花びらは掌に宿る

小夏 つきひ

文字の大きさ
55 / 95
疑惑

疑惑⑰

しおりを挟む
「ねえ、頼みたい事があるんだけど」
店に入って席に座るなり彼女は言った。
「頼み?」
「あなたカメラ持ってたわよね」
車の後部座席に置いてあるのを見ていたようだ。
「持ってるけど。景色でも撮りたいの?」
「違う、撮ってきてほしいの」
店員がおしぼりを差し出したのであゆみさんはそれを受け取り飲み物を注文した。俺はメニューを広げて適当に料理を注文した。店員が去っていくとあゆみさんは溜息をついてから話し始めた。
「これに詳細が書いてあるから、指定の通りに撮ってきて」
封筒を鞄から出して渡された。ハトメ紐で丁寧に閉じてある。
「帰ってから開けて」
「・・わかった」
封筒を隣の椅子に置いた。
「置き忘れないでよ」
「わかってる。そうだ、あゆみさんが前に作ってくれた肉じゃがのタッパーが家に置いたままだから、今度持ってくよ」
「それくらい返してもらわなくたっていいわよ。しょっちゅう作る訳じゃないんだし」
「俺は作ってほしいけど」
「彼女じゃあるまいし」
そうあってほしいと思う。
料理が運ばれてくるまでの間、俺は会社での出来事を話した、あゆみさんはいつものように聞いているのかわからない様子で時々目を合わせるだけだった。


「飯も食ったし、出ようか」
会計を済まして車に乗った。
「どこに連れてってくれるの?」
「着いてからのお楽しみ」
最近ハマっている洋楽のアルバムを再生して運転を始めた。前にこのアルバムを流していた時にあゆみさんが言ったひとことで俺はずっとこれをかけている。
この曲、好き―――
アコースティックギターの音色に乗せて叶わない想いを歌った曲だ。あゆみさんは和訳の内容を知らないと思う。明るい曲調のバラードで始まり、時々哀愁を帯びた和音が胸をつく。その瞬間に垣間見えるあゆみさんの何とも言えない横顔を俺は忘れる事ができない。
国道を30分ほど走り、暗い山道のカーブを繰り返し登っていった。敷地に車を停めるとあゆみさんは先にドアを開けて外に出た。
「どっちに行くの?」
「そこをまっすぐだよ」
土の地面に高いヒールは歩きにくいだろうと思いながら見守るように後ろを歩いた。
空気が澄んでいる。木がざわめく度あゆみさんのカールした髪が風になびいている。
少し歩くと点々と散りばめられた街の灯りが見え始めた。一望できるところまで出てあゆみさんは立ち止まった。
「星が見える」
「そうだね」
夜景を眺めながら、あゆみさんと出逢った日の事を思い浮かべた。
その日俺は帰宅してからテレビのサッカー中継に夢中で、放送が終わってからビールを買い足しにコンビニへ歩いた。途中、橋の手擦りに寄りかかっている女性を見つけた。酒に酔っている様子だとわかり放っておこうと通りすぎた。少し気になって振り返ると手擦りの向こうに顔を突き出して吐きそうになっていた。よく見ると足首にべっとりと血がついている。いくら酔っぱらいでも怪我をしてふらついているのを放っておくのはなんとなく気が良くなかった。夜遅いのもあって心配になり声を掛ける事にした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

繰り返す夜と嘘 〜【実録】既婚の僕と後輩の彼女、あの夜のキスから始まった13年の秘密〜

まさき
恋愛
結婚して半年の僕と、同じ職場の彼女。 出会った頃は、ただの先輩と新入社員だった。   互いに意識しながらも、 数年間、距離を保ち続けた。   ただ見つめるだけの関係。   けれど――   ある夏の夜。 納涼会の帰り道。   僕が彼女の手を握った瞬間、 すべてが変わった。   これは恋でも、友情でもない。   けれど理性では止められない、 名前のない関係。   13年続いた秘密。 誓約書。 そして、5年の沈黙。   これは――   実際にあった「夜」の記録。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】

remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。 本宮 のい。新社会人1年目。 永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。 なんだけど。 青井 奏。 高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、 和泉 碧。 初恋の相手らしき人も現れた。 幸せの青い鳥は一体どこに。 【完結】 ありがとうございました‼︎

籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。

クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。 3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。 ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。 「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

消えた記憶

詩織
恋愛
交通事故で一部の記憶がなくなった彩芽。大事な旦那さんの記憶が全くない。

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

処理中です...