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第二章 辺境の村~7歳~
103 脱税騒動の結末
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徴税官一行は明朝までの宿泊予定だ。
ただあんなことがあったから、ホルダー家はもちろん宿で働く村の従業員さんも接客は厳しいだろうと思って僕が代役を買って出た。
仕事は夕食と朝食の提供と、不測の事態に備えて仮眠を取りながらの夜番だ。クラウスさんとフィーネと一緒に『月の宿』へ向かう。
「ハルト様」
「ん?」
僕は歩きながらクラウスさんを見上げた。
「ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」
「うん」
「先ほど、十羽のニワトリを渡さずに一芝居打ったのはなぜでしょうか?」
「えーと、理由は二つあって。一つは、一度ゆすりたかりに屈すれば、何度も理不尽な要求をされるかもしれないと思ったからなんだ」
「それはモンガー徴税官に限らず、ニワトリの噂を聞き付けた他の誰かのことも考えて。という解釈でよろしいでしょうか?」
「うん、そうだよ」
クラウスさんが頷く。
「確かに、仰る通りかもしれません。しかし、今度は逆に『ニワトリは狂暴なのではないか』という噂が広まることによって、今後のご商売に影響が出ませんか?」
「実は、それが二つ目の理由なんだ」
「ふむ……つまりニワトリに関して、あえて悪評を広めることも狙いであると?」
クラウスさんの問いに首肯する。
「うん。もちろん僕もお金はたくさん欲しいよ。世界にはマリアの目が見えるようになる薬や方法があるかもしれないし、シュガー村をもっと豊かにしたいとも思ってる。
でも、ニワトリを求めてモンガー徴税官みたいな強欲な人たちに来て欲しくないんだ。
ニワトリは危険であるとか、シュガー村では死んでしまったとかいう噂が広まれば、しばらくは安心できると思ったんだよ」
とはいえ、飼育や繁殖の方法を知っているというだけでも価値がある。正直、お金を稼ぐことより安全を確保する方が重要だと思う。
「僕はどちらかと言えば、まず村のみんなが気兼ねなく卵料理を食べられるようにしたいんだ。毎日美味しいものを食べて、仲間と生きる喜びを感じられる。それが人の一番の幸せだと思うから。でも、兄上やクラウスに相談できないままやってしまってごめんなさい」
僕は立ち止まって頭を下げた。
「いいえ。こうしてハルト様のお考えを伺うことができて得心いたしました。しかしながら、決して安全な手段ではなかったとも思います」
「それは……うん。そうかもしれない」
嘘がバレた時には、僕が全部責任を取ればなんとかなると思ったのだけど。
「あの、クラウスさん! 私もハルト様の作戦に賛成しました! ですから同罪です」
「フィーネは悪くないよ、悪いのは僕だから」
「いいえ。以前、ハルト様に間違ったことをしていたら叱って欲しいと言われています」
よく覚えてるなあ。
「ふふ。わたくしは怒っているのではありません。来年ハルト様はお一人で領都へ行かれる。そのお考えに変わりはないのですよね?」
「え? うん、僕にしかできないことだから」
「ではどうか、ご自身のことも忘れずに大切になさってください。自己犠牲の精神は大変尊いものではありますが、ハルト様のことを想っている者たちにとっては、それが時に心苦しく、また辛くもあるのです。フィーネはそう思いませんか?」
「えと……はい。そう思います」
そっか。クラウスさんやフィーネは、僕が一人で領都へ行って働くことに思うところがあるんだ。逆の立場なら、僕だって色々と思うか。
「ハルト様、どうか忘れないでください。人知を超えた力の持ち主は、善悪に関わらず人や事象を引き寄せる魅了の力があるそうですから」
「うん、わかったよ」
クラウスさんは怒っていないと言うけど、言葉の端々にいつもとは違う厳しさを感じる。フィーネと視線を交わして心の中で反省した。
みんなのことも自分のことも大切にしよう。
「ああ、それともう一つ。わたくしからわがままを申し上げてもよろしいでしょうか?」
「え? うん」
「ハルト様に無礼を働いた者の夕食には、新鮮な鳥の丸焼きをお出ししてはいかがでしょう? ハルト様のお力で可能でしょうか?」
「と、鳥の丸焼き?」
鳥肉を魔法で出せるなんて言ったことないけど、なんか確信があるような訊き方だ。
「ふふ。演技とは人を欺く術とも言えます。もっと端的に言えば嘘をつくこと。演じることは、なかなか奥が深いものなのでございます」
クラウスさんは目を細めて微笑む。
これ食べ物召喚魔法の全容がバレてる?
