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しおりを挟む目的の駅に着き押されるようにして電車を降りた。その勢いで春也と離れてしまったけれど、電車が動き出しホームにいる人達が足早に移動していくと再び彼の姿が見えた。
春也の表情からは何も読み取れなかった。少なくとも照れていたり恥ずかしがっているようには見えなくて、一言で表すと無表情だった。やはり先程抱きついてきたのも眠かったからなのかもしれない。初めて会った日なんて本当に寝ていたし。それで思いっきり寄っかかられてたし。
別に気まずくなる必要もないと感じた俺は春也の方へ歩みよった。
「なにぼーっとしてんの。行こう」
「………………」
「春也?」
「…今日は講義最初から?」
「今日?いや2限目から。でも一日中雨らしいからいつも通りの時間に家出てきちゃったんだ。ぎりぎりに出てばたばたするの嫌だったし」
「そっか」
「………?」
何かを考えているのか変な間が空く。その間も春也の足は動かない。俺もそのまま動き始めるのを待つ。そして両手をだらんと下げているのを見て気づいた。
「春也、傘は?」
「あ。……朝家族に車で駅まで送ってもらって。だから家に忘れてきちゃった」
「あほか何やってんだよ。今日は1限目から?寝坊したのか?」
「うん」
「やっぱり。電車でも眠そうだったしな。まあとりあえず間に合ってよかったか。傘は仕方ないから入れてやる。行こう」
「…うん」
駅を出て少し進むと住宅地に入る。この辺りは斜面が結構急で歩いていると足がすぐ疲れてくる。ここのところやっと慣れてきた。春也は疲れるのが嫌なのかとぼとぼと進む。一緒に傘をさしているので俺もそのペースに合わせて歩いた。
春也は少し様子が変なようだった。俺に話しかけてこない。俯いているので表情もよく分からない。ただ一緒にいるのが嫌な訳ではなさそうだった。先程の電車内のことを思い出す。何か俺に言いたいことでもあるんだろうか。
春也に抱きつかれた瞬間すごく驚いた、と同時に嬉しかった。そして触れられた瞬間俺はこいつが好きなんだと分かった。あの一瞬で俺はずっと彼の体に触れたかったのだと気づいてしまった。誤魔化してみても見てみぬふりをしても意味がなかった。自分の気持ちは思った以上にまっすぐで偽ることは難しいものみたいだ。ただ今のところ穏やかでいることができている。それはこの気持ちを伝えたいと一切思わないからだった。相手を巻き込むことはないから。自分だけの問題だからとりあえず蓋をしておけばいいだけの話。それだけで春也を巻き添えにしないですむ。同性愛云々に、ましてや自分の片思いなどに絶対誰かを巻き込みたくはない。この思いは固く、叶わない恋に絶望したり悲しんだりする気持ちより大事にしたいものだった。叶わなくても仕方ない。それが当たり前なんだ。
急に春也が足をとめた。傘を持つ俺もそれに続く。思いの外強い雨の音に囲まれている。男が二人相合傘で、どうしても入り切らない片側の肩が濡れているのが目に入った。
「俺さ、今日誕生日なんだよね」
「…誕生日?え、今日?」
「そう」
「わ、まじか。おめでとう」
限りなく夏に近い春に誕生日だと言っていたのを思い出した。5月の終わり。今日だったのか。
「だからプレゼント欲しい」
「…唐突すぎるだろ。あげたいけど今は何も持ってないよ」
「物は要らない。時間がほしい」
「……俺の?」
「うん」
「何だよ、そんなもんでよければいくらだってやるよ。でも春也朝から講義だろ?遅刻するぞ」
「今日のはもういい」
「よくないだろ」
「でもいい」
そう言うとまた歩き始めた。傘役の俺も慌てて続く。大学はすぐそこなのに正門とは違う方向へ進んでいた。訳も分からず着いていく。やがて裏門が見えてきた。管理人が通る小さな扉がたまたま開いていてそこから敷地内に入った。校舎とは正反対、グラウンドの隅に俺たちは居た。上には木々が広がっており雨粒はあまり落ちてこなくなった。春也が足をとめたのであまり必要性がなくなった傘を一度たたんだ。
「春也、ここ校舎と真逆だぞ。何しに来たんだよ」
「いいじゃん別に」
いつもの春也の調子が戻ってきていた。言葉が軽快になっている。少しほっとした。
「俺さ、香水にずっと気づいてほしかったんだよね」
「香水?……誰に?」
「気づいてほしい人に」
「何だよ。それって誰だよ」
「好きな人に」
「…へえ」
「でも絶対告白とか出来ないし。だから女物の香水で香りだけでも気づいてもらえたらって思ってたんだよね。なんか甘い匂いしたってこっち見てくれるかなって」
「何それ。なんかかわいいな」
「うるさいな」
「はは、ふうん」
軽快な会話ができてよかった。と同時に春也には好きな人がいることを知って気になった。別にショックではなかった。好きな人、というか彼女だっていてもおかしくないんだから。むしろこんなかっこいい人間に何故彼女がいたことがないのかが逆に不思議だった。
でも俺は、恋をしていると知っても当分は春也のことを想い続けてしまうんだろう。その気持ちが行き着く先はないことを知っているから辛くはないのだけれど。そんな恋でも無理やり消してしまうことはないかなと、今では思えるようになった。
「そしたら相手が気づいてくれたんだよね。俺からずっと甘い匂いがするって」
「ふうん」
「香りとしてでも相手の中に残ることができたってことがなんかすごく嬉しくて」
「…ふうん」
「というか、好きな人に気づいてほしかったことを気づいてもらえたって、それだけでこんな嬉しくなれるとは思わなくて」
「…ふうん?」
「………そうだったんだよね」
「……………で?何でそんな話を俺にするんだよわざわざ。1限目を蹴ってする話なのか?」
「何苛ついてんだよ」
「苛ついてないし」
「いやなんか顔怒ってるし」
「怒ってねえよ!何でこんな話を俺にするのかって聞いてんの!」
「あは、怒ってんじゃん!」
春也が今日初めてあはっと笑った。やっと笑った。俺はこの笑顔が好きだ。なんか今日、電車で会ってからというもの始終変な雰囲気で少し不安だった自分がいた。なんか、笑ってくれてたらそれでいいと思う。無表情だったりたどたどしかったり無言な時が多い春也は、嫌だ。
「で、話はこれで終わりなのかよ」
「いや、これからが本番」
「早くしろよ気になるだろ」
「うん、じゃあ言うけど、好きだから付き合ってほしいです」
「……………ん?月?」
天気は最悪で、この前買った灰色のスニーカーは泥でどろんどろんで、傘をさしてた割には至るところがずぶ濡れで、そんなとある日の朝の話。
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