動く。
 ジョルカは和泉にスイッチなどやらせない。
 さらに踏み込み、強烈な突きで和泉の顔面を狙う。
 それを和泉は首をひねり僅差でかわすが、わずかにサークレットをかすめ、それが後方高くに飛ばされる。
 ジョルカは間髪入れずにすぐにもう一撃行く。
 さすがにこの至近距離では相手の持ち手にガントレットをぶつけ、その軌道を変えてやらなければ、回避するのは難しい。
 でも、和泉はスイッチ中……。

「あっ……」

 和泉の剣、どこいった……? 
 彼の持つ剣が消えた。
 そして、その剣がなくなった拳で思いっきりジョルカの剣を持つ手を殴る。
 すると、彼女の手は衝撃に耐え切れず剣を放し、そのまま剣は地面に叩きつけられる。
 互いに無手になった、そう思った瞬間、下からの剣撃がジョルカを襲う。
 そう、和泉は右手の剣を放して、下に落としたのだ、それを左手でキャッチ……、放した右手で相手の剣を叩き落としながらそれをやってのけた……。

「化け物か……」

 ザトーのつぶやきか耳に入る。
 和泉の剣がジョルカの首を襲う。
 でも、そこは互いに至近距離、彼女に一瞬の躊躇もなかった。
 前に飛び出し和泉の首に抱き着く。
 体格の劣るジョルカのその行動は一見悪手に見えるけど、彼女にはそこから秘策がある……。
 抱き着き、和泉の頭のうしろで交差した二本の腕の手首からキラリと光るナイフが飛び出す。
 そう、刺突用のナイフだ。
 そのナイフが手の平で直角に曲がり、それを逆手に握る。
 そして、和泉の首に力を込めてナイフを突き立てる……。

「おお、決まった」

 ザトーが身を乗り出す。

「ジョルカの勝ちじゃ」
「和泉の勝ちだ」

 奇しくも、ザトーと私、相反する言葉を同時に口にする。
 ザトーはジョルカの勝利を確信したようだけど、それはひとつ見落としがあるから……。
 この近距離で危機に陥ったら、何も考えずに反射的に相手に抱き着く、組み付くことなんて誰にでもわかること、あの和泉が予想してなかったなんてことは絶対にない。
 予想していたのなら、準備をしていないわけがない、必ず罠を仕掛けておく。

「かっ!?」

 ジョルカが悲鳴を上げる。
 そして、ナイフを持つ手の力がなくなり、だらりと垂れ下がる。

「な、なんじゃ?」

 ザトーにはわからなかったようだけど、仕組みは簡単、最初に下から振り上げた剣がちょうどよく、ジョルカの後頭部に位置に来ていただけ。
 そして、彼女が組み付いた瞬間にその後頭部目掛けて柄頭を打ち付けた。
 それ以前に剣の持ち替え、スイッチする前に、柄頭を軽く触っていたけど、あれは、たぶん、スイッチじゃなくて柄頭の材質と固さを確かめたんだと思う。
 この一連の攻防を見越してね……。
 和泉は崩れ落ちるジョルカの首のうしろ、襟首を掴み、そのまま柔道の払腰のような技で豪快に地面に叩きつける。
 赤い花びらと砂煙が衝撃波とともに周囲に広がる……。

「なんてことじゃ……」
「信じられません……」

 ザトーとアンバー・エルルムが腰を浮かせて身を乗り出す。

「ふっ……」

 と、和泉が一息つき、額を手の甲で拭く。
 少し赤いものが滲んでいる、額同士が接触した時に切れたか……。

「はは……、強いな……、名前を聞かせてもらえるかな、私を倒した相手の……」

 と、倒れたままのジョルカは言うけど、和泉は見下ろすばかりで何も言わない。
 それも当然、和泉には彼女の言葉はわからない。

「教えてもらないか……、敗者には興味がないということか……、手厳しいな……、さぁ、殺せ、最後の相手があんたでよかったよ……」

 と、ジョルカが目を閉じる。

「俺は不正をした……」

 和泉が静かに話し出す。
 その声を聞いて、ジョルカが薄く目を開ける。

「俺は魔法を使って散々強化していた……、逆におまえは、自分の身ひとつで戦い抜いた……、尊敬に値するよ、魔法無しでここまで俺を追い詰めたのだから、もし、俺が魔法無しで戦っていたら、そこに倒れていたのは俺のほうだっただろうよ……」

 もちろん、この言葉もジョルカには伝わらない。
 でも、

「何を言っているかわからないけど、敬意は伝わったよ、ありがとう……」

 彼女が少し笑って、また目を閉じる。
 和泉がジョルカに近づき、その横に立つ。
 止めを刺す、誰もがそう思っただろうけど、和泉がしゃがみ、そのままジョルカを抱き上げる。

