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第一章 辺境の村~6歳~
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「アルマンさん、質問をいいでしょうか?」
「ええ、なんなりとどうぞ」
「いくつか商売の方法を考えてみたのですが。例えば、料理のレシピを販売して利益を得ることはできないでしょうか?」
顔を見合わせるアルマンさんとサムトさん。二人のその様子から、料理レシピの販売が一般的ではないことはなんとなく察した。
「面白いアイデアだとは思いますが、商売としては難しいと思います。それにもったいない」
「理由を聞いてもいいですか?」
「はい。まず料理人にとってレシピとは財産です。多くの場合、師から弟子へと受け継ぐ味や技術。それが売りに出されたとして、どれだけの人が興味を持ち信用して買うでしょうか?」
当然レシピの内容は買うまでわからない。前世で言えば、誰でも簡単に稼げるとか謳った怪しい情報商材のように思われるのか。
でも興味がある人はいると思う。
「では、実際に料理を食べてもらえばどうですか? 信用に関しては、手数料を支払い商工ギルドに仲介と認定をしてもらうとか」
「なるほど。確かにそれならば一定の信用は得られるかもしれません。
しかしレシピが売れたとして、買った者がより安い値段で複数の人へ売り始めたらどうでしょう? あるいは無分別に広めたら?
商品としてのレシピの価値はなくなってしまいます。大切なお金を出して買った他の人は損をしたと思うでしょう。信用を失えば次のレシピは買ってもらえません」
確かに仰る通りだ。
前世の記憶では一応法律があったかな。
「転売や漏洩に罰則を設けたらどうですか?」
「ハルト様、罰とは誰がどうやって与えるのか、また犯罪に手を染めようとする者への抑止力となり得るのかが問題になってきます。
仮に商工ギルドへの根回しやご領主様への働きかけによって法が作られたとしても、領境を越えれば罰することはできませんし、一度広まった情報を取り戻すことはできませんから」
ああ、今思い出したけど、前世でコーラやフライドチキンを販売する有名企業がクローズ戦略というのをやっていた。いずれ一般公開されてしまう特許をあえて取らず、レシピを企業秘密として商品のブランド価値を守る考え方だ。
考えてみれば、調味料一つ変えたり足したりするだけで、違うレシピだと主張する人は必ず出てくるだろう。アレンジによって美味しさを追求する料理の性質上、それを否定できない。
また前世のような先進的な社会でも、特許法や特許権は国ごとに違ったし、新品種の苺や葡萄などの農産物でさえ盗まれる問題があった。
仮に数々のハードルを乗り越えて法律ができたとしても、この魔法世界では抜け道が多すぎて抑止力にはならないか。
「それと、もう一つ理由があります」
「なんでしょう?」
「錬金術にもレシピというものがありますが、錬金術士はレシピを盗まれないように秘匿します。彼らはあえて統一した計量器を使いません。同じ理由で料理の世界にも統一した計量器がないのです」
長さや重さなどの単位はミテラス教会が定めたって習ったけど、料理に使う統一された計量カップやスプーンが作られていないのか。
前世の記憶だと、日本では香川綾博士によって計量カップやスプーンが作られた。それらは世界共通ではなく国によって違ったな。
例えばマーサさんのパン作りでも、計量は昔からあるカップや木の匙を使っていて、それが何グラムか、なんて情報は必要としないし、火加減や温度管理などは経験に基づく体感だ。
たとえ共通の計量単位があっても、実際に一グラムがどのくらいの量か、万人が情報を共有できていなければレシピの意味がない。
食事が空腹を満たすための行為でしかない人が多いと、車の両輪である料理や調理器具の発展には緩やかな変化しか生まれないんだ。
そうだ、レシピと計量器をセットで売り出したらどうだろう……いや、たぶん封建社会において権力者の領分を不用意に侵すのはダメだ。
入念な根回しが必要だろう……あ!
「では発想の転換で、各国の王家や教会などにレシピと仮の計量器をセットで送るのはどうでしょう? 莫大な資産を持つ権力者たちに、驚くような美味しい料理のレシピを売って、彼らから信用と大金を得るんです。ついでに世界で統一した計量器を作ってくれるように働きかけましょう」
僕がそう言ったところで、アルマンさんとサムトさんは目を丸くして固まった。
食堂は水を打ったように静まり返る。
「あれ? 僕、変なこと言いましたか?」
「わっはっはっ! いやいや、申し訳ございません。しかし、そのお歳で世界を見据えて商売の話をされるので、一国の王のような視野の広さに感服してしまったのです」
あ、しまった。
「や、やめてくださいよー、アルマンさん。受け売りですよ、受け売り、あはは……」
つい熱くなっちゃった。
無言の兄上が涼しい目で視線を送ってくる。
呆れてるんですね、わかります。
小さなことからコツコツと、現状のルールの中で頑張って稼ぐしかないようだ。
「そうだ兄上。食後のワインに、きなこ棒を作ったんです。マーサお願い」
「はい、かしこまりました」
兄上とアルマンさんとサムトさんの前に、ワインとゴブレットときなこ棒が置かれる。
出店の話に軌道修正しよう。
「アルマンさん、サムトさん、このスイーツはきなこ棒といいます。もちろん砂糖を使っていませんし、この村にあるもので作れるので、うまくいけばがっぽり儲かりますよ。出店計画の件、ぜひ当家もご一緒に稼がせてください。よろしくお願いします。えっへっへ……」
「ハルト……」
「はい?」
「……ここからは俺とクラウスが話す」
「あ、はい」
兄上から交代を告げられて。
アルマンさんにまた豪快に笑われた。
「ええ、なんなりとどうぞ」
「いくつか商売の方法を考えてみたのですが。例えば、料理のレシピを販売して利益を得ることはできないでしょうか?」
顔を見合わせるアルマンさんとサムトさん。二人のその様子から、料理レシピの販売が一般的ではないことはなんとなく察した。
「面白いアイデアだとは思いますが、商売としては難しいと思います。それにもったいない」
「理由を聞いてもいいですか?」
「はい。まず料理人にとってレシピとは財産です。多くの場合、師から弟子へと受け継ぐ味や技術。それが売りに出されたとして、どれだけの人が興味を持ち信用して買うでしょうか?」
当然レシピの内容は買うまでわからない。前世で言えば、誰でも簡単に稼げるとか謳った怪しい情報商材のように思われるのか。
でも興味がある人はいると思う。
「では、実際に料理を食べてもらえばどうですか? 信用に関しては、手数料を支払い商工ギルドに仲介と認定をしてもらうとか」
「なるほど。確かにそれならば一定の信用は得られるかもしれません。
しかしレシピが売れたとして、買った者がより安い値段で複数の人へ売り始めたらどうでしょう? あるいは無分別に広めたら?
