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第三章 領都バホルム~8歳~
118 霧風の渓谷
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昔々、世界を救った伝説の勇者様が、黒竜との決戦で放ったものすっごい魔法で山が二つに割れたそうだ。それがここ双子山で、谷底が見えない深い峡谷を『霧風の谷』と呼ぶ。
双子山に霧風の谷……なんとなく軽妙な寄せ太鼓が聴こえてきそうな名称だ。
出発前、崖から谷の様子を見ておくという、パティさんとクロエさんについてきた。
断崖絶壁から流れ落ちる白い滝が、眼下に広がる厚い雲海に吸い込まれていく。
これから山道を下ってあの中へ入って行くのかと思うと、洗濯機に放り込まれる靴下にでもなった気分だ。
今いるこの場所は、明らかに標高三千メートル以上はありそうだが、周辺には普通に林がある。日本だと低木しか育たない森林限界が二千五百メートルぐらいだったはずだから、やはり現実と前世の記憶には確かな違いがあるようだ。
「パティ先輩、崖の向こうまでどのくらいの距離があると思いますか?」
「五百メートルってところね」
思ったよりも距離があるな。
「それで、お二人は何を探してるんです?」
「谷の中を翼竜が飛んでいないか確認しておくのよ。春から秋にかけて、たまに南から飛んでくることがあるから」
ああ、そうなんだ、山道にはそういう危険もあるんだね。聞かなきゃよかった。とはいえ、ここで怖じ気づいているわけにもいかない。
テントに戻り、雨具のローブを羽織る。
続いてみんなでハンドサインの確認をした。パーが止まれでグーが密集隊形、パーのまま挙げた手を前に倒したら前進する。
「万が一の場合には、各自の判断で近くの岩陰へ隠れるように! よーし、出発だ!」
隊商の真ん中の幌馬車、その御者台に座るアルマンさんの号令で、斥候のパティさんから霧の谷へ歩き出した。僕とブライアンは、アルマンさんの幌馬車の斜め後ろをついて行く。
硬い岩壁を削って作られた山道は、谷側に岩の柱が並んでいたりトンネルだったり。昔の人たちは、一体どれ程の長い時間と労力を費やしてこの道を掘ったのか。
強風が吹いて霧が渦巻き、足元は滑るしフードを被っていても全身ずぶ濡れになる。さらに滝の轟音が谷で反響して早々に耳がおかしくなった。ひと言で言うなら最悪だ。
そんな過酷な道を、いろは坂のように右へ左へ向きを変えつつ下っていく。そして曲がり角の岩壁に刻まれた数字が30から15になった後、前を行く幌馬車が止まり、アルマンさんが手を挙げているのが見えた。
ここは谷側に岩柱がない開けた場所だ。霧の中でのハンドサインはパー。すぐ後ろの荷馬車の御者へ伝達して視線を戻すと、今度はグー、続けて前進のサインが出た。最悪のパターンだ!
霧の中に翼竜がいる!
密集隊形のまま急いで進んで近くの岩陰に隠れろという合図を、すぐに後ろの御者へ伝達してアルマンさんの幌馬車に続く。
その時、霧の向こうで大きな影が横切った。
突風が巻き起こり岩壁に風が吹き付けると、前を走るアルマンさんの幌馬車が右に傾き片輪が浮いた。叩きつけるような風圧は、まるで戦闘機が山肌を掠めていったようだ。
馬たちが怯え、隊商の前進が止まる。
突然の危機に、僕は覚悟を決めたーー出発前、ボルドさんたちには僕が三つの光魔法を使えると伝えてある。しかしこの過酷な環境下でも、風や霧を防ぐことができる光壁をあえて使ってこなかった。
「戦況を大きく変えることができる魔導士は、もっとも効果的な場面で魔法を使うべきだ」そう兄上に教わったからだ。だから魔力を温存してきたが、ここが魔法の使いどころだろう。
僕は不気味に蠢く霧の向こうに目を細めた。
双子山に霧風の谷……なんとなく軽妙な寄せ太鼓が聴こえてきそうな名称だ。
出発前、崖から谷の様子を見ておくという、パティさんとクロエさんについてきた。
断崖絶壁から流れ落ちる白い滝が、眼下に広がる厚い雲海に吸い込まれていく。
これから山道を下ってあの中へ入って行くのかと思うと、洗濯機に放り込まれる靴下にでもなった気分だ。
今いるこの場所は、明らかに標高三千メートル以上はありそうだが、周辺には普通に林がある。日本だと低木しか育たない森林限界が二千五百メートルぐらいだったはずだから、やはり現実と前世の記憶には確かな違いがあるようだ。
「パティ先輩、崖の向こうまでどのくらいの距離があると思いますか?」
「五百メートルってところね」
思ったよりも距離があるな。
「それで、お二人は何を探してるんです?」
「谷の中を翼竜が飛んでいないか確認しておくのよ。春から秋にかけて、たまに南から飛んでくることがあるから」
ああ、そうなんだ、山道にはそういう危険もあるんだね。聞かなきゃよかった。とはいえ、ここで怖じ気づいているわけにもいかない。
テントに戻り、雨具のローブを羽織る。
続いてみんなでハンドサインの確認をした。パーが止まれでグーが密集隊形、パーのまま挙げた手を前に倒したら前進する。
「万が一の場合には、各自の判断で近くの岩陰へ隠れるように! よーし、出発だ!」
隊商の真ん中の幌馬車、その御者台に座るアルマンさんの号令で、斥候のパティさんから霧の谷へ歩き出した。僕とブライアンは、アルマンさんの幌馬車の斜め後ろをついて行く。
硬い岩壁を削って作られた山道は、谷側に岩の柱が並んでいたりトンネルだったり。昔の人たちは、一体どれ程の長い時間と労力を費やしてこの道を掘ったのか。
強風が吹いて霧が渦巻き、足元は滑るしフードを被っていても全身ずぶ濡れになる。さらに滝の轟音が谷で反響して早々に耳がおかしくなった。ひと言で言うなら最悪だ。
そんな過酷な道を、いろは坂のように右へ左へ向きを変えつつ下っていく。そして曲がり角の岩壁に刻まれた数字が30から15になった後、前を行く幌馬車が止まり、アルマンさんが手を挙げているのが見えた。
ここは谷側に岩柱がない開けた場所だ。霧の中でのハンドサインはパー。すぐ後ろの荷馬車の御者へ伝達して視線を戻すと、今度はグー、続けて前進のサインが出た。最悪のパターンだ!
霧の中に翼竜がいる!
密集隊形のまま急いで進んで近くの岩陰に隠れろという合図を、すぐに後ろの御者へ伝達してアルマンさんの幌馬車に続く。
その時、霧の向こうで大きな影が横切った。
突風が巻き起こり岩壁に風が吹き付けると、前を走るアルマンさんの幌馬車が右に傾き片輪が浮いた。叩きつけるような風圧は、まるで戦闘機が山肌を掠めていったようだ。
馬たちが怯え、隊商の前進が止まる。
突然の危機に、僕は覚悟を決めたーー出発前、ボルドさんたちには僕が三つの光魔法を使えると伝えてある。しかしこの過酷な環境下でも、風や霧を防ぐことができる光壁をあえて使ってこなかった。
「戦況を大きく変えることができる魔導士は、もっとも効果的な場面で魔法を使うべきだ」そう兄上に教わったからだ。だから魔力を温存してきたが、ここが魔法の使いどころだろう。
僕は不気味に蠢く霧の向こうに目を細めた。
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