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第一章 辺境の村~6歳~
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徴税官一行とドルガン兄様、アルダン兄様は無事……かどうかは微妙なところだが、報復のようなこともなく領都へ帰って行った。
どうか強く生きて欲しい。
そして資金援助ありがとうございます。
金貨五枚と銀貨十枚は遠慮なくいただきました。家名に誓った約束ですからね。
一難去って少しばかり懐が暖かくなった僕は、アベル兄様とクラウスさんに家族会議で商売の相談をすることにした。
料理が得意なマーサさんと、風と水の魔法が得意なフィーネに協力してもらいながら、片栗粉の他にも色々考えて作ってきたんだ。
夕食前の食堂にて。
兄上とクラウスさんの前に、六種類の粉末や液体が入った小皿と、三種類の飲み物が入ったカップを並べて置いた。
「兄上、こちらの粉は例の片栗粉です」
「ああ。竜田揚げやスープにとろみを付けるポテト由来の粉だったな」
兄上とクラウスさんが頷く。
下味を付けなければから揚げ、天ぷら粉、麺を打つ際の打ち粉などにも使えるね。
「はい。次にこちらのやや乳白色の粉をモルトパウダーといいます。兄上はエールの醸造に使われる麦芽をご存じですか?」
「たしか二条大麦を発芽させたものだ」
「そうです。その発芽大麦を乾燥して粉末にしたのがモルトパウダーです」
今回はフィーネの魔法を使って作ってもらったけど、もちろん魔法なしで作れる。まあ、それなりに手間のかかる作業になる。
「それでは次に、こちらの透明な液体を味見してみてください」
「甘いな」
「ええ。ハルト様、ハチミツのようなこちらの甘いものはなんでしょうか?」
「これは水飴というものらしいよ。作るのはちょっと大変なんだ」
安全かつ大量に作るにはそれなりの設備と人員がいるから、現状では冷やし飴やさつま飴みたいな製品を作って販売するのは難しい。
「では、僕が夢で学んだことをお話しします」
夢のお告げのおかげということで、兄上とクラウスさんに詳しい説明を続ける。
「まず、ポテトや麦などにはデンプンという成分が多く含まれているそうです。ポテトから作った片栗粉がまさにそうなんです」
エネルギーの源、炭水化物だね。
前世の辛い記憶、糖質制限を思い出すよ。
「次に、麦などは発芽して成長するためにこのデンプンを使うんです。ただ、デンプンのままでは駄目で、アミラーゼという消化酵素を作り出してデンプンを糖に変えるんだそうです」
つまり糖化のこと。
麦芽糖マルトースは甘さが砂糖の約三分の一で、みんな大好きサツマイモが加熱によって甘くなるのも、およそ六十度~七十度の至適温度で活性化したβーアミラーゼがデンプンをマルトースに分解するから。
「ハルト様、つまり発芽大麦にはアミラーゼという消化酵素があり、片栗粉のデンプンを糖に変えたので甘い水飴になった、ということでしょうか?」
少なくともこの国では、まだ科学的な見地から菌や酵素の存在が認知されていないようなので、理解するには難しい話だと思う。
「さすがクラウス、その通りだよ。消化酵素はパン作りやエールの醸造で見られる発酵と同じように、ちょうどいい温かさで上手く働くみたいなんだ」
多くの消化酵素が働く最適温度は、人間の体温とほぼ同じ三十五度~四十度。酵素は熱に弱く、四十度を超えるとほぼ失活してしまう。
例えば、口噛み酒がわかりやすい。穀物のデンプンを唾液に含まれるアミラーゼで糖化して、自然の酵母菌で発酵させて造るんだ。
「なるほどな……それで、ハルトはこの水飴を作って販売したいのか?」
