花びらは掌に宿る

小夏 つきひ

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赤⑧

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週末、実家へ帰った私は店番をした。父が腰を痛めてから弟の祐大(ゆうだい)が店を手伝っている。祐大に休日を与えるため私が週末に入るという話だった、でも配達の注文が増えた最近は土日であっても祐大は休まず手伝っている。
母から店を手伝って欲しいと電話がかかってきたとき祐大の近況を尋ねるとWEBデザインの仕事を辞めて実家に戻っていると言っていた。実家を手伝うために辞めたのではなくただ単に、思ったような仕事内容ではなかったためつまらないという理由らしい。専門学校まで出て何をしているのかと情けなく思った。けれど毎年正月さえ帰って来なかった弟の様子を傍で見られるのは少々嬉しい。母は祐大と一緒に暮らせる事を喜んでいる。
朝の仕事が一段落し、昼ご飯を食べてから母に散歩してくると言って店を出た。コンビニの前で煙草を吸っていると祐大から電話がかかってきた。
「はい」
「姉貴、今どこ?」
「どこだっていいでしょ」
「早く戻ってきてくれないか?急にスタンドの注文が入って3時には納品しないといけないんだ。どれくらいで着く?」
「…10分」
「良かった。じゃ、頼む」


店に戻ると母が上機嫌で顔を覗いて来た。
「あゆみ、これあなたの分用意したから」
母が渡してきたのは地味な茶色いエプロンだった。腰から巻くタイプの物ではなく、首から紐を掛ける古臭いエプロンだ。
「ダッサい」
「清楚な感じでいいじゃない。エプロンしないと服が汚れるでしょ?祐大と配達に行ってくるからお店お願いね」
ガラスケースに映った自分を見た。地味なエプロン、束ねた髪、スニーカー、こんな姿を知り合いには見られたくないと思った。
店番をしている間に売り出している植木や苗の手入れをするよう母から言われた。水やりをしていると枯れた黄色い葉が所々目立っているのを見つけ、それらを摘み取っているうちに店のあちこちが気になり始めた。売れ残っている観葉植物がうっすらとほこりを被っているのが目につき、軽く絞った布で拭いたあと棚に置いていた専用のスプレーを吹きかけて艶を出させた。
億劫に思っていた作業はやりだすと意外に充実感があった。水替えも終わり、綺麗になったガラスケースを眺めた。ひと息つこうと手を洗い奥の部屋でコーヒーを入れた。携帯電話をチェックした、洋介からの連絡はあれから4日来ていない。


月曜になり会社へ出勤すると経理の山下さんから書類を渡された。
「これ、健康診断で事前に記入が必要なんだけど全員に渡しておいてもらえないかしら」
「わかりました」
「名前が書いてあるから確認してから渡してね」
「はい」
まず渡したのは安西と橋詰だった。最近入社してきた橋詰は周りに気に入られようと愛想を振り撒く姿が目に余る。ここに入ったのは親のツテだと部長から聞いている。そんな甘ったれた人間が私は嫌いだ。
健康診断の提出シートには氏名と生年月日が印字されていて、事前に記入しておくチェック項目がいくつかある。安西と橋詰にシートを渡すとさっそく小声で何か話しだした、その様子を見てまた鬱陶しく感じた。営業社員は外周りに出掛けたため帰って来てから順にシートを渡す事にした。
昼食時、営業の柳瀬が外回りから戻ってきた。ファイルから柳瀬の提出シートを探し手渡した。
「今度の健康診断で必要になるから、前日までに記入しておいて」
「もうそんな時期ですか。あっという間ですね」
柳瀬はのんびりとした口調で返した。
「あなた前回の健康診断でシートの記入を忘れてたわよね」
「そうでしたっけ?」
「受付で慌てて記入してたの見たわよ。迷惑だからこういう事はきちんとして」
「すみません。気を付けます」
柳瀬は謝りながらもシートをデスクの書類立てに紛れ込ませた。こうして結局忘れてしまうのだろう。この男も愛想が良いだけだ。
自席に座りシートを渡した社員の名前にチェックを入れた時、ふと気になった。その答えを確かめる為コピー機の横にあるタイムカードのラックを横目で見上げ、柳瀬と安西のカードを確認した。

幸せな家庭を築けますように 幸仁・沙織 ーーーーー

先週末に見た絵馬はあの2人が書いた物ではないかと思った。もうすぐ籍を入れると噂で聞いている。
そう気付いたものの、くだらない事に興味を持った自分に嫌気がさして首を掻いた。

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