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赤
赤②
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テーブルの上を完璧にセッティングすると母親は質問をした。
「あゆみさん、お仕事は何をされているの?」
「食品会社の事務をしています」
「事務ねえ。洋介とはどこで知り合ったのかしら?」
身が縮む思いがした。ナンパです、とは言えない。
「あゆみとは紹介で知り合ったんだよ。もう2年は付き合ってる」
すかさず洋介が答えた。
「あらそう。ねえ洋介、あゆみさんと2人きりで話をしたいから暫く2階に上がっててくれないかしら」
「2人で?」
「そう」
洋介は私を見る。
「まあ、いいけど。あんまり質問責めにしないでくれよな」
「わかってるわ」
洋介が階段を上がる足音が段々と小さくなりリビングは静まり返った。アリスという猫が母親の膝へ居場所を変えた。
「すごく綺麗な毛並みですね」
沈黙に耐えられず目の前の猫を話題にした。
「そうでしょう。ラグドールっていう種類の猫ちゃんでね、この子はキャットショーで優勝した事もあるの」
「キャットショーですか」
「ええ。まあ、優勝する事は初めから予想してたんだけどね。うちの子って仕草からしてどの子よりも優雅だもの」
母親のねっとりとした話し方が耳につくようになってきた。
「あゆみさん、話は変わるけれどご両親は何をされているのかしら?」
「実家は自営業で、生花店を営んでいます」
「あらそう、では洋介から聞いた通りね」
「洋介さんが話してたんですか?」
「そう、私から聞いたの。だって、相手の人がどんな生まれと育ちかって事はとても大切な情報でしょう?」
母親は膝に座る猫を撫でながら首を傾けた。ふいに猫へと目線を移した。また尾を煙のように揺らめかせ、その毛並みがいかに質が良いかを見せつけているようにも感じる。
「あゆみさん」
母親は場を仕切り直すように私の名を呼び掛けた。
「あなたがここへ来たらお願いしようと思っていた事があるの」
「どんな事ですか?」
「洋介と今後は会わないで欲しいの」
突然の要求に理解ができない。
「どういう意味ですか?」
「どういう意味って、単純な事よ。一切関係を持たないでもらいたいの」
「どうしてですか?」
「洋介の結婚相手はもう既に決めてあるの。洋介になかなか連絡がつかなかったから言いそびれたままだったんだけど、今月末に向こうのご家族と顔合わせする予定なのよ」
「そんな…」
「振り回すような事になって申し訳ないのだけれど、縁がなかったと思って諦めて」
母親は甘い声のまま淡白な口調で言った。猫を床に下ろして立ち上がると私に少し待つよう言ってからどこかへ消えて行った。
頭の中が痺れている。今自分がどういう感情を抱いているのかすら分からない。アールグレイの香りはこの状況に合っていない。アリスが私を見ている、品定めするような視線を浴びせるとやがてその場で毛繕いを始めた。
ドアを閉める音が聞こえて恐怖を感じた。母親は紫色の何かを持っている、椅子に座るとそれを真正面からこちらに差し出した。
「これはせめてもの償い、受け取って下さるかしら」
紫色の物は袱紗だった。目の前で袱紗を広げられるのを見て虫酸が走った。帯のついた札束が乗っている。
「やめてください」
声を絞り出した。
「どうして?だって、あなたの気持ちを考えると私だって情が湧くわ。せっかく玉の輿に乗れると思った途端にこんな状況なんですものね」
母親の口元にはしっかりと冷笑が浮かんでいる。
「絶対に受け取りませんから」
「品がない人ね。親切にしてあげているのに、受け取れないだなんて」
顔を見る事すらままならない。自分の手が妙に震えている。
「結構よ、無理に勧めるつもりはないから。とにかく洋介とはもう会わないでちょうだい」