まあ、今まで新しい野菜や果樹を育ててきて何も言われなかったことの方がおかしいか。きっとみんなわかった上で見守ってくれていたんだろう。クラウスさんの方が役者が上ってことだ。敵わないなあ。
そして僕らは月の宿へーー。
夕食で宿泊客十名に出したのは、鶏の丸焼きローストチキン。オニオンをきざみ、目に涙を溜めたクラウスさんが、ニワトリの架空の名前と思い出を口にしながらサーブする。
「こちらはカトリーヌ、頭を撫でてやると目を細めて甘えてくる可愛い娘でございました。それからこちらはトリスタン、よく小屋から脱走するいたずら好きな娘でございました。それからこちらはイストリア……」
食堂はさながらお通夜のような雰囲気になった。黄金色に輝く華やかなローストチキンを前に、あれほど暗く重いディナーを見たことがない。モンガー徴税官によれば一羽500万リペの夕食なのに。あれがクラウスさんなりの意趣返しか。
「ねぇフィーネ?」
「なんでしょうか?」
「クラウスは怒らせないようにしようね」
「そうですね」
翌日早朝。
徴税官一行が領都へ帰る。そんな中、アベル兄様がアルダン兄様を呼び止めた。アルダン兄様は後ろめたいのか下を向く。
「アルダン、お前にこれをやる」
アベル兄様は愛用の短剣を差し出した。
「この剣は父上からいただいた。未熟な俺の愚かな振る舞いで、父上を死なせてしまうところだったその時に、戒めとして渡されたものだ」
驚いて顔を上げるアルダン兄様。
「母上のことはすまないと思っている。だが、これからお前の振る舞いはお前が決めるんだ。ドルガンに負けないよう学院で頑張れよ」
兄弟愛、というには淡々としたやり取りかもしれない。でも、ただ突き放すようなことをしないアベル兄様はやっぱりカッコいいと思う。
無言で頷いたアルダン兄様は、馬に跨がり一度だけ振り返って領都へ帰って行った。
ただあんなことがあったから、ホルダー家はもちろん宿で働く村の従業員さんも接客は厳しいだろうと思って僕が代役を買って出た。
仕事は夕食と朝食の提供と、不測の事態に備えて仮眠を取りながらの夜番だ。クラウスさんとフィーネと一緒に『月の宿』へ向かう。
「ハルト様」
「ん?」
僕は歩きながらクラウスさんを見上げた。
「ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」
「うん」
「先ほど、十羽のニワトリを渡さずに一芝居打ったのはなぜでしょうか?」
「えーと、理由は二つあって。一つは、一度ゆすりたかりに屈すれば、何度も理不尽な要求をされるかもしれないと思ったからなんだ」
「それはモンガー徴税官に限らず、ニワトリの噂を聞き付けた他の誰かのことも考えて。という解釈でよろしいでしょうか?」
「うん、そうだよ」
クラウスさんが頷く。
「確かに、仰る通りかもしれません。しかし、今度は逆に『ニワトリは狂暴なのではないか』という噂が広まることによって、今後のご商売に影響が出ませんか?」
「実は、それが二つ目の理由なんだ」
「ふむ……つまりニワトリに関して、あえて悪評を広めることも狙いであると?」
クラウスさんの問いに首肯する。
「うん。もちろん僕もお金はたくさん欲しいよ。世界にはマリアの目が見えるようになる薬や方法があるかもしれないし、シュガー村をもっと豊かにしたいとも思ってる。
でも、ニワトリを求めてモンガー徴税官みたいな強欲な人たちに来て欲しくないんだ。
ニワトリは危険であるとか、シュガー村では死んでしまったとかいう噂が広まれば、しばらくは安心できると思ったんだよ」
とはいえ、飼育や繁殖の方法を知っているというだけでも価値がある。正直、お金を稼ぐことより安全を確保する方が重要だと思う。
「僕はどちらかと言えば、まず村のみんなが気兼ねなく卵料理を食べられるようにしたいんだ。毎日美味しいものを食べて、仲間と生きる喜びを感じられる。それが人の一番の幸せだと思うから。でも、兄上やクラウスに相談できないままやってしまってごめんなさい」
僕は立ち止まって頭を下げた。
