【辺境のグルメ商人、異世界をたがやす】異世界が野菜嫌いのようなので、おいしい料理でわからせます。

猫手 まねき

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第一章 辺境の村~6歳~

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 フィールド辺境伯領シュガー村。
 村の北西に建つ領主邸は、木と石造りのお洒落な半木骨造ハーフティンバーの二階建て一軒家。暖炉やかまどの煙突や、村では珍しい窓ガラスがある。

 屋敷の周りは緑豊かで陽当たり良好、西に広がる魔の森までは馬で体感二十分ほど。たまに魔物が出没するワイルドな立地である。
 北海道や群馬がこんな感じだったかな。
 前世の記憶に曖昧な部分も多々あるようだ。

 さすがに水道はなく川と井戸と水瓶完備だが、村の一般住宅にはない浴槽や洗面台があり、シュガー村では一番の豪邸には違いない。
 何より肝心なトイレがすごいんだ。
 自動開閉の洋式で、ヒヨヒヨと鳥のさえずる声が流れて冬には便座が暖かい。紙も水も一切不必要で、お尻も便器も一瞬で綺麗になるという謎の魔導具オーパーツ。

 これが魔導具の力なのかな?
 まあ、便利で快適だから深くは考えなくていいか。昔からこれで慣れちゃったし。
 ただ、長髪を後ろで一つに縛ったこの髪型と、このよくわからない木の歯ブラシと塩でする歯磨きはどうにも慣れない。光か水の魔法が使えれば、楽になると思うんだけど。
 その辺も含めてやることはたくさんある。
 まずは、これまで悪戯をして迷惑をかけたみんなへの謝罪行脚からだなー。

「よし、歯磨き終わりっと」
「まあ! ハルト様!?」
「あ、マーサさん……マーサおはよう」

 犬耳と尻尾が生えてる犬獣人の彼女は、メイド長のマーサ……マーサさん。
 自分が『様』付けで呼ばれるのが苦手なように、人の名前を呼び捨てで呼ぶのも抵抗がある。なんだか自分が生意気に感じちゃう。
 これは前世の記憶のせいだね。
 これから心の中ではマーサさんと呼ぼう。
 彼女はこの屋敷の使用人として、亡くなった母上に仕えていたベテランさんなのだが、抱えていた洗濯用のかごをドスンと落とした。
 口に手を当て、自分の収入の低さにショックを受けたみたいな顔してどうしたんだ?

「ハ、ハルト様が……ご自分から歯磨きを……それに、おはようって……」

 めちゃくちゃ驚愕している。
 ああ、フィーネから話が伝わってないのか。

「えっと、マーサ。僕は辛い思いをして心を入れ替えたんだ。今まで悪戯したり、わがままばかり言って困らせて、ごめんなさい」

 姿勢を正して頭を下げると、彼女はわなわなと口元を振るわせて泣き出した。
 
「ううっ……ハルト様が、ハルト様が、こんなにもご立派になられて……もしもソフィア様が生きていらっしゃったら、どれほどお喜びになられたことか……ぐすっ、ぐすっ」

 いやあ、少しもご立派ではないけどね。
 マイナスをゼロにしているだけだから。

「あー、マーサ? 大丈夫?」
「ああっ、ハルト様! ハルト様ぁ!」
「ちょっ苦しい! ぐるじいよマーサ!」

 力いっぱい抱き締められて息ができない。
 逞しい彼女の腕の中で、笑顔で手を振る母上を見た気がした。獣人族は総じて身体的能力が高いってことを身をもって経験したよ。

「ぜぇー、ぜぇー、ぜぇー(死ぬかと思った)」
「ハルト様、お腹が空いているでしょう? さあ、私と一緒に食堂へ参りましょう」
「う、うん……(まあまあ満腹なんだよ)」

 大きな暖炉がある食堂では、長いテーブルの上座に兄上ことアベル兄様が座り、執事のクラウスさんが優雅に香草茶を注ぐ。
 長い足を組んだ金髪碧眼のイケメンと、濃紺の執事服に身を包んだ白髪のイケオジ。村を歩けば老若男女、誰もが振り向く存在の二人だ。
 あれでアベル兄様は、剣と弓が得意な武人なんだから人生とは不平等極まりない。
 そんな二人の前に立った僕は、朝の挨拶に続けて頭を下げて謝罪する。

「兄上、クラウス、今まで悪戯したり、わがままを言って困らせてすみませんでした。これからは心を入れ換えて頑張ります」

 うん? 二人からの反応がない。
 マーサさんは後ろでまた泣いてるし。
 下げた頭を少し上げて見ると、二人とも驚きに口を開けたまま固まっていた。

「あのー、クラウス、お茶が溢れてるよ」
「ああっ! わたくしとしたことが、たいへん失礼いたしました。アベル様、お召し物は大丈夫でしょうか?」
「ああ、問題ない……が」

 涼しげな目の兄上と目が合った。
 実は兄上がこの屋敷へ来たのは一年前で、僕とはほぼ会話をしたことがない。
 クールすぎて何を考えているのかわからないというか、僕やマリアに対して怒りもしないし褒めもしない。短く言葉を交わす程度で、僕も正直苦手でずっと向き合わずに逃げてきた。

 こうして見ると、睫毛長くてマジイケメン。
 噂では王都の王立学院を首席で卒業してきたらしいけど、婚約や結婚の話は聞いたことがない。二男とはいえ、大貴族である辺境伯のご令息なのに。

「ハルト……」
「あっ、はい!」
「熱は下がったのか?」
「はい、もう大丈夫です」
「そうか……」
「はい……」

 えっと、終わり?
 僕たち異母兄弟の関係性から考えれば、僕やマリアを腹立たしく思って辛く当たることがあっても不思議じゃないと思うんだ。
 でも、幸いにもそんな素振りはない。
 なんでこの村の代理領主になったんだろ。
 イケメンの考えはわからないや。
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