一方的に話した後、母親は平然とした顔でティーカップに口を付けた。私は言葉を失い、ただ座って俯いた。
「あゆみさん、お仕事は何をされているの?」
「食品会社の事務をしています」
「事務ねえ。洋介とはどこで知り合ったのかしら?」
身が縮む思いがした。ナンパです、とは言えない。
「あゆみとは紹介で知り合ったんだよ。もう2年は付き合ってる」
すかさず洋介が答えた。
「あらそう。ねえ洋介、あゆみさんと2人きりで話をしたいから暫く2階に上がっててくれないかしら」
「2人で?」
「そう」
洋介は私を見る。
「まあ、いいけど。あんまり質問責めにしないでくれよな」
「わかってるわ」
洋介が階段を上がる足音が段々と小さくなりリビングは静まり返った。アリスという猫が母親の膝へ居場所を変えた。
「すごく綺麗な毛並みですね」
沈黙に耐えられず目の前の猫を話題にした。
「そうでしょう。ラグドールっていう種類の猫ちゃんでね、この子はキャットショーで優勝した事もあるの」
「キャットショーですか」
「ええ。まあ、優勝する事は初めから予想してたんだけどね。うちの子って仕草からしてどの子よりも優雅だもの」
母親のねっとりとした話し方が耳につくようになってきた。
「あゆみさん、話は変わるけれどご両親は何をされているのかしら?」
「実家は自営業で、生花店を営んでいます」
「あらそう、では洋介から聞いた通りね」
「洋介さんが話してたんですか?」
「そう、私から聞いたの。だって、相手の人がどんな生まれと育ちかって事はとても大切な情報でしょう?」
母親は膝に座る猫を撫でながら首を傾けた。ふいに猫へと目線を移した。また尾を煙のように揺らめかせ、その毛並みがいかに質が良いかを見せつけているようにも感じる。
「あゆみさん」
母親は場を仕切り直すように私の名を呼び掛けた。
「あなたがここへ来たらお願いしようと思っていた事があるの」
「どんな事ですか?」
「洋介と今後は会わないで欲しいの」
突然の要求に理解ができない。
「どういう意味ですか?」
「どういう意味って、単純な事よ。一切関係を持たないでもらいたいの」
「どうしてですか?」
「洋介の結婚相手はもう既に決めてあるの。洋介になかなか連絡がつかなかったから言いそびれたままだったんだけど、今月末に向こうのご家族と顔合わせする予定なのよ」
「そんな…」
「振り回すような事になって申し訳ないのだけれど、縁がなかったと思って諦めて」
母親は甘い声のまま淡白な口調で言った。猫を床に下ろして立ち上がると私に少し待つよう言ってからどこかへ消えて行った。
頭の中が痺れている。今自分がどういう感情を抱いているのかすら分からない。アールグレイの香りはこの状況に合っていない。アリスが私を見ている、品定めするような視線を浴びせるとやがてその場で毛繕いを始めた。
ドアを閉める音が聞こえて恐怖を感じた。母親は紫色の何かを持っている、椅子に座るとそれを真正面からこちらに差し出した。
「これはせめてもの償い、受け取って下さるかしら」
紫色の物は袱紗だった。目の前で袱紗を広げられるのを見て虫酸が走った。帯のついた札束が乗っている。
「やめてください」
声を絞り出した。
「どうして?だって、あなたの気持ちを考えると私だって情が湧くわ。せっかく玉の輿に乗れると思った途端にこんな状況なんですものね」
母親の口元にはしっかりと冷笑が浮かんでいる。
「絶対に受け取りませんから」
「品がない人ね。親切にしてあげているのに、受け取れないだなんて」
顔を見る事すらままならない。自分の手が妙に震えている。
「結構よ、無理に勧めるつもりはないから。とにかく洋介とはもう会わないでちょうだい」
一方的に話した後、母親は平然とした顔でティーカップに口を付けた。私は言葉を失い、ただ座って俯いた。
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