傭兵少女のクロニクル

なう

文字の大きさ
118 / 150

第118話 ザトー

しおりを挟む
 先帝サテリネアス・ラインヴァイス・ザトーが魔法を使った。
 それは私たちと同種の魔法なのか、それとも違うのか……。
 いや、おそらくは同種のものだろう。
 それは、やつが持つ、魔法のネックレス及び赤く光る剣、その二つがヒンデンブルクの魔法具であることからもわかる。
 それらが同種なのに、魔法だけが別種などということは考え辛い。
 砂をキュッ、と、踏み込み、振り返り、闘技場の中央にいるザトーに向き直る。

「ふぉっふぉっふぉ、これを見ても驚かんようじゃのう? 小娘にとっては普通のことじゃったかのう?」

 ザトーが首にかけている魔法のネックレスの元の所有者、50年前にいたという女剣闘士、そいつが魔法を使っていて、それをやつが見様見真似でやっている、という可能性が一番高いか……。
 私はザトーに向かいながら、足元の砂を見ながら思案を巡らす。

「ふぉっふぉっふぉ、それとも、驚きすぎて、声も出ないのかのう? どっちなのじゃ、小娘?」

 そもそも、なぜ、その女剣闘士が魔法を使っていたのか? 
 そいつはヒンデブルクの生き残りだったんじゃないのか? 
 なら、ザトーが唱えた呪文が、ヒンデンブルクの言葉の正式な発音になるんじゃないのか? 

「どうした、小娘……、何か話せ、寂しいではないか……」

 疑問は尽きない……、どうする、ザトーを殺さないで、情報を引き出すか? 

「うーん……」

 と、額に手を当てて目を閉じる。
 ザトーが唱えた呪文……、なんて言った……? ドース、イース、モース、チース? そんな感じだったけど、はっきり憶えていない……。

「「「わあああああああ!!」」」
「「「おおおおおおおお!!」」」

 と、上から聞える怒号が大きくなり、時折天井から埃が降ってくる。

「ふぉっふぉっふぉ、随分元気が良いようじゃのう、小娘をぶち殺したあと、皆殺しにしてやるわい」

 ザトーが天井を見上げながら楽しそうに話す。
 でも、こいつは生かしておく気にはならないなぁ……。
 辺境伯ダイロス・シャムシェイドがザトーはその治世において100万の人間を虐殺したとか言ってたけど、為政者なんてそんなもの、よくあることだから……。
 私が気に入らないのは、あのかわいそうな剣闘士、ボルベン・サンパイオについてのみ。
 私はね、部下を大事にしない上官が死ぬほど嫌いなのよ、上官というのは、部下がその実力を十分に発揮出来るように力を尽くすもの。
 それが出来ない上官に生きる資格はない。

「ザトー、おまえに生きる資格はねぇんだよ……」

 こいつは殺す。
 顔を上げ、力強く足を踏み出す。
 一歩、一歩、歩くたびに砂煙が上がる。

「ほほう……、それが小娘、貴様の本気か……、ただ、歩くその姿に背筋が凍りついたぞ……」

 やつが目を見開き私を見る。
 互いの距離は5メートルにまで詰まった。

「ドース! イース! アース! ボース! ベース! ダース! ビース! ニース!」

 やつが再度呪文を唱えた。

「ドーーーーーーーン!!」

 ザトーが5メートルの距離をコンマ数秒で詰めてきた。
 その蹴り足で砂煙が舞う前にやつは私の目の前に迫る。

「小娘ぇええええ!!」

 と、やつは剣ではなく、その反対の腕を伸ばし、手の平を大きく広げて、私の顔を鷲づかみにしようとする。
 このタイミングでサトーの後方で勢いよく砂煙が舞うのが視界に入る。

「うじゃらぁああああ!!」

 やつの手が私の顔面に迫る。
 私はそれを身体を横向きにしてかわす。
 ザトーが私の目の前を通過していく……、やつが横目で私の顔を見る……。
 私はそこから、さらに4分の1回転して、最初の段階から完全にうしろ向きになる動きをする。
 同時に、肩に担いでいたドラゴン・プレッシャーも一緒に回転して、ちょうどよく、通過していくザトーの後頭部にゴツン、と、ヒットする。

「あぢゃあああああああ!?」

 後頭部を殴られ、さらに加速の付いたザトーは止まれず、砂の上を万歳しながらダイブしていく。
 そして、盛大に砂煙を上げ、石垣に激突する。

「あ、ごめんな、今のはわざとじゃないんだ、事故なんだ、あはっ」

 笑ってしまう。

「あが、あが、あが……」

 ザトーは石垣に激突した額ではなく、ドラゴン・プレッシャーに殴られた後頭部をしきりにさすっている。

「あで、いで、おで……、こっこっこっこ……」

 やつが石垣に手をかけ、それを支えにふらふらと立ち上がろうとする。

「こっこっこっこ……」
「なんだよ、こっこっこっこって、ちゃんとしゃべれよ、じじい」

 さらに嘲笑してやる。

「ぐお、ぐお、小娘……、このわしに対して、なんたる無礼……、許さん……、断じて許さん……、うおおおおおおおおお!!」

 と、ザトーが腰を深く落とし、雄叫びを上げる。

「ドース! イース! アース! ボース! ベース! ダース! ビース! ニース!」

 そして、呪文を唱える。

「またかよ……」

 呆れて笑ってやる。

「ドーーーーーーーン!!」

 そして、やつが地を蹴る。
 砂煙が上がるよりも早く、私に肉薄する。

「ひょんひょん、ひょんひょんって虫かよ、てめぇは……」

 ここではじめて肩に担いだドラゴン・プレッシャーを振るう。
 横一線。
 それはやつに向けたものではない。
 剣筋は水平ではなく、下段、地面に向けたもの。
 ドラゴン・プレッシャーは真横に砂の地面を切裂く。

