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第一章 辺境の村~6歳~
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闇の月。
北方の秋は一気に進む。
白銀の霊峰アルヌから北風が吹くようになると、本格的な冬はもうすぐだ。
冬季はシュガー村へ通じる街道が深雪に埋まるため、その前にアルマンさん率いる隊商がやって来る。彼らはオリーブオイルや衣類や雑貨などを届けてくれる今年最後の訪問者。
村では隊商の到着に合わせて前夜祭が開かれるのが習わしで、夕方には風に乗って軽妙な笛や太鼓の音色が聞こえてきた。
ただ、前夜祭はお祭り好きな村人たちが先走って始めたものらしく。きっと昔のパリピだね。だから領主家の出番があるのは明日から。
その代わり、わが家では隊商を率いる商人さんを夕食に招待するのが習わしなんだ。いつものように旅の話を聞いて情報を得るのだけど。
今年は少しばかり趣向を変えて、片栗粉などの商品化について話してみることに決まった。兄上とクラウスさんが僕にやってみなさいと。
僕は六歳なんだけど任されていいのかな。
兄上たちは僕の言動に慣れちゃったんだね。
上座に兄上、僕とマリアの正面に商人アルマンさんと息子のサムトさんが座る。
口髭をたくわえた恰幅のよいアルマンさんに対して、癖っ毛茶髪のサムトさんは細身で柔和な笑顔の好青年。僕とマリアとは初対面だったので、お互いに自己紹介を済ませた。
「前回、アルマンさんに美味しそうな料理のお話を聞いて、当家でも料理で商売ができないかと試行錯誤しているんです。今夜はぜひ、食通のお二人の感想を聞かせてください」
「それは光栄なことです、なあ?」
「はい。喜んでいただきます」
それほど期待に満ちた顔ではないかな。
マーサさんとフィーネが二人の前にカップを置くと、揺らぐ飲み物からは湯気が上がる。
「そちらは飴湯といいます」
二人は香りを確かめてカップに口をつけた。
「甘い……ほぉ、ショウガが入ってますね」
「ああ~、身体に染み渡るようです」
「飴湯は疲労回復や消化促進に効果があるんですよ。夏は冷やして飲むと美味しい、砂糖も蜂蜜も使っていない飲み物なんです」
驚いて顔を見合わせる二人。
せっかく苦労して作ったので出してみた。
「では、続けて料理をどうぞ」
マーサさんたちが運んでくれた料理は、片栗粉を使ったブラックボアの竜田揚げと、ポテトやサツマイモ、カボチャやかき揚げなど野菜の天ぷら。
他には、モルトパウダーを使ったマーサさん特製のパン、ビーツと豆乳の甘いポタージュ、おからとヨーグルトのさっぱりサラダなど、村にある食材で作れる新しい料理が並んだ。
「揚げ物とは、正直驚きました」
「アルマンさんの好物だと聞いたので、あえて小麦粉と卵を使わずに作ってみました」
「え? 小麦粉も卵も使っていない?」
「はい。この料理は竜田揚げと天ぷらといいます。たぶんフリットやカツレツより見た目が白く見えると思いますが、きっと気に入ってもらえると思いますよ」
二人はボア肉の竜田揚げから口に運んだ。
カリッサクッとした食感に瞠目する。
そして溢れ出る肉汁に目を閉じた。
「んん~、これは素晴らしい……」
「美味しい……」
甘い飴湯の後で際立つ岩塩の塩味とうま味。
さらに味の対比効果によってボア肉の甘味とうま味が引き立ち、ナッツのような芳ばしい香気がする甘い脂身と、味の濃い赤身肉が特徴的なブラックボアの味が数段美味しくなる。
「野菜の天ぷらもどうぞ。こちらはお好みで少し塩をつけてみてください」
これも対比効果でより甘く感じるはず。外はカリッと香ばしく中はホクホク、甘味を最大限に引き出した野菜の天ぷら。
揚げたては本当に美味しいよね。
「んんっ!? これがポテト?」
「父さん、カボチャがすごく甘いよ!」
「ああ。これはなんだ? ん!? うまい!」
「それは今年魔の森で見つかった新しい野菜でサツマイモといいます」
そういう設定です。
二人は我を忘れたように夢中で食べ始める。
もう説明も耳に入らない様子に、笑顔で視線を交わした僕たちも食事を始めた。
「サムト、このパンも素晴らしいぞ!」
「ええ、父さん。この味なら王都の大通りでだって勝負できますよ!」
二人は十分に用意したつもりの料理の数々を、あっという間にたいらげてしまった。
「アルマンさん、サムトさん、当家の新しい料理はお口に合いましたか?」
「これはとてつもなく美味しいですよ! フリットやカツレツにも決して引けを取らない! 絶対に評判になります!」
「父さん、ぜひボルドさんたちとの出店計画に参加していただこうよ!」
「ああ、私も同じことを考えていた」
興奮冷めやらぬ二人。
兄上が静かに口を開く。
「出店計画? それはなんの話ですか?」
「実は、そろそろ息子のサムトに隊商長を任せて、わたくしはバホルムで別の分野へ商売の手を広げようかと考えておりまして。
ちょうど長年隊商の護衛を務めてきてくれたアルヌの双壁の二人も、引退を機に飲食店をやりたいというので。これも何かの縁、また一緒にやろうと計画しているところなんです」
「ぜひお力をお貸しいただけませんか? これほど美味しいお料理であれば、辺境一……いえ、王国一の店も夢じゃないと思います!」
