願う

maekawa_kumu

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ザアアア、
今日は朝からひどい雨だ。玄関を出てすぐに大学までの道のりが億劫に感じた。ビニール傘を開きとぼとぼと駅へ向かう。
防水靴で行こうか悩んだが結局この前買ったスニーカーを履いた。この前春也と一緒に買いに行ったものだ。一緒にといっても靴屋に着いた途端にお互い別行動で、春也は商品を見ながら一人時間を潰してくれていた。その間に試着をして値段を悩んで結局全部一人で決めた。一応買う前に春也にも変じゃないかと尋ねたが、「似合う」との返答だった。

春也は隣町に住んでいた。クラスメイトと通学に使っている電車が一緒なのはよくあることだが、まさかここまで住んでいる場所が近いとは思わなかった。一駅間が狭いのでお互いの自宅を自転車で十分に行き来できる距離だった。靴を買った日は春也の最寄り駅にあるちょっとした駅ビルに寄った。定期券内なので気軽な気持ちで下車することができた。隣町で近いとはいえ久しぶりに来たので懐かしかった。俺が知っている店はところどころなくなっていて少し寂しい気持ちがした。1年前に大幅に改装したんだと教えてもらった。

「ずっと思ってたんだけどさ」
「何」
「つけてる香水、すごい甘い匂い」
「ん、気づいた?そう。これ女物だから」
「…ふうん」
初めて電車内で会った時から変わらない甘い香り。下手したら甘ったるすぎて鼻が馬鹿になりそうなくらい。別に男が女物を使うことがどうという訳ではないけど、何で春也がこの香りを選んでいるのかは少し気になっていた。
「なんでこの匂い、選んでるの?」
「これ?」
「そう。初めてこれ香った時女の子かと思った」
「そっか」
「本当甘ったるいなこれ。こんなの嫌でも覚えちゃうじゃん」
「…まじで?」
「あんまり知らない香りだからかな。女物なんて接点ないし。…恥ずかしながら」
「またまたー!」
「あ?」

水溜りを避けながら駅に辿り着いた。湿気が肌にまとわりついてきて気持ち悪い。靴がだめになっていないか確認しながら階段を登る。
電車はすぐに来た。人が密集し自分の体とまわりの空気が熱い。少し気持ち悪い。ドアが開くといつもと同様人波に揉まれながら中へと吸い込まれていった。
背が高い俺は上の空間に頭を出すことができた。更に爪先立ちをして息継ぎをする。今日はリュックをお腹の方に回して乗車する気遣いができた。
ガタンゴトンガタン、揺れる電車で、特に考えることもない俺は春也のことを考えていた。もし乗ってくるとしたら次の駅だ。意味もなくただ会いたいなと思った。別に春也と共通の趣味がある訳でもないし彼に大恋愛をしている訳でもない。でも友達以上の感情が生まれているといえばそれは歪めない。もちろんこれからを期待している訳でもない。この気持ちを知ってもらいたいとも思わない。
ガタンゴトン、ガタン
駅に到着した。自分がいる側のドアが開き何人かが降りて行った。軽く呼吸を整え次の圧迫に備えた。押し寄せる人波にまた潰される。また酔いそうだ。たまらず目を瞑る。
……あ、
ふわりと知っている香りがした。顔をあげると春也が目の前に立っていた。偶然すぎて唖然とした。
「おはよ」
「…おはよ」
春也の声は自分にしか聞こえないくらい小さなものだった。自分も小声で返すのがせいいっぱいだった。そのままググ、と人に押されて春也と密着した。自分でも驚くくらい体が硬直した。
春也は俺の前にあるリュックに埋まるようにしていた。というより満員電車の力によりそうするしかなかった。俺より少し背の低い春也の髪が目の前にある。ふわふわの猫っ毛で、そしていい匂いがする。
その時、背中に何かが触れた。一瞬何が起きているか分からなかった。ぎゅう、と軽く締め付けられる。春也の腕だった。
彼の表情はリュックに埋もれている為分からない。ただ意識的に俺に抱きついてきているのは分かった。嬉しいというより不思議だった。何故こんなことをするのだろう。もしかしてただ眠いだけなのではないか。…ありえる。
目的の駅までもう少しある。降りた時春也は何て言うのだろう。分からないけど不安はなかった。この近すぎる距離感に驚くくらい安心感を感じてしまったから。
気がつくと俺は春也の頭に手を乗せていた。そのままそっと撫でてみる。相変わらず顔を伏せている彼の表情は分からない。でも俺の手を拒絶している訳ではなさそうだった。

目的地までこの空間が続くことが嬉しいと思っている自分がいた。着いたら今までのことが全て終わってしまうかもしれないけれど。これからどうなるか予想さえできないけれど。

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