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咲
咲⑩
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「本、読まないの?」
声がした、振り返るとやはり咲だった。
拓人は変に思った。学校では自分のことが見えていないかのように振る舞うのにどうしてここでは平然と話しかけてくるのか。
咲は隣に座った。
「綺麗だよね、月見草」
また大きな風が目の前を通り過ぎる。咲は拓人の様子に気付いているのか黙ってしまった。
そして、それぞれ互いの存在を忘れているかのようにただ前だけを見つめた。
風の調子が変わってくると咲は話し始めた。
「ねえ、水車があるところ覚えてる?」
拓人は思い浮かべた、咲と遊んだ帰りに手を振り別れた場所だ。そこにはいくつかの水車が並んでいる。
「…うん」
「今日の夜、そこで待ち合わせしない?」
「え?」
拓人は耳を疑った。
「夜って、なんで」
「見せたいものがあるの」
「今じゃ駄目なの?」
「うん、夜じゃないと見れないから」
「何時?」
「えーっと、10時とか」
「からかってるの?」
咲は拓人の目を観察するように見た。ほんの少し不快さが滲むその目を真剣に見て言った。
「からかってないよ。ほんとだよ」
「…なんでそんな時間なの」
「親が寝てからじゃないと出られないでしょ?」
咲は自分の家のことを言っている、そう拓人は思った。
「ほんとに来るの?」
「うん、絶対行く」
拓人は考えた、あの恐ろしく真っ暗な道を心細く歩いたことを思い出すともう二度と嫌だと思った。
それに、水車のところまではまっすぐな道だが家からそんなに近くない。断ろうと口を開きかけると咲が立ち上がった。
「じゃ、待ってるからね」
咲は返事を聞かず行ってしまった。拓人は呼び止める勇気を出せず遠ざかっていく背中を見つめた。
床掃除、風呂掃除、トイレ掃除、服の袖を濡らしながら拓人は懸命にやった。
自分がいい加減なことをすると健司のことをまた悪く言われる、そう思うと悔しさで腕に力が入った。多重子は何も言わず無関心を露わにして居間でテレビを見ている。
部屋に戻り畳に寝ころんだ。腹が減った、そう感じながら咲の誘いについて考えた。咲は人を騙したりするんだろうか。もしかして、他の生徒が悪巧みで咲を使っているのかもしれない。でも、一瞬自分を見つめ返したあの目は真剣だった。夜遅くに何があるというのか。
目覚まし時計の針を見ながら考え続けた。約束は10時、咲が来なければ怯えながら引き返すことになる。しかし、行かなければ暗闇のなか咲をひとりにしてしまう。
どうすればいいかわからず宿題をしようとプリントをランドセルから出した。筆箱を開くと消しゴムが転がり出た。ポニーテールの後ろ姿が頭から離れない。
声がした、振り返るとやはり咲だった。
拓人は変に思った。学校では自分のことが見えていないかのように振る舞うのにどうしてここでは平然と話しかけてくるのか。
咲は隣に座った。
「綺麗だよね、月見草」
また大きな風が目の前を通り過ぎる。咲は拓人の様子に気付いているのか黙ってしまった。
そして、それぞれ互いの存在を忘れているかのようにただ前だけを見つめた。
風の調子が変わってくると咲は話し始めた。
「ねえ、水車があるところ覚えてる?」
拓人は思い浮かべた、咲と遊んだ帰りに手を振り別れた場所だ。そこにはいくつかの水車が並んでいる。
「…うん」
「今日の夜、そこで待ち合わせしない?」
「え?」
拓人は耳を疑った。
「夜って、なんで」
「見せたいものがあるの」
「今じゃ駄目なの?」
「うん、夜じゃないと見れないから」
「何時?」
「えーっと、10時とか」
「からかってるの?」
咲は拓人の目を観察するように見た。ほんの少し不快さが滲むその目を真剣に見て言った。
「からかってないよ。ほんとだよ」
「…なんでそんな時間なの」
「親が寝てからじゃないと出られないでしょ?」
咲は自分の家のことを言っている、そう拓人は思った。
「ほんとに来るの?」
「うん、絶対行く」
拓人は考えた、あの恐ろしく真っ暗な道を心細く歩いたことを思い出すともう二度と嫌だと思った。
それに、水車のところまではまっすぐな道だが家からそんなに近くない。断ろうと口を開きかけると咲が立ち上がった。
「じゃ、待ってるからね」
咲は返事を聞かず行ってしまった。拓人は呼び止める勇気を出せず遠ざかっていく背中を見つめた。
床掃除、風呂掃除、トイレ掃除、服の袖を濡らしながら拓人は懸命にやった。
自分がいい加減なことをすると健司のことをまた悪く言われる、そう思うと悔しさで腕に力が入った。多重子は何も言わず無関心を露わにして居間でテレビを見ている。
部屋に戻り畳に寝ころんだ。腹が減った、そう感じながら咲の誘いについて考えた。咲は人を騙したりするんだろうか。もしかして、他の生徒が悪巧みで咲を使っているのかもしれない。でも、一瞬自分を見つめ返したあの目は真剣だった。夜遅くに何があるというのか。
目覚まし時計の針を見ながら考え続けた。約束は10時、咲が来なければ怯えながら引き返すことになる。しかし、行かなければ暗闇のなか咲をひとりにしてしまう。
どうすればいいかわからず宿題をしようとプリントをランドセルから出した。筆箱を開くと消しゴムが転がり出た。ポニーテールの後ろ姿が頭から離れない。
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