「それも考えているところではあるんですが、モルトパウダーには他にも使い道があるんです。マーサ、フィーネ、例のパンをお願い」
「「はい、かしこまりました」」
マーサさんがいつも焼いてくれる楕円形で茶色のパンを持ってきてくれた。
粉と水と塩だけで作られる村のパンには、繊維の多いライ麦粉で作る黒パンと、ほぼ全粒粉の小麦粉で作る茶パンの二種類がある。
どちらも乳酸菌由来の酸味があるパンで、生地の発酵種に使われるのは、小麦粉やライ麦粉をお粥みたいにして自然培養する天然酵母のサワー種。いわゆるサワードウブレッドだ。
このマーサさんお得意の茶パンに使われる天然酵母にモルトパウダーを与えると、生地の発酵が安定したり窯伸びが良くなってパンがぐっと美味しくなる。
「マーサにお願いして、いつものパンとモルトパウダーを使ったパンの二種類を焼いてもらいました。違いがよくわかると思います」
ちょうどマリアとレンも食堂へ来たので、みんなに焼き立てのパンを配る。
「ほう、明らかに大きさが違うな」
「ええ。モルトパウダーを使った方が焼き色が濃く美しい仕上がりですね」
「香ばしくてすごくいい香りがします」
兄上、クラウスさん、マリアが笑顔になる。
外側のクラストはパリッと香ばしく、内側のクラムはしっとりもっちり、すだちよく気泡が広がりふわっと焼き上がった。
小麦のいい香り、すごく美味しそう。
全粒粉の割合が多いパンは、上手く焼き上げるのが難しい。こうして美味しく焼けるマーサさんは村一番の料理上手だよ。
「ん~! このパンすっごく美味しいよ!」
だからレンも大満足、って?
みんなより先に食べちゃってる!
ああ、そう言えばお腹空いたな。
「兄上、途中ですが夕食にしませんか?」
「ああ、そうだな。こんなうまそうなパンを出されたら我慢できそうもない」
そんなわけで、夕食はみんなで食卓を囲む。
作りやすいハーブソルトはもちろん、大豆粉、きな粉、粉山椒、粉シナモン、粉ゼラチンなど。今夜は色んな粉末を使った試作料理の数々に舌鼓を打った。
どうか強く生きて欲しい。
そして資金援助ありがとうございます。
金貨五枚と銀貨十枚は遠慮なくいただきました。家名に誓った約束ですからね。
一難去って少しばかり懐が暖かくなった僕は、アベル兄様とクラウスさんに家族会議で商売の相談をすることにした。
料理が得意なマーサさんと、風と水の魔法が得意なフィーネに協力してもらいながら、片栗粉の他にも色々考えて作ってきたんだ。
夕食前の食堂にて。
兄上とクラウスさんの前に、六種類の粉末や液体が入った小皿と、三種類の飲み物が入ったカップを並べて置いた。
「兄上、こちらの粉は例の片栗粉です」
「ああ。竜田揚げやスープにとろみを付けるポテト由来の粉だったな」
兄上とクラウスさんが頷く。
下味を付けなければから揚げ、天ぷら粉、麺を打つ際の打ち粉などにも使えるね。
「はい。次にこちらのやや乳白色の粉をモルトパウダーといいます。兄上はエールの醸造に使われる麦芽をご存じですか?」
「たしか二条大麦を発芽させたものだ」
「そうです。その発芽大麦を乾燥して粉末にしたのがモルトパウダーです」
今回はフィーネの魔法を使って作ってもらったけど、もちろん魔法なしで作れる。まあ、それなりに手間のかかる作業になる。
「それでは次に、こちらの透明な液体を味見してみてください」
「甘いな」
「ええ。ハルト様、ハチミツのようなこちらの甘いものはなんでしょうか?」
「これは水飴というものらしいよ。作るのはちょっと大変なんだ」
安全かつ大量に作るにはそれなりの設備と人員がいるから、現状では冷やし飴やさつま飴みたいな製品を作って販売するのは難しい。
「では、僕が夢で学んだことをお話しします」