「これが置き撃ちだ、じいぃ、サンド・カーテン・オープン」

 大剣に切り払われた衝撃により、地面から砂のカーテンが舞い上がる。

「ぐおっ!?」

 ザトーが砂のカーテンに勢いよく飛び込んでくる。

「ぐおぉ、ぐおぉ!?」

 やつがなんか言っているけど、ここからが勝負。
 互いに砂のカーテンに遮られて、その姿を見ることが出来なくなった。
 条件は五分、純粋な読み合いに移行する……。
 私は姿勢を低く、ドラゴン・プレッシャーを構える。

「心の強さが試される」

 後方に引くのは論外、三流のやることだ。
 左右どちらかに迂回し、相手のサイド、またはバックを取ろうとするのは二流。
 一流ならば上に飛び、相手の頭上を取ろうとするはず。
 和泉もそうするだろう……、ザトーも一流ならばそうする……。
 でもね、そこから、さらに上があるのよ、超一流ならば……。

「0地点突破」

 私は地面を蹴り、まっすぐ砂のカーテンの中に飛び込んでいく。
 この砂のカーテンの向こうからおまえがやってきたら褒めてやるよ……。
 私は腕で目をガードしながら突入する。
 サンドイエロー一色、そこには誰もいない……。
 そうだろうよ、おまえは今、私の頭上を飛んでいる頃だろうよ。
 そして、砂のカーテンを突破。
 即座に振り返る。
 そこから再度、間髪入れずに地面を蹴り、もと来た場所に向かって飛ぶ。

「うおお? いない、小娘はどこじゃあああ!?」

 砂のカーテンが晴れ、空から降ってきたザトーの姿が見えた。

「くそおおおお!?」

 やつが赤く光る剣を振り回しながら周囲を見渡し、最後に後方を確認する。

「小娘ぇええええ!?」

 自分に向かう私を発見して、驚愕の声を上げる。

「うおおおおおお、ドース! イース! アース! ボース! ベース!」
「遅い」

 ドラゴン・プレッシャーを振り下ろす。
 肩口からザトーを切裂く、でも、手ごたえは浅い、やつがうしろに転倒するように回避したからだ。

「ダース! ビース! ニース! ドーーーーーーーン!!」

 呪文が完成し、激しく地面を蹴る。

「甘い」

 おまえは最初の0地点突破で私との読み合いに負けてんだよ。
 持ち手を入れ替え、さらに一歩踏み込み、左の手の平で柄頭を押さえ、そのままドラゴン・プレッシャーをもう一回転させる。

「うぎゃああああ!?」

 後方上空に飛んで逃げようとしたザトーを叩き落とす。

「ハエだな、おまえは」

 二発入れたけど、ヒンデンブルクのネックレスのおかげだろう、致命には至っていない。

「じゃぁな、ザトー」

 両手に持ち替え、三発目を食らわす。
 ドンッ、と、踏み足が砂煙を舞い上がらせ、ドラゴン・プレッシャーがザトー肩口から切裂く。

「あがあああああああ!!」

 勢い余って、ザトーがくるくると回転しながら飛んで行く。

「硬てぇ……」

 たぶん、あれでも死んでない……。
 改めてヒンデンブルクのネックレスの高性能さに驚かされる。

「ごぶふっ」

 仰向けに横たわるザトーが大量吐血する。
 生きてはいるけど、あれではもう戦えないだろう……。
 私はドラゴン・プレッシャーを肩に担いでやつに向かい歩きだす。

「ごふ、ごふ……」

 吐血しながらも必死に起き上がろうとする。

「げふ、げふ……、ひゅー、ひゅー……」

 でも、起き上がれない、そのまま大の字に倒れて天井を見上げる。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界ラグナロク 〜妹を探したいだけの神災級の俺、上位スキル使用禁止でも気づいたら世界を蹂躙してたっぽい〜

Tri-TON
ファンタジー
核戦争で死んだ俺は、神災級と呼ばれるチートな力を持ったまま異世界へ転生した。 目的はひとつ――行方不明になった“妹”を探すことだ。 だがそこは、大量の転生者が前世の知識と魔素を融合させた“魔素学”によって、 神・魔物・人間の均衡が崩れた危うい世界だった。 そんな中で、魔王と女神が勝手に俺の精神世界で居候し、 挙句の果てに俺は魔物たちに崇拝されるという意味不明な状況に巻き込まれていく。 そして、謎の魔獣の襲来、七つの大罪を名乗る異世界人勇者たちとの因縁、 さらには俺の前世すら巻き込む神々の陰謀まで飛び出して――。 妹を探すだけのはずが、どうやら“世界の命運”まで背負わされるらしい。 笑い、シリアス、涙、そして家族愛。 騒がしくも温かい仲間たちと紡ぐ新たな伝説が、今始まる――。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~

専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。 ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

処理中です...