傭兵少女のクロニクル

なう

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第100話 皆殺しのジョルカ

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 和泉春月と皆殺しのジョルカ。
 互いに軽装レザーメイルにオーソドックスな両刃の剣。
 そして、細身で身軽、スピードの戦いになるのは、誰の目から見ても明らか。

「見ごたえのある熱い戦いになりそうじゃのう……、ならば、それに相応しい決戦場を用意しよう!」

 ザトーが席から立ち上がり、手をかざす。
 すると、闘技場の壁の上部、天井のすぐ下の石が一周ぐるっと奥に引き込み、人の高さくらいの隙間が出来上がる。

「正規の決闘と同じ舞台で戦わせるというわけですね、陛下?」
「そうじゃ、あやつらにはそれがよかろう……」

 手はかざしたまま、壁の上部を見ながら言う。
 やがて、その上部の隙間からガラガラ、ガラガラ、という音が聞えてくる。
 そして、大勢の人間が姿をあらわす。
 もちろん、人間だけではない、台車に乗せられた大きな鐘、大きな壷などもずらりと立ち並ぶ。
 壁上部、一周すべてにそれが並ぶ。

「あーん」

 口をあけて、壁の上を一周見渡す。

「ふぉっふぉっふぉ、驚いておるようじゃのう、小娘、じゃが、決闘とは悲劇であり、喜劇、演出が大事じゃて」

 天井の高さは10メートルくらいあるから、かなり高い位置になる。

「鳴らせ!」

 と、ザトーのかけ声とともに無数の鐘が鳴り出す。

「うわ、うるせぇ」

 南条が反射的に耳を塞ぐ。
 それほどに大きく響く音だった。
 ガラン、ゴロン、ガラン、ゴロン、と、無数の鐘が鳴り続ける……、そして、

「決闘、開始!!」

 と、ザトーの腕が振り下ろされる。
 鐘の音が徐々に小さくなっていき、それと同時にどこからか風が舞い込む……。

「花びら……?」

 闘技場の中に花びらが舞っている……、それも無数に……、白い花びらが視界を覆うほど無数に舞う。
 それは幻想的な美しさだった……。
 もちろん、この花びらと風はあの壁上部の隙間から来ている。

「ほほ、どうじゃ、この演出は? ちなみにな、この草花の色にも意味はあってな、白なら、このまま戦え、緑色なら、もっと落ち着いて戦え、そして、赤なら……、激しく殺し合え……、という意味になるのじゃ……、ああ、戦闘終了は黄色じゃ」

 白色の花びらから少しずつ緑色の葉が混ざりはじめ、やがて、一面に緑色が広がる。
 そして、葉は降り積もり、砂の地面が草原のような緑色に染まる。
 これは落ち着いて戦えという意味だったか……。
 すでに戦闘は開始されている。
 二人の剣闘士が間合いを詰める。
 鐘の音は完全には止んでいない、低圧的に小さな鐘の音がリズミカルに鳴り続けている。
 積もった草の上に、二人が動く軌跡がベージュ色に残る。
 そして、距離が詰まり、互いの一撃目。
 二人とも同時に突きを放つ。
 わずかな手首のかえしだろう、互いの刀身が接触し、こすれあい火花を上げる。
 その突きを和泉は身体をひねり横に流し、ジョルカは前にお辞儀をするようにしてかわす。

「おお……」
「なんと……」

 ザトーとアンバー・エルルムが感嘆の声を上げる。
 互いにすぐに姿勢を整え追撃、二撃目も突きだ。
 先程と同じように刀身同士がこすれあい火花を上げる。
 今度は見切ったのか和泉は軽く顔をひねるだけでそれをやり過ごし、一方、ジョルカのほうは和泉の剣のしのぎを掌低で当て弾き、さらに姿勢を深く沈み込ませる。
 そして、そこから身体を回転させて和泉の足を払いに行く。
 でも、和泉は片足を上げてそれをかわし、さらに、その足を一歩踏み込むように前に出す。
 もうこの段階で和泉のバスタード・ソードは上段に構えられている。
 ドンッ、という音ともに踏み込まれ、降り積もった草花を放射状に舞い上がり、同時に、超高速でバスタード・ソードが振り下ろされる。
 これはかわせない、そう思った刹那、ジョルカの身体が高速に弾き飛ばされるように後方に飛び退いていく。

「おお……、これはすごい……」
「見ごたえがありますなぁ……」

 またもや感嘆の声を上げる。
 でも、あれをかわすかぁ……、と思ったら、かわしてなかった。
 ジョルカのレザーヘルムが真ん中から割れてずれていた。
 ジョルカが割れたヘルムを無造作に脱ぎ、うしろに放り投げる。