商品としてのレシピの価値はなくなってしまいます。大切なお金を出して買った他の人は損をしたと思うでしょう。信用を失えば次のレシピは買ってもらえません」
確かに仰る通りだ。
前世の記憶では一応法律があったかな。
「転売や漏洩に罰則を設けたらどうですか?」
「ハルト様、罰とは誰がどうやって与えるのか、また犯罪に手を染めようとする者への抑止力となり得るのかが問題になってきます。
仮に商工ギルドへの根回しやご領主様への働きかけによって法が作られたとしても、領境を越えれば罰することはできませんし、一度広まった情報を取り戻すことはできませんから」
ああ、今思い出したけど、前世でコーラやフライドチキンを販売する有名企業がクローズ戦略というのをやっていた。いずれ一般公開されてしまう特許をあえて取らず、レシピを企業秘密として商品のブランド価値を守る考え方だ。
考えてみれば、調味料一つ変えたり足したりするだけで、違うレシピだと主張する人は必ず出てくるだろう。アレンジによって美味しさを追求する料理の性質上、それを否定できない。
また前世のような先進的な社会でも、特許法や特許権は国ごとに違ったし、新品種の苺や葡萄などの農産物でさえ盗まれる問題があった。
仮に数々のハードルを乗り越えて法律ができたとしても、この魔法世界では抜け道が多すぎて抑止力にはならないか。
「それと、もう一つ理由があります」
「なんでしょう?」
「錬金術にもレシピというものがありますが、錬金術士はレシピを盗まれないように秘匿します。彼らはあえて統一した計量器を使いません。同じ理由で料理の世界にも統一した計量器がないのです」
長さや重さなどの単位はミテラス教会が定めたって習ったけど、料理に使う統一された計量カップやスプーンが作られていないのか。
前世の記憶だと、日本では香川綾博士によって計量カップやスプーンが作られた。それらは世界共通ではなく国によって違ったな。
例えばマーサさんのパン作りでも、計量は昔からあるカップや木の匙を使っていて、それが何グラムか、なんて情報は必要としないし、火加減や温度管理などは経験に基づく体感だ。
たとえ共通の計量単位があっても、実際に一グラムがどのくらいの量か、万人が情報を共有できていなければレシピの意味がない。
食事が空腹を満たすための行為でしかない人が多いと、車の両輪である料理や調理器具の発展には緩やかな変化しか生まれないんだ。
そうだ、レシピと計量器をセットで売り出したらどうだろう……いや、たぶん封建社会において権力者の領分を不用意に侵すのはダメだ。
入念な根回しが必要だろう……あ!
「では発想の転換で、各国の王家や教会などにレシピと仮の計量器をセットで送るのはどうでしょう? 莫大な資産を持つ権力者たちに、驚くような美味しい料理のレシピを売って、彼らから信用と大金を得るんです。ついでに世界で統一した計量器を作ってくれるように働きかけましょう」
僕がそう言ったところで、アルマンさんとサムトさんは目を丸くして固まった。
食堂は水を打ったように静まり返る。
「あれ? 僕、変なこと言いましたか?」
「わっはっはっ! いやいや、申し訳ございません。しかし、そのお歳で世界を見据えて商売の話をされるので、一国の王のような視野の広さに感服してしまったのです」
あ、しまった。
「や、やめてくださいよー、アルマンさん。受け売りですよ、受け売り、あはは……」
つい熱くなっちゃった。
無言の兄上が涼しい目で視線を送ってくる。
呆れてるんですね、わかります。
小さなことからコツコツと、現状のルールの中で頑張って稼ぐしかないようだ。
「そうだ兄上。食後のワインに、きなこ棒を作ったんです。マーサお願い」
「はい、かしこまりました」
兄上とアルマンさんとサムトさんの前に、ワインとゴブレットときなこ棒が置かれる。
出店の話に軌道修正しよう。
「アルマンさん、サムトさん、このスイーツはきなこ棒といいます。もちろん砂糖を使っていませんし、この村にあるもので作れるので、うまくいけばがっぽり儲かりますよ。出店計画の件、ぜひ当家もご一緒に稼がせてください。よろしくお願いします。えっへっへ……」
「ハルト……」
「はい?」
「……ここからは俺とクラウスが話す」
「あ、はい」
兄上から交代を告げられて。
アルマンさんにまた豪快に笑われた。
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