夢のお告げのおかげということで、兄上とクラウスさんに詳しい説明を続ける。
「まず、ポテトや麦などにはデンプンという成分が多く含まれているそうです。ポテトから作った片栗粉がまさにそうなんです」
エネルギーの源、炭水化物だね。
前世の辛い記憶、糖質制限を思い出すよ。
「次に、麦などは発芽して成長するためにこのデンプンを使うんです。ただ、デンプンのままでは駄目で、アミラーゼという消化酵素を作り出してデンプンを糖に変えるんだそうです」
つまり糖化のこと。
麦芽糖マルトースは甘さが砂糖の約三分の一で、みんな大好きサツマイモが加熱によって甘くなるのも、およそ六十度~七十度の至適温度で活性化したβーアミラーゼがデンプンをマルトースに分解するから。
「ハルト様、つまり発芽大麦にはアミラーゼという消化酵素があり、片栗粉のデンプンを糖に変えたので甘い水飴になった、ということでしょうか?」
少なくともこの国では、まだ科学的な見地から菌や酵素の存在が認知されていないようなので、理解するには難しい話だと思う。
「さすがクラウス、その通りだよ。消化酵素はパン作りやエールの醸造で見られる発酵と同じように、ちょうどいい温かさで上手く働くみたいなんだ」
多くの消化酵素が働く最適温度は、人間の体温とほぼ同じ三十五度~四十度。酵素は熱に弱く、四十度を超えるとほぼ失活してしまう。
例えば、口噛み酒がわかりやすい。穀物のデンプンを唾液に含まれるアミラーゼで糖化して、自然の酵母菌で発酵させて造るんだ。
「なるほどな……それで、ハルトはこの水飴を作って販売したいのか?」
「それも考えているところではあるんですが、モルトパウダーには他にも使い道があるんです。マーサ、フィーネ、例のパンをお願い」
「「はい、かしこまりました」」
マーサさんがいつも焼いてくれる楕円形で茶色のパンを持ってきてくれた。
粉と水と塩だけで作られる村のパンには、繊維の多いライ麦粉で作る黒パンと、ほぼ全粒粉の小麦粉で作る茶パンの二種類がある。
どちらも乳酸菌由来の酸味があるパンで、生地の発酵種に使われるのは、小麦粉やライ麦粉をお粥みたいにして自然培養する天然酵母のサワー種。いわゆるサワードウブレッドだ。
このマーサさんお得意の茶パンに使われる天然酵母にモルトパウダーを与えると、生地の発酵が安定したり窯伸びが良くなってパンがぐっと美味しくなる。
「マーサにお願いして、いつものパンとモルトパウダーを使ったパンの二種類を焼いてもらいました。違いがよくわかると思います」
ちょうどマリアとレンも食堂へ来たので、みんなに焼き立てのパンを配る。
「ほう、明らかに大きさが違うな」
「ええ。モルトパウダーを使った方が焼き色が濃く美しい仕上がりですね」
「香ばしくてすごくいい香りがします」
兄上、クラウスさん、マリアが笑顔になる。
外側のクラストはパリッと香ばしく、内側のクラムはしっとりもっちり、すだちよく気泡が広がりふわっと焼き上がった。
小麦のいい香り、すごく美味しそう。
全粒粉の割合が多いパンは、上手く焼き上げるのが難しい。こうして美味しく焼けるマーサさんは村一番の料理上手だよ。
「ん~! このパンすっごく美味しいよ!」
だからレンも大満足、って?
みんなより先に食べちゃってる!
ああ、そう言えばお腹空いたな。
「兄上、途中ですが夕食にしませんか?」
「ああ、そうだな。こんなうまそうなパンを出されたら我慢できそうもない」
そんなわけで、夕食はみんなで食卓を囲む。
作りやすいハーブソルトはもちろん、大豆粉、きな粉、粉山椒、粉シナモン、粉ゼラチンなど。今夜は色んな粉末を使った試作料理の数々に舌鼓を打った。
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