「な……」

 と、ジョルカが驚き、目を開ける。

「次、もし、もう一戦やる機会があったら、次こそはお互い不正なしで、正々堂々戦おう」

 そのまま、お姫様抱っこをして、闘技場の端まで行き、そこにいた兵士たちにジョルカを託す。

「助けてくれるのか……、お優しい限りで……、でも、あんたは誤解している……、ここでの敗者の扱いを……、殺してくれたほうが、ずっと楽なのにね……」

 その言葉は和泉には届かない……。
 和泉は軽く笑い、身をひるがえす。

「まさか、皆殺しジョルカが負けるとは……」
「ええ、百戦無敗の最強の剣闘士が……」

 ザトーが椅子に深く座り直し呆然とつぶやく。

「もうやめる? 誰が来たって同じことよ、ハルが勝つから、時間の無駄」

 それを見て、そう提案する。

「言いよるわい、小娘が……」

 ギロリと私を見る。

「じゃが……、手駒が……」

 と、ザトーが視線を正面に向けて考え込む。

「あれを……、使こうて、見よう、かのう……」
「あ、あれを!?」

 アンバー・エルルムが驚愕の声を上げて立ち上がる。

「そうじゃ、ガルディック・バビロンを使う」

 ザトーがニヤリと笑う。

「お、おやめください、陛下、やつが制御不能になれば、我々の命もございません!」
「かまわん! この小娘に一泡吹かせるまではあとにはひけん!」

 ザトーが立ち上がり、手を挙げる。
 すると、新たな剣闘士ではなく、大勢の兵士たちが闘技場内に殺到してくる。

「な、なんだ、何が始まるんだ!?」

 と、南条が不安げに周囲を見渡す。
 大勢の兵士たちは闘技場の石垣のすぐ外側にぐるっと一周整列する。
 数は……、100人くらいはいるだろうか……。

「ふぉっふぉっふぉ、安心せい、小娘、貴様らを殺すために呼んだのではない、むしろ、逆じゃ、貴様らを守るために呼んだのじゃ……、あのガルディック・バビロンからなぁ!! さぁ、呼べぇい、真の化け物を、あのニワカ化け物に教えてやれぇい!! 真の化け物の強さと恐ろしさをよぉおお!!」

 ザトーが和泉を指差し叫ぶ。

「な、なんなの、そのガルディック・バビロンって……」

 と、いうか……、目の前の兵士の背中、カタカタ、カタカタ、って小刻みに震えてるんだけど……。

「絶対、やばいのがくる……」

 不吉な予感がする。
 ガラガラ、ジャラジャラ、と、通路の奥からそんな音が聞えてくる……。
 その音から鉄球に繋がれた囚人を想像する。
 犯罪者、殺人鬼か……、ならばこの厳戒態勢も理解出来る……。
 でも、その、ガラガラ、ジャラジャラ、という音が大きくなっていく。
 それは囚人が鉄球を引きずるなんてものじゃない、もっと大質量の物が近づいてくる音だ。
 やがて、姿を表わす……。
 それは10人ほどの兵士が鎖を引く姿……。
 ガラガラ、ジャラジャラ、と大きな音を立てながら何かを引いている。

「お、檻……?」

 そして、ついに本体が見えてくる……。

「な、なんだ、あれは……?」
「な、なにが入ってるんだ……?」

 東園寺と南条が目を凝らして鉄製の檻の中を見る。
 その檻は巨大……、縦横3メートルくらいはあるだろう……。
 その中には……。

「う、う、おおう……」

 南条が口元を押さえて立ち上がり、そのまま数歩前に歩いて砂の上に手をつき嘔吐する。

「お、おえ、おえ、おげぇ……」

 苦しそうに嘔吐を繰り返す……。
 そう、彼は見てしまった……、檻の中の物体を……。

「ふざけているのか……、なんだ、あれは、相手は人間じゃないのか……」

 東園寺がうめく。

「ごぼごぼごぼ……、ごぼぼぼごっぼぼ……」

 檻の中の物体の鳴き声だ……。
 その物体は複眼に触覚、ぶよぶよとした茶色の身体と、所々を覆う黒い外骨格、そして、数十の多関節の手足を持つ生き物……、そう、どう見ても虫だ……、それも超巨大な、体長3メートルはあろうかという巨大な虫だった……。

「ふぉっふぉっふぉ、あれがガルディック・バビロンじゃよ……」

 ザトーが嬉しそうに話す。
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