熱く語るアルマンさんとサムトさんの話を聞いて、僕は兄上と視線を交わす。頷く兄上を見て、二人にいくつか質問してみることにした。
北方の秋は一気に進む。
白銀の霊峰アルヌから北風が吹くようになると、本格的な冬はもうすぐだ。
冬季はシュガー村へ通じる街道が深雪に埋まるため、その前にアルマンさん率いる隊商がやって来る。彼らはオリーブオイルや衣類や雑貨などを届けてくれる今年最後の訪問者。
村では隊商の到着に合わせて前夜祭が開かれるのが習わしで、夕方には風に乗って軽妙な笛や太鼓の音色が聞こえてきた。
ただ、前夜祭はお祭り好きな村人たちが先走って始めたものらしく。きっと昔のパリピだね。だから領主家の出番があるのは明日から。
その代わり、わが家では隊商を率いる商人さんを夕食に招待するのが習わしなんだ。いつものように旅の話を聞いて情報を得るのだけど。
今年は少しばかり趣向を変えて、片栗粉などの商品化について話してみることに決まった。兄上とクラウスさんが僕にやってみなさいと。
僕は六歳なんだけど任されていいのかな。
兄上たちは僕の言動に慣れちゃったんだね。
上座に兄上、僕とマリアの正面に商人アルマンさんと息子のサムトさんが座る。
口髭をたくわえた恰幅のよいアルマンさんに対して、癖っ毛茶髪のサムトさんは細身で柔和な笑顔の好青年。僕とマリアとは初対面だったので、お互いに自己紹介を済ませた。
「前回、アルマンさんに美味しそうな料理のお話を聞いて、当家でも料理で商売ができないかと試行錯誤しているんです。今夜はぜひ、食通のお二人の感想を聞かせてください」
「それは光栄なことです、なあ?」
「はい。喜んでいただきます」
それほど期待に満ちた顔ではないかな。
マーサさんとフィーネが二人の前にカップを置くと、揺らぐ飲み物からは湯気が上がる。
「そちらは飴湯といいます」
二人は香りを確かめてカップに口をつけた。
「甘い……ほぉ、ショウガが入ってますね」
「ああ~、身体に染み渡るようです」
「飴湯は疲労回復や消化促進に効果があるんですよ。夏は冷やして飲むと美味しい、砂糖も蜂蜜も使っていない飲み物なんです」
驚いて顔を見合わせる二人。
せっかく苦労して作ったので出してみた。
「では、続けて料理をどうぞ」
マーサさんたちが運んでくれた料理は、片栗粉を使ったブラックボアの竜田揚げと、ポテトやサツマイモ、カボチャやかき揚げなど野菜の天ぷら。
他には、モルトパウダーを使ったマーサさん特製のパン、ビーツと豆乳の甘いポタージュ、おからとヨーグルトのさっぱりサラダなど、村にある食材で作れる新しい料理が並んだ。
「揚げ物とは、正直驚きました」
「アルマンさんの好物だと聞いたので、あえて小麦粉と卵を使わずに作ってみました」
「え? 小麦粉も卵も使っていない?」
「はい。この料理は竜田揚げと天ぷらといいます。たぶんフリットやカツレツより見た目が白く見えると思いますが、きっと気に入ってもらえると思いますよ」
二人はボア肉の竜田揚げから口に運んだ。
カリッサクッとした食感に瞠目する。
そして溢れ出る肉汁に目を閉じた。
「んん~、これは素晴らしい……」
「美味しい……」
甘い飴湯の後で際立つ岩塩の塩味とうま味。
さらに味の対比効果によってボア肉の甘味とうま味が引き立ち、ナッツのような芳ばしい香気がする甘い脂身と、味の濃い赤身肉が特徴的なブラックボアの味が数段美味しくなる。
「野菜の天ぷらもどうぞ。こちらはお好みで少し塩をつけてみてください」
これも対比効果でより甘く感じるはず。外はカリッと香ばしく中はホクホク、甘味を最大限に引き出した野菜の天ぷら。
揚げたては本当に美味しいよね。
「んんっ!? これがポテト?」
「父さん、カボチャがすごく甘いよ!」
「ああ。これはなんだ? ん!? うまい!」
「それは今年魔の森で見つかった新しい野菜でサツマイモといいます」
そういう設定です。
二人は我を忘れたように夢中で食べ始める。
もう説明も耳に入らない様子に、笑顔で視線を交わした僕たちも食事を始めた。
「サムト、このパンも素晴らしいぞ!」
「ええ、父さん。この味なら王都の大通りでだって勝負できますよ!」
二人は十分に用意したつもりの料理の数々を、あっという間にたいらげてしまった。
「アルマンさん、サムトさん、当家の新しい料理はお口に合いましたか?」
「これはとてつもなく美味しいですよ! フリットやカツレツにも決して引けを取らない! 絶対に評判になります!」
「父さん、ぜひボルドさんたちとの出店計画に参加していただこうよ!」
「ああ、私も同じことを考えていた」
興奮冷めやらぬ二人。
兄上が静かに口を開く。
「出店計画? それはなんの話ですか?」
「実は、そろそろ息子のサムトに隊商長を任せて、わたくしはバホルムで別の分野へ商売の手を広げようかと考えておりまして。
ちょうど長年隊商の護衛を務めてきてくれたアルヌの双壁の二人も、引退を機に飲食店をやりたいというので。これも何かの縁、また一緒にやろうと計画しているところなんです」
「ぜひお力をお貸しいただけませんか? これほど美味しいお料理であれば、辺境一……いえ、王国一の店も夢じゃないと思います!」
熱く語るアルマンさんとサムトさんの話を聞いて、僕は兄上と視線を交わす。頷く兄上を見て、二人にいくつか質問してみることにした。
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