花びらは掌に宿る

小夏 つきひ

文字の大きさ
52 / 95
疑惑

疑惑⑭

しおりを挟む
翌朝タケルは早くに起きていた。いつもと変わらず「おはよう」と声を掛けてきた。寝起きで茫然としながら昨日の事を振り返る、瞼が重く頭痛がする。
「パン焼いたけど食べる?」
タケルは部屋の洗濯物を集めながら言った。
「うん。今日も遥人君の店に行くの?」
「行くよ」
顔を洗ってテーブルに着きマグカップの牛乳を飲んだ。やけに乾いた喉に染み渡る。トーストを齧っていると目の前がはっきりしてきた。タケルを取り巻く空気は柔らかい。
遥人君は確か週3日入ってくれればいい、それ以上は可能な限りで来てもらえたら助かると言った。でもタケルはほぼ毎日店に行っている。働くようになってから表情が出てきた、効果はあるみたいだ。昨日のは八つ当たりだった、私はタケルの優しさに甘えてしまっている。


満員電車に揺られてからずっと胸やけがする。降車したときに足元がふらつくほど貧血気味だった。会社に着いてから更に気分は悪くなり、ミネラルウォーターを飲んで呼吸を整えた。
「体調悪いの?」
山下さんが眼鏡の奥で目を光らせた。
「大丈夫です。すぐ良くなると思いますから」
「季節の変わり目は体調が崩れやすいから、気を付けて自己管理してね」
あなたの心配をしているというよりも社会人としての常識を教えている、そんなふうに聞こえた。
新製品の発売日が迫り営業社員は在庫を車に積んで朝から出たっきり戻ってこない。
「部長、先週決まった取引先の発注書を整理してまとめておきました」
「横山君すまん、助かるよ。いつも気が利いてるね」
「足元に何か落ちてますよ」
横山さんは部長の足元に屈んだ。
「何だそれは」
「え」
「見せなさい」
「でも」
2人の会話が気になって顔を上げた。横山さんが手にしている物が何なのかよく見えない。
「橋詰君、ちょっと来なさい」
「はい」
「横山君は戻っていいよ」
「わかりました」
横山さんと擦れ違った、またあの香りが数々の感情を思い出させた。
「これは、君のか?」
部長から渡されたのは写真だった。
「どうしてこれが」
「わしが聞きたいね。そういう事だったのか?」
写真は私が持っているのと全く同じものだった。柳瀬さんと私が車内で携帯電話の画面を覗き込んでいるあの写真だ。ここにあるはずがない、という事は別でプリントされたものだ。
「君のじゃないって言うなら他の奴にも聞いてみるが、どうなんだ」
部長はほくそ笑んだ顔で椅子にもたれてこちらの反応を観察している。ここで弁解しても余計に疑われるに決まってる。
「私のです。拾ってくださってありがとうございます」
「お前、ほどほどにしておけよ」
部長は鼻をならし、私に席へ戻るよう言った。
またじわじわと怒りが込み上げた。席に戻ると山下さんの視線を感じた。


一日中、写真の事が頭から離れなかった。あれは横山さんが部長の足元に落としたに違いない。私の事が気に入らないからといって性悪にも程がある。
帰宅すると家の電気がついていた、タケルが帰っている。食べ物のいい匂いがする。
「おかえり」
テーブルには料理が並んでいた。
「これ、どうしたの?」
「作ったんだ。ちょっとは自身があるから、食べてみてよ」
唐揚げ、天津飯、ポテトサラダ、餃子、遥人君の店のメニューだと気付いた。
「すごい、これ全部タケルが?」
「そうだよ。飲み物、何にする?」
タケルは床に並べたジュースのペットボトルを見せた。2リットルのサイズだ。
「なんか量が多いね」
「うん。お客さんを呼んであるから」
お客さん?
インターホンが鳴った、タケルは私に出るよう目で合図した。
「はい」
『夕夏さーん!開けてくださーい』
莉奈ちゃんと遥人君だ。
オートロックを解除して暫くするとドアインターホンが鳴った。
ドアを開けると2人は落ち着きない様子でいた。
「お仕事お疲れ様です!」
莉奈ちゃんと遥人君は声を揃えた。
「びっくりした。どうしたの?」
「まあー、呼ばれたっていうかなんていうか、入っていいっすか?」
遥人君は手を後ろに回して何かを隠している。
「入って。今日はお店いいの?」
「大丈夫っす。前から親に言ってあったんで」
「そうなんだ」
前から、という言葉の意味がわからなかったけど2人に会えて嬉しかった。ここ最近の憂鬱さから少し離れられるような気がした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

繰り返す夜と嘘 〜【実録】既婚の僕と後輩の彼女、あの夜のキスから始まった13年の秘密〜

まさき
恋愛
結婚して半年の僕と、同じ職場の彼女。 出会った頃は、ただの先輩と新入社員だった。   互いに意識しながらも、 数年間、距離を保ち続けた。   ただ見つめるだけの関係。   けれど――   ある夏の夜。 納涼会の帰り道。   僕が彼女の手を握った瞬間、 すべてが変わった。   これは恋でも、友情でもない。   けれど理性では止められない、 名前のない関係。   13年続いた秘密。 誓約書。 そして、5年の沈黙。   これは――   実際にあった「夜」の記録。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】

remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。 本宮 のい。新社会人1年目。 永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。 なんだけど。 青井 奏。 高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、 和泉 碧。 初恋の相手らしき人も現れた。 幸せの青い鳥は一体どこに。 【完結】 ありがとうございました‼︎

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。

クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。 3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。 ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。 「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

消えた記憶

詩織
恋愛
交通事故で一部の記憶がなくなった彩芽。大事な旦那さんの記憶が全くない。

処理中です...