「いいえ。こうしてハルト様のお考えを伺うことができて得心いたしました。しかしながら、決して安全な手段ではなかったとも思います」
「それは……うん。そうかもしれない」
嘘がバレた時には、僕が全部責任を取ればなんとかなると思ったのだけど。
「あの、クラウスさん! 私もハルト様の作戦に賛成しました! ですから同罪です」
「フィーネは悪くないよ、悪いのは僕だから」
「いいえ。以前、ハルト様に間違ったことをしていたら叱って欲しいと言われています」
よく覚えてるなあ。
「ふふ。わたくしは怒っているのではありません。来年ハルト様はお一人で領都へ行かれる。そのお考えに変わりはないのですよね?」
「え? うん、僕にしかできないことだから」
「ではどうか、ご自身のことも忘れずに大切になさってください。自己犠牲の精神は大変尊いものではありますが、ハルト様のことを想っている者たちにとっては、それが時に心苦しく、また辛くもあるのです。フィーネはそう思いませんか?」
「えと……はい。そう思います」
そっか。クラウスさんやフィーネは、僕が一人で領都へ行って働くことに思うところがあるんだ。逆の立場なら、僕だって色々と思うか。
「ハルト様、どうか忘れないでください。人知を超えた力の持ち主は、善悪に関わらず人や事象を引き寄せる魅了の力があるそうですから」
「うん、わかったよ」
クラウスさんは怒っていないと言うけど、言葉の端々にいつもとは違う厳しさを感じる。フィーネと視線を交わして心の中で反省した。
みんなのことも自分のことも大切にしよう。
「ああ、それともう一つ。わたくしからわがままを申し上げてもよろしいでしょうか?」
「え? うん」
「ハルト様に無礼を働いた者の夕食には、新鮮な鳥の丸焼きをお出ししてはいかがでしょう? ハルト様のお力で可能でしょうか?」
「と、鳥の丸焼き?」
鳥肉を魔法で出せるなんて言ったことないけど、なんか確信があるような訊き方だ。
「ふふ。演技とは人を欺く術とも言えます。もっと端的に言えば嘘をつくこと。演じることは、なかなか奥が深いものなのでございます」
クラウスさんは目を細めて微笑む。
これ食べ物召喚魔法の全容がバレてる?
まあ、今まで新しい野菜や果樹を育ててきて何も言われなかったことの方がおかしいか。きっとみんなわかった上で見守ってくれていたんだろう。クラウスさんの方が役者が上ってことだ。敵わないなあ。
そして僕らは月の宿へーー。
夕食で宿泊客十名に出したのは、鶏の丸焼きローストチキン。オニオンをきざみ、目に涙を溜めたクラウスさんが、ニワトリの架空の名前と思い出を口にしながらサーブする。
「こちらはカトリーヌ、頭を撫でてやると目を細めて甘えてくる可愛い娘でございました。それからこちらはトリスタン、よく小屋から脱走するいたずら好きな娘でございました。それからこちらはイストリア……」
食堂はさながらお通夜のような雰囲気になった。黄金色に輝く華やかなローストチキンを前に、あれほど暗く重いディナーを見たことがない。モンガー徴税官によれば一羽500万リペの夕食なのに。あれがクラウスさんなりの意趣返しか。
「ねぇフィーネ?」
「なんでしょうか?」
「クラウスは怒らせないようにしようね」
「そうですね」
翌日早朝。
徴税官一行が領都へ帰る。そんな中、アベル兄様がアルダン兄様を呼び止めた。アルダン兄様は後ろめたいのか下を向く。
「アルダン、お前にこれをやる」
アベル兄様は愛用の短剣を差し出した。
「この剣は父上からいただいた。未熟な俺の愚かな振る舞いで、父上を死なせてしまうところだったその時に、戒めとして渡されたものだ」
驚いて顔を上げるアルダン兄様。
「母上のことはすまないと思っている。だが、これからお前の振る舞いはお前が決めるんだ。ドルガンに負けないよう学院で頑張れよ」
兄弟愛、というには淡々としたやり取りかもしれない。でも、ただ突き放すようなことをしないアベル兄様はやっぱりカッコいいと思う。
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