「ああ?」

 その顔があらわになる……。
 長い銀髪が風になびき、白い艶やかな肌と鷹のような鋭い目、そして、血のような赤い唇……。
 その姿はとても美しい……。

「女の子……」

 だろうね、あのしなやかな動きは女性だよ。
 うん、ある程度は予想してた。
 和泉は予想外だったのか、二歩、三歩と彼女から遠ざかる。
 ジョルカの白く美しい額から細く一本の血が伝う。
 彼女が手の甲で拭い、それを見る。
 そして、その手の甲の血を和泉を見ながら、赤い舌でチロリと舐め、かすかに笑う。
 奇抜な行動のように見えるけど、これはフェイク……。
 明らかにその手首を意識した。
 たぶん、そこに刺突用のナイフを隠しているのだろう……。
 和泉……、気付いたか……、もし気付いていなければ、次の攻防でやられるよ、おまえ……。
 尚も手の甲に付いた血を舐めながら、無造作に、だらりと剣をぶら下げ、ゆっくりと和泉の元に歩み寄っていく。

「ふっ……」

 和泉も軽く笑い、構えを解き、同じように剣をだらりと下げてジョルカに向かい歩きだす。
 互いの間合いに入る……、そこでも、二人は普通に歩み寄る……。
 とっくに互いの剣が届く距離になる……。
 そして、剣どころか、互いの拳が届く距離まで近づく、そこで動く。
 まず、ジョルカがだらりと下げた剣を力任せに横から思い切り和泉の首を払いにいく。
 それを和泉が頭を下げかわし、かわすと同時に下から剣を払いあげる。
 ジョルカはそれを踏み込むようにかわす。
 すると、二人の頭、額同士がぶつかる。
 額が合わされ、至近距離で目が合う……。
 そこから、示し合わせたように、互いに上体を上げ、相手の顔目掛けて剣を突く。
 これも先程と同じ、刀身がこすれあい、速度も出ず、軌道もずれる、これでは当らない。
 でも、先程と違う点がひとつだけある。
 それは距離、互いに超至近距離、刀身が終り、互いのツバにぶつかり、さらにそれを飛び越え拳、互いの手の甲同士が接触する。
 一瞬動きが止まる。
 でも、止まったのは一瞬だけ、すぐに互いの剣先が相手の顔面を狙う。
 それを接触した手の甲で相手の剣先軌道を変え、かわす。
 ガキン、ガキン、と、手の甲、ガントレット同士がぶつかる音が響く。

「あっ……」

 戦いにばかり気を取られていたけど、空を舞う緑色の草がいつのまにか白い花びらに変わっていた……。
 私は上を見上げる。
 あの壁の上の隙間から大量の白い花びらが噴出している。

「赤い……」

 そして、その中に赤い花びらが混ざるようになる……。
 闘技場中央では、和泉とジョルカによる至近距離での打ち合いが続く。
 ガキン、ガキン、と、もの凄い音を立ててガントレット同士がぶつかる。
 その中で降りしきる花びらが徐々に赤く変わっていく……。
 量も増えていく……。
 闘技場が真っ赤に染まり、赤い花びらに覆いつくされる。
 視界すら覆い、剣闘士たちの姿を隠し、ガントレット同士がぶつかる音だけが響く。
 でも、時折強い風が吹き、花びらを蹴散らし、彼らの姿を私たちに見せてくれる。

「地面が真っ赤だ……」

 そして、風が止むと、また彼らを隠す。

「確か、赤い花びらの意味は、激しく殺し合え、だったか……」

 ガントレット同士がぶつかる頻度が増えていき、それに伴い、音も大きくなっていく。
 そして、時折だった強い風の頻度も上がり、今や常時強い風が吹いている。
 赤い花びらは纏まり、つむじを巻き、二人の剣闘士たちを私たちの前に出現させてくれる。

「ほほほ、凄まじい戦いじゃのう……」
「ええ、クラマックスも近こうございますなぁ……」

 ザトーとアンバー・エルルムが身を乗り出して観戦している。

「ぐっ!?」

 突然、和泉の動きが鈍る。
 その表情が歪む。
 それ以前にガントレット同士がぶつかる音が変わっている。
 さっきまではガキン、ガキンだったのが、今はパコン、パコンという間抜けな音に変わってきていた。

「和泉……」

 東園寺が心配そうにうめく。
 そう、この音の変化は、和泉のガントレット、手の甲の部分が割れ、砕けたから……。
 直接手の甲にぶつかることにより痛みが発生し、彼の動きを鈍くしている。
 それでも、ぶつけ合い、相手の剣先の軌道を変え続ける。

「もういい、魔法を使え、和泉……」

 南条は拳を握り締めて、そうつぶやく。

「仕方ない……」

 私もそれには同意する。
 この不利な状況に加え、あのジョルカは刺突用のナイフも隠し持っている。
 たぶん、このままだと和泉は負ける……、彼はナイフ類の持ち込みは禁止だと思っているかもしれないけど、控え室の壁にはちゃんとナイフ類もあった。
 だから、ジョルカが刺突用のナイフを隠し持っていたとしても、なんらおかしな話しではない。
 そっと席を立つ。

「なんじゃ、小娘……」

 ザトーがそれを見てたずねてくる。

「ハル!!」

 でも、ザトーを無視して大声で和泉の名前を呼ぶ。
 もちろん、魔法を使えと言うつもり。
 でも、

「なに……?」

 和泉は手を挙げて私を制止させる。
 魔法を使わないつもりか……? 
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