願う

maekawa_kumu

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それは登校中のことだった。
ベロン、
「……まじか」
変な音と共にいきなり歩きにくくなった右足。靴の裏側を見ると案の定底が剥がれてベロンベロンになっていた。これが履き潰しというやつだろうか。確かにこの靴は高校2年あたりから愛用していた。洗いながら常に履いていたように思う。少々高かったが「あんたが気に入ったなら」と母が奮発して買ってくれた物だった。こいつとももうお別れかと思うと寂しかったが、それ以上にこの靴はもう寿命なんだという方がしっくりきた。今から買って登校するのは時間がないので我慢する。その代わり学校終わりにどこかで買って帰ろうと決めた。


ベロン、ベロン、
流石にあるきにくいし地面に引っかかる度に苛々する。剥がれてしまった範囲も増えますます歩きにくくなってしまった。今日の全ての講義が終わった今、立ち上がりいますぐにでも買いに行きたい気持ちと、もうこのベロンベロンに苛々したくないという二つの気持ちの狭間で揺れている。だんだん人気がなくなっていく教室。教授も席を立ちここを後にした。そろそろ自分も行くかと重い腰を上げた瞬間、だった。
「秋?」
「…春也」
「そっか、この講義一緒だったな。てか何ぼーっとしてんの?この後も講義?」
後ろから話しかけてきたのは春也だった。同じ講義を選んでいることを今まですっかり忘れていた。思い出していたらそちらの方が気になって足元にこんな苛々したりはしなかったかもしれない。我ながら単純思考だけれど。
「いや、もう今日は講義ない。帰るだけ、なんだけど」
「なんだけど?」
「靴がぶっ壊れてもうだめで。買って帰ろうと思ってるんだ。普通に歩けないってかなりのストレスなんだな。知らなかった」
「へえ。裏が取れちゃったの?」
「うん。ベロベロ」
「うわあ、それは苛々するね。」
「当たり前のことが当たり前じゃなくなるって、なんか久々に体験した気がする」
「ふうん。じゃあ、とりあえず俺のサンダル貸そうか?」
「持ってんの?」
「下駄箱に入ってるよ。靴がだめになった時とか緊急時に使えたらなと思って。雨で濡れたりとか結構起こりうるでしょ」
「…確かに」
「貸したげる。下駄箱までは来れる?」

ぺった、ぺった、
前を行く春也に着いていく。下駄箱の位置などだいたい分かってるのに、距離があかないようにたまに振り向いては確認してくる。春也はもう帰りだろうか。そうしたら一緒に帰れたらいいな。なんてこっそり浮かれている自分がいて、気持ち悪い。
春也の下駄箱に着いた。貸してくれたのはいいが、それはピンクのキティちゃん柄のサンダルだった。今までに履いたことのない色とデザインにありがとうという言葉が出なかった。
「…ありがとうは?」
「…あ、ありがとうございます」
「可愛いだろ!ピンクでキティちゃん!とりあえずそのベロベロ靴よりかは絶対いいから」
「おう、じゃあちょっとこれ、借りるわ」
「どーうぞー」

ふと女から貰ったもの?と頭によぎったが、もうそこらへんは考えないことにした。いくら彼女がいたことがないとはいえ絶対にモテるのは間違いない。顔、美人だし。とりあえず女友達くらいわんさかいるんだろう。そういうことをいちいち気にしている方が疲れると悟った。とりあえずありがたく借りていくことにした。

「秋、よかったら俺も一緒についてってもいい?靴買いに行くの」
「……何で」
「秋と一緒にいたいからだけど」
「…?なんで俺となんだよ。他に色々いんだろ。靴買うぐらい一人でいいし」
「他に色々ってなんだよ。どうせ俺も今から帰るだけだし、いいじゃん。帰り道も一緒の方面だろ?」
「…話す話題もないくせに」
「ああ?面倒くさいな。なんだよ、話題なら沢山あるよ。全部俺から出してあげる」

春也はにやっと笑いながら俺を見た。カッと顔が赤くなるのを感じた。咄嗟に下を向いて誤魔化す。
てかなんだよ。話す話題もないくせにって思いっきり本音じゃん。ただのキモい奴じゃん。何故だかこいつの前だとボロが出やすい。もう少し慎重にポーカーフェイスでやり過ごさないといけない。
「…秋って、分かりやすくて可愛いな」
「………は、はあ?」
「よく言われない?」
「言われないわ馬鹿!」

すぐ赤面するとか、よくからかわれるとか助けてもらうとか気にかけてもらうとか、こんなのいつも通りの自分じゃない。俺なんてもっと一人で放っておかれているくらいがいいんだ。それが丁度いい。はず。なのに。

「俺寂しかったんだ。だから一緒に帰ろ?秋も俺と一緒の方が寂しくないだろ?」
「………………………」
答えられる訳ないだろ、この自信家野郎。寂しいって感覚はもう薄れてしまってる。別に一人ぼっちでも構わない。だから、寂しくはないんだ。多分。でも、どちらかというと俺も一緒にいたいと思う。から。

「……帰るか」
「おう!」
「おい、別にさみしいとかそういうんじ「やっぱり俺と一緒にいたいんだなー!かわいい奴だなー全く!」
「…………………………」

やっぱりむかつく奴だ。決めつけるな馬鹿野郎…
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