ゴールドレイン

小夏 つきひ

文字の大きさ
27 / 79

咲⑩

しおりを挟む
「本、読まないの?」
声がした、振り返るとやはり咲だった。
拓人は変に思った。学校では自分のことが見えていないかのように振る舞うのにどうしてここでは平然と話しかけてくるのか。
咲は隣に座った。
「綺麗だよね、月見草」
また大きな風が目の前を通り過ぎる。咲は拓人の様子に気付いているのか黙ってしまった。
そして、それぞれ互いの存在を忘れているかのようにただ前だけを見つめた。
風の調子が変わってくると咲は話し始めた。
「ねえ、水車があるところ覚えてる?」
拓人は思い浮かべた、咲と遊んだ帰りに手を振り別れた場所だ。そこにはいくつかの水車が並んでいる。
「…うん」
「今日の夜、そこで待ち合わせしない?」
「え?」
拓人は耳を疑った。
「夜って、なんで」
「見せたいものがあるの」
「今じゃ駄目なの?」
「うん、夜じゃないと見れないから」
「何時?」
「えーっと、10時とか」
「からかってるの?」
咲は拓人の目を観察するように見た。ほんの少し不快さが滲むその目を真剣に見て言った。
「からかってないよ。ほんとだよ」
「…なんでそんな時間なの」
「親が寝てからじゃないと出られないでしょ?」
咲は自分の家のことを言っている、そう拓人は思った。
「ほんとに来るの?」
「うん、絶対行く」
拓人は考えた、あの恐ろしく真っ暗な道を心細く歩いたことを思い出すともう二度と嫌だと思った。
それに、水車のところまではまっすぐな道だが家からそんなに近くない。断ろうと口を開きかけると咲が立ち上がった。
「じゃ、待ってるからね」
咲は返事を聞かず行ってしまった。拓人は呼び止める勇気を出せず遠ざかっていく背中を見つめた。


床掃除、風呂掃除、トイレ掃除、服の袖を濡らしながら拓人は懸命にやった。
自分がいい加減なことをすると健司のことをまた悪く言われる、そう思うと悔しさで腕に力が入った。多重子は何も言わず無関心を露わにして居間でテレビを見ている。
部屋に戻り畳に寝ころんだ。腹が減った、そう感じながら咲の誘いについて考えた。咲は人を騙したりするんだろうか。もしかして、他の生徒が悪巧みで咲を使っているのかもしれない。でも、一瞬自分を見つめ返したあの目は真剣だった。夜遅くに何があるというのか。
目覚まし時計の針を見ながら考え続けた。約束は10時、咲が来なければ怯えながら引き返すことになる。しかし、行かなければ暗闇のなか咲をひとりにしてしまう。
どうすればいいかわからず宿題をしようとプリントをランドセルから出した。筆箱を開くと消しゴムが転がり出た。ポニーテールの後ろ姿が頭から離れない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

【完結】身代わりとなります

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
レイチェルは素行不良の令嬢として悪名を轟かせている。しかし、それはレイチェルが無知ゆえにいつも失態をしていたためで本人には悪意はなかった。 レイチェルは家族に顧みられず誰からも貴族のルールを教えてもらわずに育ったのだ。 そんなレイチェルに婚約者ができた。 侯爵令息のダニエルだ。 彼は誠実でレイチェルの置かれている状況を知り、マナー講師を招いたり、ドレスを作ってくれたりした。 はじめは貴族然としている婚約者に反発していたレイチェルだったがいつのまにか彼の優しさに惹かれるようになった。 彼のレイチェルへの想いが同情であっても。 彼がレイチェルではない人を愛していても。 そんな時、彼の想い人である隣国の伯爵令嬢フィオラの国で革命が起き、彼女は隣国の貴族として処刑されることが決まった。 そして、さまざまな思惑が交錯する中、レイチェルは一つの決断を下し・・・ *過去と未来が行ったり来たりしながら進行する書き方にチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんがご了承ください。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

処理中です...